わたしが十番隊隊首室に足を踏み入れた途端、松本副隊長が、ぎょっとしたように目を見開いた。 「あんた! そんな格好で、この吹雪の中やってきたの? 寒くないの? 暖炉あるから、あたっていきなさいよ」 わたしは、いつもの死覇装姿を見下ろし、首を振った。春夏秋冬、いつもこの格好だ。 応接用のソファーの後ろにしつらえられている暖炉を見ても、傍にいきたいとは思わない。 「十二番隊の席官は全て、暑さ寒さを感じぬよう改造(なお)されていますから」 これだから十二番隊は、と呆れたように言われて、わたしは不思議に思って松本副隊長を見返す。 涅隊長が便利につくってくださっているのに、どうして更に嫌そうな顔をするんだろう。 「日番谷隊長に、涅隊長より要請がございます」 「涅が、俺に?」 隊首席の前に進み出て、慇懃に頭を下げると、日番谷隊長は片方の眉を跳ね上げて書類を受け取った。 表情に不審がにじみ出ている。当然だろうと思う。この2人の隊長は決して仲がよくないのだ。 「来年度の研究予算についての出資要請……? つまり、十二番隊の実験だの研究だのに十番隊の予算を貸せと言ってんのか?」 いー、何で? と松本副隊長が嫌そうな声をあげるのに、日番谷隊長は冷静そのものの無表情で書類に視線を落としたままだ。 十番隊との連絡役をはじめて既に数年たつが、この2人の関係は全く変わらないと思う。 はい、とわたしは日番谷隊長の問いに頷いた。 「『十番隊はいつもソツなく予算をせしめているから、ちょっとくらい十二番隊にまわしても、バチは当たるまいよ』と、涅隊長が」 ぷっ、と松本副隊長が噴出した。 「あんたね。そういうことはもうちょっと、オブラートにくるんで伝えなさいよね。大体十番隊は、他の隊よりもこなしてる仕事量多いんだから」 大体、と松本副隊長は言い募る。十二番隊が予算を減らされたのは、爆発だの暴発だの、失敗が多すぎるからだ。 無駄は発明の母だヨ、などと涅隊長は弁解もされていないが、それが今回はマイナスになったらしい。 そのあたりのことはその通りだから、わたしも返す言葉はない。ただ、技術開発局を抱える十二番隊にとって、予算の削減は死活問題になる。 日番谷隊長は、書類を下において、流し目で松本副隊長を見やった。 「十番隊には副隊長の業務を補う、優秀な隊長様がいらっしゃるからな」 「ちょっと隊長―。オブラートにくるみすぎじゃないですか?」 「はっきり言ってほしいのか?」 まぁまぁ、と松本副隊長が日番谷隊長の背後に回り、機嫌を取るようにその小さな肩を揉んだ。 「十二番隊の研究の貢献は俺も知っている。前向きに検討しておこう」 ええっ意外、という松本副隊長の声をよそに、日番谷隊長はわたしの目をじっと覗きこんで、続けた。 「ただし条件がある。人体実験はやめろ。どれほどの死神や虚、整が苦しんでるか判るだろ。その条件を受け入れるなら、特別に助成してもいい」 「しかし……」 わたしは思わず、日番谷隊長に言葉を返していた。 「……わたしには分かりません。喜怒哀楽などの感情があるのは知っていますが、感じたことは久しくありません。 感情は、人体で最も無駄な機能だからと、涅隊長に改造していただきましたから」 そう言いながら、わたしは横を向いて咳き込んだ。ここ一週間ほど、咳が止まらない。 「……そんな咳してても、寒くないの? 辛くもないのね」 松本副隊長がそういうと、隊首席をまわってわたしの前までやってきた。 この人の表情の理由は難しい、とわたしは思う。今は何だか、寂しそうな表情をしている。寒くも辛くもないのは、いいことではないの? 「心で分からなくても、体はきっと寒い、辛いって言ってるのよ」 そう続けると、松本副隊長は肩にまとっていたストールをふわりと取ると、わたしの首に巻いてくれた。 巻かれても、あたたかいと感じる機能はわたしにはないのだけれど。 「気をつけて帰りなさいよ」 でも、わたしをそう言って見返す松本副隊長の目の色を、どこか遠い昔に見たことがある気がする。 日番谷隊長が、そんなわたしをチラリと一瞥する。