黒崎一護の目の前に広がっているのは、砂と巨大な岩が広がる大地だった。
生き物のように波打つ白い砂の中に、島のような巨大な岩が点在している。
空は青いが、どこか作り物のようだった。空の青、砂と岩の白に、目が痛くなりそうだった。
気温は高く、湿度は全く感じられない。
蜃気楼の向こうに、遠く離れた距離が信じられないほどに、巨大な建物が見えた。
―― 「虚圏に着いたら、虚夜宮っていう城がありますから。そっちへ行ってください」
浦原がそんなことを言っていたのを思い出す。
それだけの情報で分かるはずないじゃないですか、という石田の言葉は真っ当に思えたが。
行けば分かりますよ、と軽く流された理由が、これを見れば良く分かった。
「……デカすぎだろ」
思わず呟く。穿界門をくぐって虚圏に出てきた瞬間、一護達は浦原の意図を理解した。
広い砂漠の中に、馬鹿でかい建物がぽつんとひとつ。確かにこれでは、迷うはずがない。
ただ誤算だったのは、走っても端っても、全然虚夜宮の大きさが変わらないこと。
どれだけ大きいんだ、と呆れるほどだ。
はぁ、ぜぇ、と息を切らせて走る足音も、砂の中に吸い込まれてしまいそうだった。
「黒崎! やみくもに……走るなって言ってるだろ!」
振り返ると、石田が数十メートルはある岩肌に、ダンッと背中を打ち付けて立ち止まったところだった。
「疲れたなら疲れたって言えよ、石田君?」
「うるさいっ!」
そう言い返しながらも、石田の両肩は大きく揺れている。
チャドも立ち止まって、顎の下を拳でぬぐっていた。癖で汗をぬぐう仕草をしたのだろうが、実際のところ汗など出ない。
頬を触ると、張り付いていた塩がパラパラと落ちた。
「やみくもじゃねぇよ。方向は間違ってねぇ、だろ?」
一護は行く手にふさがる、虚夜宮を指差した。
「そんなことは分かってる! でも、あれがどれほど巨大だと思う?
あれのどこに井上さんがいるのかも分からないのに、このままじゃ見つけ出せないぞ」
「そりゃそうだけど、地図なんかねぇんだし、行くしかねぇ……」
「前ッ!」
一護が言い終わるのを待たず、石田が近くの岩陰から現れた破面に矢を放った。
ほとんど虚と見間違えそうな外見だが、よく見ると仮面の一部にヒビが入っていて、破面だと分かる。
胸に石田の矢を受けた虚は、くぐもった悲鳴と共に姿を消した。
「いったんこっちへ退こう!」
チャドの野太い声に目を向けると、岩場の割れ目のような場所が目に入った。返事をする余裕もなく、三人でなだれ込むように転がり込む。
「んっ、とに……次から次から、弱いのばっかり出てきやがって!」
乱れる息を整えながら、一護は悪態をついた。
「だから、見境なしに飛び込むのは止めたほうがいいって言ったじゃないか!」
「とか何とか言ってるけど石田よ、結局俺達についてきたのはお前じゃねぇか」
「しょうがなくだ! 見捨てずに一緒に来てやってるんだ、感謝してもらいたいね」
「あぁ? 頼んだ覚えはねぇ!」
「……一護、石田」
どこか申し訳なさそうに、チャドが二人の間に割って入った。
「隠れている意味がない」
「……悪い」
一護と石田は、ムスッとして黙り込む。言い争う体力も、本当は惜しかった。
体力をじわじわと奪っていくのは、砂と暑さだけではない。
倒しても倒しても限りなく襲い掛かってくる破面達の群れに押され、穿界門の場所も分からなくなっていた。
つまり、虚夜宮の見える方向へ進むしかもう手がない、ということだ。
「思ったよりデカく、思ったより弱く、思ったより多い」
「とりまとめんな!」
こんな時に、冷静にまとめられると余計腹が立つ。
石田は、一護の怒りなど意に介さぬように、ずり落ちた眼鏡を指で押し上げた。
「だが、雑魚で倒せないことがあっちも分かってきたはずだ。そろそろ、上位の破面が出てきてもおかしくないぞ」
「上位……か」
「なんだ、怖気づいたのか黒崎?」
バカにするような口調で石田が言ったが、返す気にはなれなかった。
黙っていると、石田が眉を潜めて見返してくる。
「……戦ったのか。上位の破面と」
「……まぁ、な」
正確には「戦った」のではない。一方的にやられただけだ。
殺気どころか、戦う気すらなさそうだった、NO.1と名乗ったあの破面の男に。
「……今のうちに言っとく。ヤバいと思ったら逃げろよ。迷うな」
一緒に来てくれたチャドや石田には感謝していた。
それぞれに、織姫を助けようと決意していることも。
だが、自分が言い出したことで、更に死人を出したくはなかった。
ポン、と肩に手を置かれ、見上げるとチャドが微笑んでいた。
「……ったく。君は逃げる気ないだろうに。よく言うよ」
石田が口角を少しだけ上げて笑った。
「上位の破面が出てくる前に、カタをつけたほうがいいね。急ごう」
「おぅ」
それぞれに頷いてから、首をひねった。
「それはいいけどよ。どうやんだ?」
「あのねぇ黒崎、君も頭を使いなよ。雑魚に井上さんの居場所を聞くしかないだろ?」
「聞くっつってもよ、そう簡単に言うわけ……」
言いかけた一護の前で、石田が握った両手を上に持ち上げる仕草をした。
カツアゲ気分かよ?
石田の隣で、チャドがうん、と力強く頷く。
「俺達ならできる!」
「よーし。黒崎、茶渡くん、やるぞ!」
なんでイキイキしてるんだろう。一護は痛くなりはじめた頭を押さえた。
「シッ! 来るぞ」
チャドの声に、一護と石田が身を潜める。音は全くしないが、確かに気配が少しずつ近づいてくるのを感じる。
「二人だな」
石田が少し緊張した面持ちで言った。毎回思うが、どうしてこいつらはそういうことがすぐ分かるんだる。
「しょうがねぇな、俺が捕まえる」
一護は、チャドと石田の前に出た。
白い岩壁に、スクリーンに映し出されるように、黒影がふたつ映りこむ。
―― 捉えた!
「逃がさねぇ!」
三人の横を通り過ぎようとしたその瞬間、一護はその場から飛び出した。
ぎょっとしたように動きを止めた手前の影の、首下だろう場所をつかみ、自分の全体重をかけて一気に地面に叩き落した。