審判の時が、近づいている。
誰が生き残り、誰が死ぬべきか。
更に言えば、どの世界が長らえ、どの世界が滅びるべきか。
まだ未来は決まっていない――戦いの渦中にいる者たちは、きっと皆そう思っている。
だからこそ希望をもち、絶望もする。
この世は弱肉強食ですらない。
そう知れば彼ら彼女らは、どんな貌をするだろうか?
「面倒くさいねぇ。どーも……」
大きなワイングラスに、無造作にワインを注ぐ。
傍には、空になったボトルがいくつか置かれている。
血のような色……と言う表現は、この場合は悪趣味だ。
椅子にドッと背中を預け、真紅の液体がグラスの中でたゆたうのを何とはなしに見やる。
天頂に立つこの身からすれば、コマの動きは手に取るように分かる。
次にどのコマがどう動き、結果どれが倒れるのかも。
「ただ座して結論を待つのみ、か」
アガリがどうなるか分かっている双六にも似ていた。
最後の辿りつく場所は見下ろせば一目瞭然。しかしゴールまでの道順だけは分からない。
進んでは戻り、悪戦苦闘するコマを眺めるくらいしか、実際は俺にやることはない。
きっとこのコマたちは、自分たちのゴールがあらかじめ決まっているなどとは夢にも思わない。
耳元で囁いてやったところで否定するだろう。下にいる者には、上からの景色は想像できないからだ。
ただし俺には、見える。それぞれの「終末」に向けてぐんぐん追いまくられるコマたちを、ただ見下ろしているだけだ。
しかし。
「それだけじゃぁ、つまらねぇ」
だってそうだろう。終わりが分かっているゲームなど、誰が楽しいものか。
俺は、「不確定要素」と名づけられた者たちに思いを馳せる。
薄暗い白壁に向って、人差し指を指してみせる。その先にモニターのような画像が浮き上がったのを見て、それを眺めやった。
そこには、銀髪の少年――日番谷冬獅郎の姿が映し出されていた。
布団に隠れて首から下は見えない。目を閉じ、かすかに寝息をたてていた。
「……子供じゃねぇか」
思わず嘆息した。俺からすればただの子供なのに、こいつは飛びきりの切り札を持っている。
双六の進むべき道を勝手に作るか、むしろ双六を破壊してしまいそうな、めちゃくちゃなジョーカーだ。
楽しませてくれそうだ、だからこそ惜しい。そう思う。
そして立てた人差し指を、空中で滑らせた。
日番谷冬獅郎の隣に、今度は黒崎一護の画像が映し出された。
壁も床も天井も真っ白に塗られた建物の中を、一心不乱に駆けている。
若干十六歳。たった半年で、隊長と肩を並べるまでに実力をつけた少年。
父親の血を考えれば素質は疑いようがないが、それでもここまでとは誰が予想し得ただろうか。
実際護廷十三隊も、裏切った藍染以外は誰も彼には勝てなかったのだから。
「この戦争に、どこまで絡めるかねぇ」
絶対的な逆境を切り開くのは、才能でも経験でも、実力でさえない。
何が何でも突破しようとする情熱だ。
それが、この少年を「不確定要素」とした理由だ。
その時。もう一つの映像が、黒崎一護の隣に現れた。
場所は、瀞霊廷。
山本総隊長の姿が映っていた。
廊下を大股で歩いてゆくその表情に、いつも部下に見せているような覇気はない。
深く物思いに沈んでいる、貌(かお)だった。
画像からは音は聞こえないが、ぎぃ……と重々しい扉を開けた時の音が聞こえた気がした。
薄暗い部屋の中に映し出されたものを見やり、俺は目を細めた。
「あぁ、山本総隊長。あんたの読みは今日も正確だな」
山本総隊長が見ていたのは……
黒い布。黒い鉦(かね)。黒い装飾。黒の。黒の。
既に百年以上は使われていないはずの、隊首用の隊葬具だ。
今残されている十名の隊長の顔が、俺の脳裏をよぎってゆく。
山本総隊長。砕蜂。卯ノ花。朽木。狛村。京楽。日番谷。更木。涅。浮竹。
「なァ、総隊長殿。死ねと部下に命じておいて、今更じゃないか?」
冷徹な瞳で、モニターの向うの山本総隊長を凝視する。
節くれだった右手の掌で、顔を覆い俯くその姿を。
今更アンタに、それを悲しむ権利はない。
アンタが決めたことじゃないか。
最初に死ぬ者は誰だ?
* last update:2012/3/6