わたしは頭を下げて礼を言い、十番隊を後にした。 それから、半日後。時刻はもう夜の十時を回っている。雪の降りすさぶ通りを、わたしは一人で歩いていた。 傘を差しても全く意味がない、軽い細かい雪がわたしを通り過ぎていく。 隊舎からは、三十センチはあろうかという氷柱が下がっているのを見て、きっと寒いのだろうと思う。 いつから、こうだっただろう? 十二番隊に入隊したころは、当然ながら喜怒哀楽はあった。 ただ、少しずつ何も感じなくなり、今となれば、入隊前に自分が何をしていたのかさえ、はっきりとは覚えていないのだ。 そのことを寂しいと思う感情すらわたしにはないけれど、今こうやって吹雪の中をひとり彷徨っているように、不安定だと思う。 昼間の松本副隊長の表情も、どこか「なつかしい」と感じたのだけれど、それがどうしてかわたしには、分からない。 十番隊が見える場所まで来て、わたしは隊首室の灯りに目を向けた。 もう深夜だというのに、執務室に燈が灯っているのは、十番隊だけだった。 数十メートル先の、雪に途切れがちな燈の向こうに視線を凝らす。すると、昼間見た銀髪がチラリと見えた。 一瞬ご挨拶しようかと思って、何を考えているのだとすぐに思い直す、用件もないのに。 足早に踵を返そうとしたとき……「それ」がやってきた。 パパッ、と雪に赤いものが散っても、初めは何か分からなかった。 次の瞬間、わたしは咳き込む。思わず雪の上に両膝をついてしまうほど、その発作は烈しかった。 口元に持っていった手の間から、ポタポタと血が零れ落ちる。苦しくはないが、息が詰まる。立ち上がることができない。 わたしは雪の上に倒れこむと、何度も何度も咳き込んだ。胸を叩いていた動悸が、少しずつ弱くなってゆく。 どうなるのだろう、と思う。こんなところで気を失ったら、命に関わることはわかった。 もし、こんなところで、たった一人で死んでしまったら。 途端、胸にこみ上げたのは、自分では理解できぬ衝動だった。どうしてだか分からないが、それは「嫌」だ、と強く思ったのだ。 肘を雪の上につき、身を起こす。遠い十番隊の灯りに、かすんだ瞳を凝らす。 あの部屋の主は、まさかこんなところでわたしが倒れているとは思うまい。 「お、願い……」 ごほっ、と力なく咳き込みながら、呟く。当然、聞こえるはずのない距離。 それなのに、窓の向こうの銀髪が、くるりとこちらを振り向いた。その翡翠色が、何かを探すように動き、まっすぐに私の前に据えられる。 大きく、見開かれた。 「おい! お前……!」 バン、と音がして、窓が開かれた。次の瞬間、見慣れた隊首羽織がわたしの目前で閃いた。 綺麗な瞬歩だ、とわたしはそれを見て思う。神速で移動してきたのに、日番谷隊長の足元の雪は、全く乱れていない。 「申し訳……ありません。うまく動けなくて、手を貸していただけませんか……」 「バカ野郎、血ィ吐いてりゃ動けないのは当たり前だ!」 来い、と肩を支えられ、身を抱え起こされる。それでも、雪と日番谷隊長の掌の温度の違いが、わたしには分からない。 それなのに。なんだか、ホッとした。それと同時に、景色がぐるりと暗転した。 ―― 「また、こんな寒いのに手袋もしないで、外へ行ってたのね? 風邪引くわよ?」 まどろみのなかで、そんな声を聞いた。誰だっただろう、と思う。顔はよく思い出せない。 でも、昼間に会った松本副隊長の最後の表情に、どこか似ていると思う。 ―― 「大丈夫だもん。あたし寒さには強いもん」 ああ、そう返したのは誰だったろう。見下ろした掌は、真っ赤になっている。 本当は寒いと思っていた。家の中に駆け込み、パチパチと燃える暖炉の炎に手をかざした。 ……ああ、 「あたたかい……」 わたしは、自分の声に目を覚ました。 目を開けると同時に視界に入ってきたのは、静かに燃える暖炉の炎だった。一瞬自分がどこにいるのか分からず、目を瞬かせる。 「目ェ覚めたか」 背後から聞こえた穏やかな声に、私は我に返った。 「日番谷……隊長」 身を起こして初めて、自分が十番隊の隊首室にいて、暖炉の前のソファーに寝かされているのだ、ということに気づく。 