「人間だった、というのか?」
 チョコチップスコーンを頬張りながら、ルキアは大きな眼を見開き、俺を見返して来た。一時間ほど前に虚退治に向かってから、俺たちは駅前のスターバックスへと移動していた。
「いや、あの虚を倒したのが人間だったってことじゃねぇよ。ただ、死神の姿の俺と眼があった奴がいたってだけのことだ。あれ、空座中の制服だった」
俺はカフェ・ラテを口元に運びながら返した。砂糖を入れない、ミルクだけ多めにするのが好みだ。
「子供か」
ルキアは眉間に皺を寄せながら、ピンク色のマカロンを口に放り込んでいる。

 俺はそれには返事をしないまま、あの時見た女子中学生の顔を思い出そうとしていた。小柄で細身で、スカートから伸びた細長い足が記憶に残っていた。ちらりと見たその顔は美人の類ではあったが異常に勝気そうで、まるで小型犬のスピッツみたいな印象だった。……ただ、もしも俺の記憶が正しいなら、あの後ろ姿を見たのは、今回が初めてじゃない気がする。虚の気配を感じて駆けつけてみれば、もう何者かによって虚が倒されていて、他の死神が出動した気配もない――というのは、二か月くらい前から頻発していた。念のため石田にも聞いてみたが心当たりはないと言う。それに、この件を調べているルキアによれば、倒された虚は無事に魂葬されたことになっているというから、謎はますます深まっている。

 ただ、あの子は……周りの人たちが原因不明の暴風の中で悲鳴を上げていたのに、一人だけ平気な顔をしていた。その上、俺の顔を見ていた表情は、決して正体が分からないものを見るような目ではなかった。俺の直感は、アイツだと告げている。

 ただし、ただの人間が死神の力を持ち、虚を倒している――というようなことが事実となれば、何かしらの問題になるという予感はしていた。少なくともあの女子中学生が「犯人」だなんてことになったら、あの子はただでは済まさなそうだ。それを考えれば、おいそれと、「怪しい」なんて言えるはずがない。
「おい、一護」
ルキアはストロベリーショートケーキにフォークを入れながら、俺を見返して来た。
「実際、お前はどう思っているのだ。その者が虚を倒している可能性は、あると思うか?」
「う……」
「私には、話せぬのか」
 ルキアのことを、俺は信頼しているのか、どうなのか。答えは一瞬だった。
「……ありえると、思ってる」
「そうか」
Yesと言わなくても、ルキアのことだ、俺が考えていることくらいお見通しだっただろう。長い間とは言わないが、とてつもなく濃い時間を、俺たちは共にしてきている。

 ルキアは、うぅんと唸った。
「しかし、信じられぬな」
 アボガドとシュリンプのサンドイッチを頬張る。
 信じられねぇ、確かに。
「お前は一体、どーゆー胃袋してんだ、ルキア! 大体さっき、ケーキ喰ってただろ。デザートだろそれ! なんでそっからまたサンドイッチに戻ってんだ。誰が金払うと思ってんだよ!」
 高校生の小遣いなんて、高が知れている。おまけにスタバは高いのだ。今ので小遣いの一体何分の一が飛んだことか。俺の憤りにも関わらず、ルキアは反省もなくソッポを向いた。
「兄様ならその程度のことで怒ったりせぬ。全く、器の小さい男だ」
「器じゃねぇ、財布が違ぇんだよ。貴族と俺を一緒にすんな」
「しかし、厄介なのは」
 ルキアはさっさと話題を切り上げ、チョコバーをポキッと二つに折りながら、声を顰めた。
「今回の件、私に調査と報告を指示したのは涅隊長なのだ」
「い? あのイカれた」
「ああ」
そこで間髪いれず頷くのはどうかと思うが、ルキアは真面目な表情のままだ。
「少女だろうが何だろうが、興味を持った対象には容赦せぬのが、あの方のやり方なのだ」
「……そりゃ、まずいな」
「だろう? ただ、報告せぬと今度は私の身が危ない。指示に従わなかった死神が解剖されたとか、行方不明になったという話は数知れずなのだ」
「……」
 俺たちは、青くなった顔を見合わせた。

「……誰か、張り合って助けてくれそうな隊長はいねぇのか? それこそ『兄様』とかよ」
「他隊の隊長から出された指示を覆すには、最低2名以上の隊長がそれを認めねばならぬのだ。まあ、所属部隊の隊長の指示は、いかなる場合でも絶対だがな」
「そうだ! 浮竹さんはどうしたんだよ?」
俺は思わず声を上げた。あの温和そうな人なら、部下の危機に手をこまねいているなんてなさそうだ。……とうかそもそも、どうしてあの浮竹さんが、部下を涅マユリなんかに預けているんだ?
「隊長は、今寝込まれているのだ」
ルキアはしょんぼりと肩を落とした。
「もう1カ月、ほとんど昏々と眠られている状態らしい。命に別条はないようだが……隊長が復調されるまで、一時的に十三番隊は他隊の手伝いに駆り出されておるのだ。十三番隊には、元々副隊長もおらぬ。隊長の不在は、指示系統がないことと同義だからな、仕方ないのだが」
「なるほど」
そんな状態なら、巻きこむのも酷な話だ。
「とにかく、一人は白哉だろ。もう一人を誰にするかだな」
「勝手に兄様に決めるな」
「いーや、決まりだ。ていうかお前、隊長二人もツテあるのかよ」
ぐっ、とルキアが言葉に詰まった。この調子じゃ、残り一人の隊長を探すのも怪しい。それに残念なことに、俺だって隊長格のことをそうそう知ってるわけじゃねぇし。

 うーん、と同時に唸ったルキアと俺の横を、乱菊さんが通り過ぎた。
「あら? 朽木と一護じゃない。おひさ」
「お、乱菊さんじゃねぇか。珍しいな」
「お久しぶりです、松本副隊長。こんなところで奇遇ですね」
「買い物したら暑くなっちゃって。アイスコーヒーでもテイクアウトしよっかなって思って。じゃね」
おぉー、と手を振ったところで、俺はハッと気づいた。
「待った待った、乱菊さん! ちょっと頼みがあんだよ。ていうか、冬獅郎に」
うん? という顔をして、乱菊さんは俺とルキアの顔を交互に見た。二人とも、明らかに困った顔をしていたと思う。乱菊さんは気軽に頷いた。
「いーわよ、貸し出してあげる! このアイスコーヒーおごってくれたら♪」
 アイスコーヒー一杯で貸し出される隊長格。じゃっかん気の毒に思いつつも、俺は乱菊さんのために椅子を用意したのだった。









* last update:2012/8/15