―― 「何だか、お人形さんみたいだね」
京楽がさりげなく漏らした言葉を、ふと思い出した。

銀色の髪、蒼碧の瞳、白い肌。おまけに氷のような無表情。
そんなのをひっくるめて言ってみたんだろうけど。
それは、俺を切れさせるに十分だった。

そんな、女みてえな言い方されて喜ぶ奴がいるか!
どう怒鳴ると、京楽と浮竹は、顔を見合わせて笑った。
―― 「ちょっと人間っぽくなった」
―― 「あ?」
俺が首を傾げると。浮竹は、微笑んで俺を見下ろした。

―― 「そんな毎日、根つめてやることない。いざとなったら、俺達はいつでも君を助けられる。十三人も隊長がいるんだ、支えあえばいい」

それは、隊長になったばかりで、何でもかんでも自分でやらなきゃと、気を張ってたころで。
その言葉のあたたかさが分かっても、受け入れることはできなかった。

 
***


「そんなこと……思い出すなんて」
俺は、苦笑した。

苦笑した傍から、腹の痛みで体がこわばった。
とっさに腹に手を持っていこうとしたが、思うように手が動かない。
あまりの寒さに、手も足も、全く言うことを聞いてくれない。考えさえ凍結しそうだ。
このままでいると、あと1時間もすれば俺は動けなくなるだろう。
一晩経てば、凍死。

「人形、な」
命の無いもの。このままじゃ、本当に京楽の言葉の通りになってしまう。
―― 支えあえばいい。
そうだな、浮竹。
その言葉の意味が、今なら分かるけども。
でも、皮肉なことに……次に会ったら、もう俺達は敵同士、だ。

俺は、痛みを何とかやり過ごすと仰向いて、後ろの壁に体をもたせ掛けた。
崩れかけた神社の中。冷たく凍った月光じゃ、いくら灯りになっても、体を暖めはしない。



京楽の趣味は、月見だった。
今日も、変わらずこの月を見てるんだろうか。浮竹も、一緒かもしれない。
どれほど俺が馬鹿なことをしたのか、そんなことを語り合って、怒ってるかもしれない。

馬鹿だと、思う。
こんなことは間違っている、とも思う。
でも、正誤を言うのなら、初めから間違っていたんだ。
つまらない、理不尽な規則とやらに従って、草冠と俺が決闘を迫られたこと。
そして、最終的には決闘さえもできず、俺との戦いで消耗した草冠は、隠密機動によってたかって、殺された。

「馬鹿野郎……」
なぜ、草冠を護れなかった。俺がもっと強ければ、草冠を護り、中央四十六室にも対抗できたはずだ。
草冠を失った当時はそう思って、自分を責めて責めて、責め続けたものだった。
今の俺は護廷の隊長として、力だけではどうにもならないことがあると知っている。
仮に俺が今の力を持っていても、草冠を救うことはできなかっただろう、ということも分かっている。
そして、それを知ってもなお、俺は草冠を救ってやりたいと今でも思っている。
俺がガキだからか? 未熟だからか。答えは出ないし、俺は自分の願いを止められない。

全てが終わった後、俺は生きてはいないだろうと思う。
護廷全てを敵に回すことがどれほどのことか、隊長だけによく分かってる。
誰にも、理解されないだろうなと思う。松本にも、雛森にも。
俺には理解してくれという資格なんてないけれど。
ただ、誰にも理解されなくても、やらなければならないことがあると俺は思う。


「ぐっ……」
俺は、うめきながらも、氷輪丸を杖に、何とか身を起こした。
勝手に仲間を裏切っておいて、勝手に人を泣かせて、弱音を吐くなんて許されない。
決めた以上、こんなところで、立ち止まる訳にはいかない。
草冠を、探さなければ。

その時、懐がかすかに光っていることに、俺は気づいた。
寒さに震える手を懐に入れると、俺は伝令神機を引きずり出す。
―― 誰だ……
なんにしろ、電話に出るのはまずい。
場所を特定されるのがオチだ。
電源を切ろうとして俺は、懲りずに光り続ける伝令神機を見下ろした。

どうして、その電話を取ったかは分からない。
しかし俺は、気がつけば、受話口を耳に押し当てていた。
電話の主は、しばらく無言だった。やがて、かすかに息が震える音の後、
「日番谷、くん」
聞こえてきた声に、俺は文字通り凍りついた。

―― 雛森……
思わず呼びかけようとして、口をつぐむ。
昏睡状態から、覚めたのか。
目が覚めて、こんなことになってると知って、どう思ったんだろう。
そう思えば、返す言葉なんてない。

雛森は、明らかに涙に濡れた声で、続けた。
「戻ってきて」
俺は、ぐっと、唇をかみ締めた。
「戻って来れないなら、せめて、一緒に戦わせて」
俺は、ゆっくりと、伝令神機を耳から離した。
手がかじかんで……巧く、ボタンを触れない。


その時。
神社の境内に満ちた気配に、俺はハッと顔を上げる。
―― 吉良。檜佐木……
「投降してください、日番谷隊長! 貴方を処刑したくはありません!」
木霊したのは、檜佐木の声。
「日番谷くん!」
どくん、と胸が高鳴る。
ちょうど、釣り合いが取れたシーソーのように。俺の心は立ちすくむ。
戻るなら今だ。護廷で過ごしたいろんな記憶が、俺の肩を掴む。

「……っ」
自分の中で、勝負がつくのは、一瞬だった。
「待って、切らないで!!」
かすかに漏れた俺の吐息だけで、きっと、分かってしまったんだろう。
雛森の悲鳴のような声が聞こえた。
それを最後に……俺の冷え切った指先は、電源を切った。


「ごめんな、強くなれなくて」
本当に強い者とは、人を泣かせたり、苦しめたり、傷つけたりしない者を言うと思う。
でも、俺にはもう、他の道は選べない。
雛森なのか、草冠なのか、それとも、夢を持って死神になった幼い自分自身へか。
別れを告げると、俺は氷輪丸を手に立ち上がった。



fin. 2010/3/17(rewrite)