「風邪を放置しすぎだ。その様子じゃもう、別の病気だぞ。四番隊に処方してもらってる特効薬があるから、ちょっと待て」 伸び上がって棚を探している後姿に、わたしは慌てて声をかけた。 「……いいえ、他隊の隊長に診ていただくなんて、そんなこと……」 「だからってこの雪の中、誰かに来てもらうのも、お前を連れて行くのも無理だろうが」 あったあった、と小さな袋を手に取る日番谷隊長の表情はあどけなく、まるで「隊長」には見えない。 「すみません、お手数おかけします……」 気にするな、といって振り返った日番谷隊長は、わたしを見るなり、ぎょっと目を見開いた。次の瞬間、慌てて目を逸らす。 「ていうかお前、なんで脱いでんだ!!」 「え?」 私は、上半身裸になった自分の姿を、見下ろす。下の帯にかけようとしていた手を止める。 「何故って、改造(なお)していただけるんじゃないんですか?」 隊長の手にかかるときは、いつだって裸体が基本だ。服は邪魔だし、抵抗を感じることもない。 「字が違うだろ、字が!」 それなのに、どうして日番谷隊長は、こんなに狼狽しているんだろう。 「いいか。脱ぐ必要は全然、1%たりとも、金輪際ねぇ。だからとりあえず服着ろ」 「はい、着ました」 「よし」 ようやく顔を向けてくれた日番谷隊長の耳は赤い。 親近感を感じるほどに普段無表情なこの隊長が、こんなに動揺するのを見るのは初めてだった。 「女性の体は、お嫌いですか?」 「……うん、もうその話題は終わらせてくれ」 日番谷隊長はため息をつくと、湯呑みと白い錠剤をわたしに示して見せた。そして、分厚い毛布をわたしの上にふわりとかける。 「それ飲んで、しばらく休んでろ」 こんな小さな薬で効くんだろうか? 四番隊に世話になったことがないから分からないが、日番谷隊長が言うならきっと効くのだろう。 わたしはその薬を、湯飲みのぬるま湯を一緒に飲み下す。 「……でも。ここで休んでいていいのでしょうか?」 「俺がいねぇほうがいいか? なら、どっかの部屋を用意するが」 「いいえ」 考える前に、答えが先に口をついて出て、わたしは自分で驚く。 脳裏に、倒れた時の事が思い出された。あの時は、「嫌」だと思った。 誰の目にも留まらぬ暗いところでたった一人、死ぬかもしれないと思ったときのこと。 日番谷隊長の翡翠色の瞳が自分の上でぴたりと止まったとき、胸にこみ上げたのはもしかして、失ったはずの「感情」というものではなかったか。 「……ここが、いいです」 あたたかな灯り。穏やかに燃える炎。雪の中でわたしが思い浮かべた憧憬が、そのままここにはあるから。 「そうか」 日番谷隊長は、その理由は聞かず、わたしの肩の辺りまで毛布をかぶせて立ち上がった。 わたしの位置からは、ソファーの背もたれに邪魔されて隊首机は見えない。しかし、サラサラと筆が走り出した音が聞こえた。 その合間合間に、パチッ、と炎が爆ぜる。ただの無機質な音なのに、それはなんだかわたしの気持ちを落ち着かせた。 それを聞きながら、わたしはまた、とろとろとまどろみだした。薬は驚くほどの速度で効いたらしく、もう息苦しさを感じない。 眠りに入ろうとした時、わたしの視線はふと、ソファーに立てかけられた茶色いものに注がれた。 昼間来たときは、ソファーの影になっていて存在には気がつかなかった。 布団の中から、そっと手を伸ばす。茶色い光沢のあるそれは、わたしが持ち上げると、かすかな音を立てた。 「これは……なんですか?」 「ああ、それか。昼間に檜佐木が持ってきた、現世の楽器だ。……ギター、とかいったか」 不思議な、なだらかな曲線を描く楽器だった。木で作られた内部は空洞になっていて、糸が何本か張られている。 その糸を爪で弾くと、また音を立てた。 その音の余韻に、わたしはいつまでも耳を澄ませる。この音階を、どこかで聞いた気がする。 かすかな記憶を、手繰り寄せる。もう一度、弦を弾く。また違う音がする。 ―― この音、だったかしら…… 一音一音、ゆっくりと弾いてみる。