「よ、よかったぁ。よっぽど、飛び出して行こうかと思っちゃった」
アジトでは、乱菊が大きな胸をなでおろしていた。
「ほんと……ずっと金平糖を食べてると思ってたら、いつのまにあんなところへ」
雛森も安堵の溜め息をつく。
モニターに見入るあまり、一人黙っているやちるの存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。

「しかし、確かに……兄様が勝てなかった理由も分かるような気がするな……」
ルキアの独り言に、その場の全員が頷いた。
勝つためには、花天狂骨のルールに従って戦う……もとい、遊ばなければならない。
あの朽木白哉に遊べなど、更木剣八に女装しろと言うくらい無理があるだろう。
仏頂面のまま突っ立って、あの力にやられたことは想像に難くない。

「……です」
小さく聞こえた声に、はじめ誰も気づかなかった。女性死神たちがやいのやいのと感想を述べている間に、
「冗談じゃないです!」
今度は叩きつけるように繰り返された言葉に、やっと全員が振り返る。
伊勢七緒が、その肩をプルプルと震わせていた。
「冗談でも当たれば死ぬかもしれないんですよ? あんな理由じゃ、お悔やみも言えやしないッ!」
言うが早いか七緒は立ち上がり、そのままドアを開っぱなしにして駆け出していってしまった。
それを、あっけに取られたほかのメンバーが見守る。

「……もう。思いやりは無用とか言ってたくせに、無理しちゃって」
乱菊は苦笑いすると、立ち上がった。
まじめなのと同時に、人一倍心配性の七緒のことである。
本当は、遊びと言いつつ繰り出される刃が、どちらかを傷つけないか、誰よりもハラハラしていたに違いないのだ。

乱菊としても、これ以上は放置しておけなかった。
上司になった今ではさすがに控えているが、昔は本人がもがくのにも関わらず抱きついで、巨乳で窒息死させそうになったことも数知れずである。
今でも彼女の中で、日番谷冬獅郎は誰よりも尊敬する男であると同時に、護りたい少年でもあるのだ。
そんな彼の頬を傷つけた男、京楽春水。
往復ビンタくらいでは許さないと思う。


「……影鬼は、影を踏まれたら負け。嶄鬼は、上に行かれたら負け。他には何があるんだ?」
ストッ、と屋根の上に飛び降りた日番谷が、京楽と対峙する。
始めに能力を見せられた時の焦りは影を潜め、次はどう出るのか面白がるような色が浮かんでいる。
遊びに巻き込もうとした京楽の思惑通りだということには、気づいていない。

京楽はニヤッと笑うと、日番谷と同じように屋根の上に飛び降りた。
「艶鬼(いろおに)って知ってるかい?」
「いろおに? ……あぁ、名前は知ってる、けど……ルールは覚えてねぇ」
視線を宙に泳がせながら、日番谷が考える。
この辺りの間が、敵同士の戦いのときとは違うところだ。
「教えてあげるよ。ある色を言ったとする。そしたら、その色をしたものを斬れる、とても楽しい遊びさ」
「そ……」
「翡翠」
そんな遊びがあるか、と日番谷が突っ込むより前に、京楽が突っ込んできた。
そして、日番谷の瞳に向かってまっすぐに突きを放つ。
しかし、スピードを戯れなまでに抑えた一撃だった。日番谷は軽く、氷輪丸で横薙ぎに払って切っ先をそらした。

「こういうのの方が、直接斬れていいな」
物騒なことを言いつつ、日番谷が中空にふわりと上がる。
色か、と思いつつ、京楽を観察する。赤い着物をまとっているとはいえ、直接着ているのは死覇装。
「黒!」
一番効率的な色を口にすると、その場を蹴って京楽の死覇装に向かって斬りつけた。
刀を振り上げた瞬間、迎え撃った京楽がにやりと笑う。途端に背筋がぞわりと粟だった。
とっさに攻撃を中断し、京楽から距離をとる。
「何となく、分かった? 自分にもある色のほうが、与えるダメージは大きくなるんだ。
その代わり相手からも傷つけられる可能性が高くなる。黒は、冒険だね」
「……なるほど……赤!」

刀を振りかざし、京楽に向かって斬りつける。
赤は京楽にしかない色。与えられるダメージは小さいが、京楽は日番谷を斬ることはできない。
しかし京楽は、日番谷が突っ込んでくると同時に着物を脱ぎ、眼前でふわりと広げた。
「っ?」
目の前が、着物の色で真っ赤に染まる。
「……赤」
着物の向こうで、京楽の声が聞こえた。

