ちょっと三番隊よってかへん?
いいやんたまには、隊長の間で友好を深めるっていうんも?
なーなー、いけずやなー。
そんなセリフをはきながら、まとわりついて来る市丸を振り払い、日番谷は通りを早足で歩いていた。
友好などと殊勝なことを言っているが、ついていけばひどい目にあうのは日番谷のほうだと分かっている。
行けば、やつれはてて仕事の山に埋もれている吉良に出くわし、
市丸に切れても埒があかず、結局自分が仕事を引き取る羽目になるのは明白だ。
というか、過去にそんな忌々しい出来事があったような気がする。
ーー 「おい吉良。お前、仕事をしねぇ相棒を持ったのはお前の非じゃねぇんだぞ。異動届だしたら、口利いてやってもいいぞ」
そう言った日番谷に対し、
ーー 「そのまま、お返しします」
労りと同情を込めた瞳で返されたことを、思い出す。
それもそうだよな。ぼそっと返したきり、それ以上返す言葉がなかった。
「ーー隊長。日番谷隊長」
全く。いっそ俺が吉良を引き抜いて、市丸と松本を組ませてやろうか。
「日番谷隊長?」
……いや、残念だが却下だ。俺は隊長として、護廷の平穏を第一に考える義務がある。
余計な考え事をしていたせいで、控えめに肩を叩かれるまで、ウカツにも声をかけられていたのに気づかなかった。
「朽木……隊長」
太陽を背後に立っているせいで、日番谷のほうに影が差している。
日番谷を至近距離で見下ろしている白哉は、なんだか微妙な表情をしていた。
少なくとも、さきほど「下賤の出身」などとこき下ろした薄情さは持ち合わせていないようだ。
「……さきほど、兄に言いそびれたことがあるのを思い出してな」
下賤の出身以外に何かいい足りないことがあったのか。
三白眼で見返してやると、白哉はめずらしいことに、右の指先で頬を掻いた。
下賤の者の知識から言わせてもらうと、それは「気まずい」とか「言いにくい」を表していると思う……
そこまで言いかけて、日番谷は案外ねちこい自分の思考を断ち切った。
「何か?」
「妹のことなのだ」
「朽木ルキアが、どうかしたか?」
「最近、悪い虫がついてな」
日番谷は、なんとも微妙な表情を返した。
目の前のこの男が、一体何を思って、妹の恋愛事情について自分に相談してくるのか、ワケがわからない。
「……そいつは、オレンジ色のめでたい頭したやつか?」
「あぁ。認めたくはないが、あの男は強い」
「……あんたがじたばたしても始まらねぇだろ。それは二人の……」
「だから心配なのだ。黒崎一護の戦場に、ルキアが同行することが」
……あん?
日番谷は一瞬考え、わずかに赤面した。
紛らわしい相談の仕方してんじゃねぇ! と言ってやりたかったが、ここは黙っておくのが賢明だろう。
つまり、どんどん強くなる黒崎一護と、席官でもない朽木ルキアが共に戦うのが危険だと、兄として心配している、と言いたいらしい。
「朽木ルキアが強くなりゃ済む話だ」
展開が分かれば話が早い。日番谷は即座に返した。
「危険だからついていくな、なんて。兄馬鹿だと思われるのがオチだぞ」
「それだ」
「あ? どれだ」
「兄(けい)に頼みがある。ルキアに、修行をつけてやってほしいのだ」
日番谷は、白哉が自分に頭を下げるのを、ぽかんとして見守った。
通りを行く死神たちも、何事だろうと目を剥いてチラチラと目をやっている。
「……確かに、朽木ルキアと俺は同じ氷雪系だ。だからって、氷輪丸はヒトの修行につきあうほど優しくねぇぞ」
「……普段、カキ氷や避暑のために氷を出していると聞いている」
「ムリヤリなんだよ! その後の氷輪丸の機嫌の悪さと言ったら……まあいい」
日番谷は強引に話を打ち切った。
いつまでも、こんなところで隊長二人が喋ったり頭を下げたりしていたら、目だってしょうがない。
「わかった。どうなってもしらねぇぞ」
「恩に着る」
再び頭を下げられ、日番谷は微妙な気分になる。
これまで、白哉が人前で頭を下げるところを、ただの一度も見たことがなかったからだ。
亡き妻の妹だというが、それほどまでに、特別なのか。
顔を上げた白哉は、若干明るい表情をしているように見えた。
「礼の代わりといっては何だが、これをやろう」
懐に手を突っ込むと、一枚の札を日番谷に示して見せた。
そこには、すらすらと達筆で何かが書いてあるが、達筆すぎて読めない。
「なんだ? これ」
「この通りの全ての甘味処が無料になる札だ。この札が朽ちるまで使用可能だ」
「あぁ? なんで甘味処限定なんだ」
「子供には甘味。常識だろう」
「……」
「何だ? 気に入らぬのか。浮竹から、兄は甘味がことのほか好きだと聞いたが」
「……浮竹、コロス」
そんなものはただの噂だ誤解だ迷信だ。
捲し立てて突き返そうか、と思った時、日番谷はふと我に返った。
「……もらっておく」
「そうか」
「朽木ルキアの件は、決まったら連絡をくれ」
それっきり、くるり、と背を向ける。
そして今度こそ誰にも引き止められることなく、十番隊舎へ向った。