それはひとつの曲になりそうで、いつまでたっても形にならない。もどかしい。 「……なんか、聞いたことがあるような曲だな」 気づけば、日番谷隊長が背もたれに手をかけ、私を覗き込んでいた。 「すみません、お邪魔をしてしまいましたか」 「いや、気になっただけだ」 そういうと、日番谷隊長はソファーに背中をもたせ掛けて床の上に座り込んだ。 横たわった、わたしの視界からは、銀色の髪の向こうに日番谷隊長が取り上げたギターが、更にその先に暖炉の炎が見えた。 「この楽器、弾けるのですか?」 「多分」 弦を弾く指は、わたしよりもよほど、しっかりとしている。そして、記憶をたどるようにゆっくりと、弦を一音一音、はじき出した。 「こう……だったかな、忘れちまった」 一人ごとをいいがら紡がれる旋律に、わたしは無言で耳を澄ませる。 「……そこ、一音高いと思います」 わたしが口をはさむと、日番谷隊長はおどろいたように振り返った。 「こうか。あぁ、これだな」 「はい」 なんだろう、と思う。どうして、わたしはこの曲を知っているのだろう。 同じ曲を2回、3回と繰り返すうちに、それは確かなメロディーとなって部屋に響いた。 気持ちが、ゆっくりと凪いでゆく。わたしは、この曲を聴いたことがある。そして今と同じような心持で、時をすごしたことがある。 「……この曲は、なんですか? かすかに記憶にあるんですが、覚えていません」 「気になるか」 日番谷隊長が、手をとめないままに振り返る。なにかにこだわることなんて、なかったのに。 でも確かに、この曲だけは、どうしても気になるのだ。わたしが頷くと、日番谷隊長はかすかに微笑んだ。 「子守唄だよ」 「子守……うた」 「お前も、遠い昔に誰かに歌ってもらったことがあるんだろ?」 母親とか。続けられた言葉に、わたしの胸はドキンと高鳴った。生理的な現象でも、病気のためではなく。なくしたはずの心が、ぐらりと揺れる。 ―― 「また、こんな寒いのに手袋もしないで、外へ行ってたのね? 風邪引くわよ?」 わたしにかがみこんでそう言ったその女性の、わずかに目元に入った笑い皺を、思い出した。 その艶やかな黒髪、穏やかに微笑んだ口元、そして慈愛に満ちた瞳。 こんな風に。暖炉であたたまるわたしの前で、ゆっくりと口ずさんでくれた旋律。 思い……出した。 「おかあさん……」 彼女が今どこで何をしているのか、わたしには思い出せないのだ。でも、その甘美さは、いまでもその時のようにわたしの胸を満たしてゆく。 それは、わたしの瞳を伝って零れ落ちた。 ゆっくりと流れる旋律に、わたしの嗚咽が絡んでゆく。 記憶の有る限り初めて流す涙は、苦く、哀しく、そして愛おしいものだった。 「……来たか、松本」 「はい。……そうとう悪いんですか? 四番隊士、呼びましょうか?」 「いや、もう落ち着いて、眠ってる。大丈夫だろう」 遠いまどろみの壁の向こうで、日番谷隊長と松本副隊長がささやき合う声が聞こえてくる。 きっと松本副隊長だろう、わたしを見下ろしてくる視線を感じた。 「俺は行くところがあるんだ。お前の部屋で、看ててくれるか」 「いいですけど……隊長、今何時だと思ってるんです? どこ行くつもりですか」 「十二番隊」 「は?」 「頼むぞ」 かすかな音を立てて、扉が閉められた。 *** その頃、十二番隊隊首室。 「全く、あのグズは! どこで油を売ってるのかネ、こんな時間まで」 十二番隊隊長・涅マユリが足早に部屋の中を歩き回っていた。マユリには、睡眠という概念がない。 そのため、二十四時間が勤務時間だし、部下にも当然のようにそれを強いている。 「ネム! お前もグズだね、とっとと探して来い!」 「はい」 副隊長席に腰掛けていたネムが立ち上がりかけ、「あ……」と息を飲む。 「何……」 振り返りかけたマユリが、視線をあさっての方向へ泳がせた。 「君が直接やってくるとは、話が早いネ」 返事よりも先に、バン! と隊首机の上に、一枚の紙が叩きつけられた。その音に、マユリが振り返る。 いぶかしげに、隊首席の横に立った十番隊隊長を見下ろした。