―― 松本がまた怒り出したら、厄介だな…… わずかに取り戻した意識の中で、日番谷が一番初めに思ったのは、乱菊のことだった。 菓子を買って来る約束だったのに買いもせず、こんなボロボロで戻ってきたら、何と言われるか。 こっそり十番隊に戻り、血の跡をどうにかしなければ。 ゆらゆらと、体が揺れる。 ふわりとした温もりに包まれている。意識が、ゆっくりと浮上してゆく。 両足が、宙で揺れている。自分の体ではないように、全身に力が入らなかった。 ただ、目の前にある温もりが心地よい。日番谷は無意識の間に、回した腕に力を込めていた。 「……あ、起きました? 隊長」 「うー……ん」 耳元に響いた声に、まだ半分以上夢を見ているつもりで、返事ともつかないうなり声を漏らす。 次の瞬間、弾かれたように身を起こした。 「ま……松本っ!?」 目を開けても、一体何がどうなっているのか、とっさに分からなかった。 頬に、見慣れた乱菊の金髪が触れる。 ―― ま、まさか…… まさか、今腕を回して、引き寄せたのは…… 日番谷は慌てて、乱菊の肩から首に回していた両腕を引いた。 「な、なんでこんなことになってんだ! 下ろせっ!」 なぜ、現世で滅却師と戦っていたはずの自分が、乱菊に背負われているのだ。 「あら。本当に意識が飛んじゃってるんですね」 振り返った乱菊は、混乱する日番谷を気にする風もなく、いつもの調子で続ける。 「あたし、氷輪丸を持って瀞霊廷から駆けつけたんです。でもちょうど戦いが終わった直後だったみたいで。 話を聞いて、雨竜から隊長を引き取ったんです。ここは断界ですから、もうすぐ瀞霊廷ですよ」 その説明を聞いて、日番谷の顔から血の気が引いた。 「こんな格好で帰れるか! 下ろせ」 隊長ともあろう者が、部下に背負われて帰還するなど、情けないにも程がある。 「下ろしません」 断固とした声で、乱菊が拒絶する。 「……ま、松本?」 「あたし、めっちゃくちゃ、めっちゃくちゃ怒ってるんですよ、今ッ!!」 キーン、としばらく耳鳴りがするほどの大声だった。さすがの日番谷も、言葉に詰まる。 「な、何だよ? 何怒ってんだ! 大体、俺を下ろさねぇのと何の関係があるんだよ!」 「あたしの隊長は、オコサマだってことを知らしめてやるんです!」 「あぁ? 誰が……」 「簡単に命を捨てようとして! そんなことしたら、どれほど皆が悲しむかも分かってないじゃないですか! そんなの、子供以外の何なんですか。あたし、全部知ってるんですよ」 「……松本」 「なんで、黙ってたんですか」 日番谷は、それには答えなかった。 激しい言葉を叩きつけながらも、自分を背負う乱菊の腕は優しかった。 薄暗い断界の向こうに、長方形の光が見えてきている。……瀞霊廷が入り口が近いのだ。 「言わないつもりですね」 振り返った乱菊は、微笑んでいた。 「でも、そんな隊長だから、あたしはついて行くんですけど」 諦めたような口調でそう言うと、瀞霊廷の入り口でかがみこむ。その背から、日番谷は滑り降りた。 瀞霊廷は、現世と同じように細かい雨が降っていた。 地面を踏みしめると同時に、足に力が入らずふらりとよろめいた。 どうやら、あの銃は死神には絶大な力をもたらすが反面、体力もごっそり奪うらしい。 「はい、隊長」 差し出された手は優しく、思わず見上げると乱菊は微笑んでいた。 どうか、今降り注ぐのと同じような優しい雨が、 現世にも、虚圏にも降り注いでいればいい。 日番谷はかすかに微笑み、乱菊の手を取った。 I WISH FIN.
久々に長編を完結させた気がします(笑
全ての話に完結を! 書き手の義務ですね、はい。
そういえば、最後の最後に言うのもなんですが、
タイトルの色は、語り手の登場人物によって変えてます。
GRAY=雨竜、HALCYON(翡翠)=日番谷、HONEY=乱菊、ROSE(真紅)=リリネットという具合でした。
日番谷の色は千歳緑(EVERGREEN)なんでしょうが、別の作品のタイトルに使う予定です♪
[2009年 3月 2日]