危ない、と思った時には、京楽の刃が着物を突き通し、日番谷に迫っていた。日番谷はギリギリで氷輪丸で受け止める。
「蒼火墜!」
空いた左手で、鬼道を放つ。その名の通り、青い炎を打ち出す技だ。
「おっとぉ?」
着物はあっという間に炎に包まれ灰になる。ぼろぼろと崩れる灰の向こうで、慌てる京楽の顔が見えた。

「青!」
炎に向かって刃を突き出す。日番谷は氷雪系のため、鬼道程度の炎なら全く堪えない。
青い炎の中から突きを繰り出したのを、京楽は危なげなくかわす。
「さすが。なかなか楽しい戦い方をするねぇ」
「け。とっとと終わらせてやる」
「そうだね……銀!」
銀? と日番谷は考える。頭でも斬りつけて来る気だろうか。
距離をとろうとした時、京楽が思い切り上段に刃を振りかぶり、打ち下ろしてくるのが目に入った。

―― マジで頭かよ!
受けるために刀を上空に翳す。その刀身の色は……銀色。
しまった、と思うよりも早く、京楽の刃が日番谷の刃と打ち合う。
直後、日番谷の氷輪丸が音を立ててへし折れた。
「こんなのアリかよ!」
「アリだよ。僕の勝ちかな?」
刀をなくした以上、「艶鬼」のルール内で京楽に斬りつけることはできない。

反射的に、日番谷は上空に目をやった。厚く垂れ込めた雲をにらみつける。
―― 割れろ!
心の中で命ずる。反応はまるで生き物のように素早かった。
雲が割れ、間から太陽が覗く。その光は、斜めに朽木邸に差し込んだ。
「しまっ……」
京楽が、初めて驚いたように目を見開いた。
京楽から長く伸びた影を、日番谷の足が踏みつけていた。

日番谷が口角を上げ、そんな京楽を見返す。
「影鬼」
その言葉を聞くよりも早く京楽は前へ避けたが、間に合わない。
その肩を刃がかすめ、血の粒が飛んだ。
たたらを踏んだその時、ヒュッ、と風切音が響く。
鋭く尖った氷のカケラを、日番谷が京楽の喉元に突きつけていた。

「……斬魂刀もなしに、天候を操れるとはね。恐れ入ったよ」
両手を上げた京楽が、降参、とでもいうように肩をすくめる。
「……日番谷隊長の勝ちだな。見合いの話はこれで仕舞だ」
音もなく瞬歩で中空に現れた白哉が、二人を順番に見る。
「しょうがないねぇ。この辺で切り上げてお茶でも……」
「おい」
京楽と白哉の会話をさえぎったのは、妙にドスの効いた日番谷の声だった。

「はい? ……なんか日番谷くん、機嫌悪い?」
「まさか、これで終わりじゃねぇだろうな?」
「……え? だめ?」
「あんた、全然本気出してねぇだろ!」
「出してないけど。君も出してないでしょ?」
「じゃあ、俺も本気でやる。場所変えるぞ」
あらぁ、という顔をした京楽と、白哉が視線を交わす。
初めはあんなに嫌そうだったくせに、どうやら、京楽との戦いが気に入ってしまったらしい。
「見合いを止める」という当初の目的は、もうすっかり忘れられているのだろう。

ふーむ、と京楽はうなった。
先輩として、日番谷がやる気なら乗ってやりたい。
しかし場所を変えれば、得たりとばかりに日番谷が思いっきり力をぶつけてくることは間違いない。
どうやら藍染の戦いからこっち、急速に伸びつつある力を、持て余しているようでもあるのだ。
これを言ったら日番谷が噴火するだろうから言わないが、まるで歯が生え変わる時期の子猫が、かゆがってその辺に噛み付くのに似ていると京楽は思う。
しかし逆にこっちの方は、全力を出そうものなら、翌日節々が痛いお年頃である。
「オーケー、続行しよう。でも場所はここだ、いいね」
中間を取ってみる京楽なのだった。


***


白哉が蒼火墜で見合いの書類を焼き尽くすのを横目に、京楽と日番谷は向き合っていた。
「……条件は同じだな」
二人とも、死覇装の上に隊首羽織をまとった姿。
まったく同じ色なら、自分にある色を言うほかない。

「なんの」
京楽が隊首羽織を投げ捨て、死覇装のみの姿になった。
ふわり、と宙を舞った羽織が、風にふくらみながらゆらゆらと地上に落ちる。
それを目で追った日番谷は、ばたばたと数人の死神が邸内から駆け出してくるのを目の端に捉えた。

