間に合ってくれ。
雛森の霊圧を追いかけながら、日番谷は唇を噛んだ。
彼女は元気そうに見えるが、それは体の傷が治っただけのこと。
死神としての能力は、今なら席官レベルよりも下だろう。
同じように藍染に斬られ重傷を負っても、日番谷や一護はすぐに霊圧も回復したが、雛森は違った。
藍染と共に戦うために死神を志した彼女にとって、今はもう、自分の死神の力でさえ厭わしいのだろう。
そう悲しげに言った卯ノ花の言葉が、耳をよぎった。
そんな状態で虚の群れと一人で対峙して、無傷では済むまい。

「雛森っ!」
空座町と隣町の境界線で、その小さな背中を見つける。
ただ一人無防備に、古びた小学校の屋上に立って柵に両手を置いていた。
ぼんやりと、戦いの気配が満ちる空座町上空を眺めている。
日番谷が胸をなでおろしたことに、周辺に虚は一体もいなかった。
「……雛森」
そっ、と隣に飛び降りると、雛森はびく、と肩を動かした。

「何、びくついてんだよ?」
「怒ってないの?」
「別に、怒らねーよ。お前の妙な行動には慣れてんだよ」
「……だよね」
ふふっ、と雛森は微笑ったが、その表情は力ない。


「今、ね。あの穴を見てたの。虚圏への入口」
雛森は、その細い指で空に浮かぶ穴を指差す。
「あの中に入れば、藍染隊長に会えるのかな、って」
「……行くつもりだったのか」
「もし行ったら、どうするつもりだったの?」
「連れ戻すに決まってんだろ」
「何回あたしがあっちへ行っても?」
「何回だって連れ戻す」

話している間にも、雛森の頬をぽろぽろと涙が零れ落ちて行く。
「そうだろうね。日番谷くんなら、きっとそうしてくれるね」
その膝がくずおれ、日番谷のほうに倒れこんだ。
日番谷は、無言のまま自分の肩に顔を押し付けてきた雛森を支えたままでいた。

「……あたし。日番谷くんを好きになればよかったなぁ……」
全く。日番谷は、ため息をつく。
どいつもこいつも、人を子供だと思って。
本気で、何も通じていないと思ってるのか?
「よく分かんねーな。俺はコドモだから」
一護が聞いたら目を剥くようなセリフをため息と共に吐き出した、その時。
風を切る音に、日番谷はハッと顔を上げた。


「見つけたぜ、死神っ!」
怒声と共に突っ込んできた虚に、日番谷は肩に担いだ斬魂刀の柄に手をやる。
一気に引き抜こうとして、その手が止まった。
「日番谷くんっ?」
刀が、重い。そんなことを思ったのは初めてだった。
歯を食いしばって引き抜いたのは、一瞬。しかし、虚と戦うには長すぎる一瞬だった。
「下がれ、雛――」
とっさに雛森の肩を突き飛ばそうとしたが、それよりも先に、雛森が日番谷の前に出た。

それは、おそらく本能的な動き。雛森の両手に、霊圧が込められる。
「赤火砲!!」
炎がその場を埋め尽くした正にその刹那、
「大丈夫かっ!」
虚の背後から飛び込んできた一護の姿に、日番谷は目を見開いた。
白銀の煌きと共に、斬月が一閃し、虚を両断していた。さしもの日番谷が瞠目するほどのスピードで。
「無事か冬獅郎、ひな……あれっ?」
「バカ黒崎、よけろっ!」
叫ぶ間があればこそ。一護は思い切り、雛森の赤火砲を身に浴びることになった。




「無傷だったんだぜ、今まで」
「分かったって」
「無傷で全員倒して、あと一体! って張り切って追ってきたんだけど、まさかなあ」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
何度も何度も繰り返し、雛森が一護の前で頭を下げる。
とっさに日番谷が放った氷輪丸の一撃により赤火砲の威力はほとんど殺されたが、それでも少し火傷が残った。
日番谷が出した氷の塊を腕に押し当て、一護は雛森の前で手を振った。

「いいよ。それより、早く瀞霊廷に戻ったほうがいいぜ」
「そういえば、総隊長に報告もいれなきゃな」
立ち上がった日番谷が、面倒くさそうに頭を掻いた。
「おぅ、言っとけよ! 俺が虚をぶっ倒したって」
ふざけんな、と返すと思った日番谷は、無言だった。
「あたし、穿界門の準備するね」
立ち上がった雛森の背中を、日番谷は見送る。


「大丈夫なのか?」
一護は、無言のままの日番谷に声をかける。今回は、雛森は藍染については行かなかった。
でも藍染との戦いは、まだ入口にも立っていない状態なのだ。
「大丈夫だ」
しかし、日番谷の声は明るく聞こえた。
「あいつは、お前が思ってるよりもずっと、強いぜ」
日番谷が傷つけられる直前、庇うように割って入った雛森は、戦士の顔をしていた。
大丈夫だ、と思う。いくら今傷が深くても、雛森は必ず立ち直れる。

「……すまねーな、ガキだなんて言って」
不意に落された言葉に、日番谷は思わず振り返り、一護を見上げた。
「クソ生意気でチビで白髪のガキだなんてよ」
てめえ、と日番谷の顔が引きつる。
「俺こそすまなかったな。おめでたいくらいバカな死神代行だなんて言って」
ムッ、とした顔を互いに交し合う。
そして、どちらともなくニヤリと笑った。



花柏さまに捧げます。
信じられない……うぁあああ、どうしよう!?。
私、この話が完結してないなんて思わなかったんですORZ
今リライトしてる最中に途中になっているのを発見して、「うそ……だろ」ってなりました。
大変、大変お待たせいたしました。
「日&一もの、互いに信頼が垣間見える共闘もの。
最初は意地になって(一護を心配して?)絶対に手出し無用と突っぱねる隊長が、
最終的に一護に精神的に頼ることを教わる」という書きがいタップリのリクエストでした。
共闘……してる? いや、してない……?(うそ……だろ)
お気に召していただけると、嬉しいです。重ね重ね、すいませんでした!
切香より、愛を込めて。

[2010年 3月 22日]