さすが隊長というべきか、ここまで入りこまれるまで気配を全く感じさせない。 「どういうことだネ? 私の部下が、君のところへ今日行ったはずだが」 「ンなことより、ほしいだろ? これ。特別予算の許可証だ」 チラリ、とマユリは紙を一瞥する。たしかに、それは部下に持たせた書類に違いない。 しかし、そこに朱書きで大きく「許可」とあり、日番谷冬獅郎の直筆の署名が書かれている、という重大な違いがそこにはある。 「……何のつもりだネ? 私と取引でもしようというつもりかネ」 「当然だろ?」 涼しげに日番谷は言い放つ。 「死神や虚、整にむやみに人体実験を繰り返すのはやめろ。それが条件だ」 「……科学者に人体実験をやめろと? 君は外道かネ」 「てめぇにだけは言われたくねぇ。どうするんだ?」 「……この私に、条件を飲ませようというのかネ?」 マユリの声が、剣呑に尖った。 「ここは私の隊首室だ。私がその気になれば、お前をどうにだってできるんだヨ?」 「マユリ様……」 「お前は黙ってろ、ネム!」 声をはさみかけたネムに、八つ当たりとも言える怒声を浴びせる。緊張した空気の中で、日番谷はスッと瞳を細めた。 「なるほど。お前の意図は分かった。じゃあこの話はなしだ」 「……は?」 「紙ももう、いらねえよな。燃やしていくか」 日番谷が紙に視線を向けると、音もなく書類の端に炎が灯った。 「ちょっと待て!」 そのままくるりと背を向けた日番谷に、慌ててマユリは声をかける。 振り返ったとき、日番谷の口角が一瞬ニヤリと笑っていたのを見て、マユリは心中解剖してやりたいくらいの怒りに駆られる。 しかし、研究を続けるためには、予算は喉から手が出るほどにほしかった。悔しいが、ここは条件を飲んでやるしかない。 「あぁ、そうだ」 やけに子供じみた仕草で火を消しているマユリを、日番谷が見下ろした。 「ついでにあとひとつ、条件があるんだが」 「もうどうだっていいヨ! 勝手にするがいいサ」 「じゃあ、そうするさ」 日番谷の口角が、もう一度上げられた。 *** 一ヵ月後。日は少し長くなっているが、それでも頬を撫でる風は、まだ冬のものだ。 わたしは、自室で死覇装に着替え、鏡の中のわたしの顔を見る。まったく寒さは感じない体質は変わらない。 でも、鏡の中のわたしの顔は、青白く見える。わたしは少し考えたけれど、鏡の横に畳んである、桃色のストールを首に巻きつけた。 桃色のせいで、少し血色が良くなって見える表情に、少しだけ笑顔を浮かべて。 私は自室を後にした。 「おはようございます、副隊長」 隊首室の前の廊下で、もう見慣れた黄金色の髪が目に入った。 「オハヨ。おっ、ちゃんとあったかくしてるわね」 よしよし、と松本副隊長に微笑まれ、わたしはなんだか、子供になった気分になる。 「今日は外勤になるわよ。体大丈夫?」 「ええ、もう大丈夫です。お供します」 そう言ったわたしを、副隊長はどこかまぶしそうに見た。 「あんたが十番隊に異動して、もう一ヶ月か。慣れた?」 「ええ」 「隊長と働けて、どう思う?」 「え?」 わたしは、ちょっと目を見開く。そして、副隊長に言われた言葉の意味を、考えてみる。 日番谷隊長の隣にいると、なんだかいつもより景色が綺麗に見える気がする。全てが生き生きと感じる気がする。 こういう気持ちをなんというのだったか……わたしは、幼い頃の記憶からその感情の名をひっぱりだした。 「嬉しい、です」 「そっか」 副隊長が、微笑む。 「おい、何やってんだ、さっさと入って来い!」 隊首室の中から、焦れた日番谷隊長の声が聞こえる。 もう、気が短いんだから。そう言った副隊長と視線を合わせ、わたしたちは微笑んで返事を返した。 MARIONETTE FIN.
心さまへ捧げます。少しでも早く、風邪が治りますように……!
ひっつんに看病してもらいたい、とのリクエストでしたが、大丈夫でしたでしょうか!?
隊長、看病っていうか専らギター弾いてますが、それでも大丈夫なことを祈りますorz
切香より愛を込めて。
[2009年 1月 25日]