―― 伊勢? 松本まで……
先頭に立って飛び出してきたのは伊勢七緒だった。空中にいる日番谷と京楽を見上げ、何かを言おうとしている。
戦いをやめろとか、それらしきことを言うつもりなのは間違いない。
なんだかんだ言って七緒には頭が上がらない京楽のことだ、ここで遊びはお終いか。
ちょっと残念な気持ちになりながら、日番谷が七緒のことを京楽に教えてやろうとしたときだった。
京楽が、死覇装の襟に手をやった。そのまま、襟を開いてもろ肌脱ぎになり、死覇装を投げ捨てる。

「……」
「……?」
「……!!!」
心の声を押し殺し、沈黙する一同の前で、ひときわ大きな声で京楽が叫んだ。
「肌色っ!!」
ひゅぅぅぅっ、とその場をそれは冷たい風が吹きぬけた。
「なにトチ狂ってるんです、この変態!!」
次の瞬間、地上から伊勢七緒が投げつけた石が、見事なコントロールで京楽の頭にヒットした。


***


「……大変、京楽隊長がご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
十五分後。伊勢七緒の勝利という思わぬ展開を経て、全員が客間に集合していた。
台所で金平糖にありついているらしいやちるはいなかったが、いつの間にか夜一と砕蜂まで、姿を見せている。
七緒は、死覇装を着せられた上、縄でぐるぐる巻きに縛られた京楽の隣で、きっちりと頭を下げた。

「別に、構わぬ」
白哉は、京楽が脱いだその瞬間には、怒りと言うより殺意をその表情に浮かべていたらしいが、今はいつもどおり淡々としている。
日番谷は一同に背を向けて縁側に立ち、池の鯉に餌をやるのに余念がない。
子供っぽく遊びに興じている姿を部下や幼馴染に見られたショックか、背中が丸まって見える。

「七緒ちゃーん、僕なんか悪いことしたっけ?」
「うるさい! 事情は、隊舎へ戻ってたっぷりと聞かせていただきますから」
ええぇ、と萎れるその姿は、とても隊長とは思えない。
「僕はただ、ルキアちゃんへ見合い話を持って来ただけなのに」


無表情で座っていたはずの白哉の眉間が、ぴくぴくと痙攣する。
「……兄様」
黙って聞いていたルキアが、膝で一歩白哉ににじり寄り、頭を下げた。
「……その、見合い……のお話ですが。せっかくではありますが、私にはまだ早いため、謹んでお断りいたします」
えぇーそんなぁ、と声を出す京楽の隣で、白哉は明らかに肩の力を抜いた。
「……初めからその会話をしてくれりゃ、こんな大勢が駆り出される必要はなかった……ん?」
わずかに振り返った日番谷が、視線を途中であさっての方向へ逸らす。

……。
こんな大勢?

「……てめえら。なんでここにいるんだ? いつからだ」
振り向いた日番谷の顔が、はっきりと引きつる。乱菊が同じく引きつった笑みを浮かべる。
「それは……えっとぉ」
「まさか、話を聞いてたんじゃねぇだろうな!」
そうなんだな、と話しながら日番谷ががっくりとうな垂れる。その場の空気で分かったのだろう。

「……日番谷くん、あたしもお見合い、もういいから」
フォローになっていない雛森の言葉に、日番谷はもういい、と手を振っただけだった。
「勘違いすんなよ。お前は男を見る目がねぇからな」
「なっ……」
雛森が、ぐっ、と言葉に詰まる。

―― それってつまり、○染のこと?
―― やっぱり、藍○のことじゃろうな。
言ってはいけないことを! という女性死神たちの非難の視線を一身に受けて、日番谷がじり、とさがった。

「な、なんだよ」
「ひ、つがやくんの……」
ゆらり、と雛森が立ち上がる。
「バカッ! チビッ!! 若白髪――!」
その後。なぜか縛り上げられた隊長二人が、朽木家の門からペッと捨てられたとか、捨てられなかったとか。



GAME  FIN.



みぃ様へ捧げます。
サイト一時休止に伴い、更新が中断してすいませんでしたorz
「朽木家に招待された日番谷隊長を、女性死神協会(主に乱菊)がこっそり見学」
という素敵リクエストでした!
兄様と日番谷が仲良しだったらいいなぁ、ていうお話でしたが、うぅんこれは仲良しといえるのか^^;
気に入っていただけるととっても嬉しいです!
切香より愛を込めて。

[2010年 2月 27日]