※オリキャラメインです。


「あけましておめでとうございます! 隊長っ!」
遠慮もためらいも微塵もなく、バーンと十番隊隊首室の扉を全開にできるのは、彼女しかいない。
十番隊末席、城崎尊である。

時は一月四日。年が変わってから、初めての出勤日である。
女性死神は、正月から一週間だけは、上は普段の黒い小袖ではなく、普通の着物を着る習慣になっている。
明るい赤に金銀の蝶が舞う柄の着物が、よく似合っていた。

茶と、茶菓子を二人分載せた盆を片手に持っている。
慣れたもので、激しく扉を開けても、盆の上の茶はゆらりとも揺れていない。
「あら? 隊長は?」
無言の隊首席は入り口とは逆の、窓のほうへ向けられている。
尊の位置からは大きな背もたれしか見えなかった。
午後のゆるゆるとした光が、部屋全体に差し込んでいる。


明るい栗色の長髪、ちょんと上を向いた小さな鼻、そばかすがご愛嬌のぷっくりと膨らんだ頬。
全死神の中でも一・二を争う、能天気な顔立ちをした少女である。
こんな死神にお迎えに来られては人間も困るだろうという配慮か、末席という立場ゆえか、彼女の目下の仕事はお茶汲みだった。
この仕事とも言えぬ仕事を命じられてから短くはないが、それでも別の仕事が言い渡される兆しは一向にない。
しかし、そんな境遇にも、一向めげる様子もなかった。
彼女の目標はただひとつ、「玉の輿」。そしてターゲットが茶を持っていく相手となれば、文句どころか万歳なのだろう。


部屋の右側に置かれた大きなソファーで、むくりと人影が起き上がったのはその時だった。
「もー、うるさいわねぇ。もうちょっと静かに戸、開けられないの?」
「寝起きです」と思いっきり物語っている声を出して尊を見やったのは、副隊長の松本乱菊である。
顔にまとわりつく長い髪を、うるさそうに細い指で掻きあげる何気ない仕草も、男が見れば魅力的に違いない。

しかし尊は乱菊を前に、あからさまにイヤそうに眉間に皺を寄せた。
「ゲッ、小姑……」
「今なんつった?」
「いえ! 今日もお美しいです、松本副隊……ぶふっ!?」
最後まで言い続けられず、中途半端に噴出した尊を見て、乱菊は一瞬、途方にくれた顔をした。
日番谷にとって、乱菊の非常識さがときに宇宙人のように思えるとしたら、
乱菊にとっての尊もまた、途方もない遠方の星の住人のように思えることがあるのだ。
箸が転げてもおかしいお年頃と言うのか、とにかく笑い上戸なのである。
しかし、一体なにがそんなに彼女を笑わせるのか、傍から見ていてもさっぱり分からない。


そういえばこの城崎尊、日番谷が瀞霊廷から離反していた間中、風邪で寝込んでいたため事情を全く知らなかった強者である。
事が事だけに誰も明瞭に説明できず、彼女も致命的に察しが悪いため、彼女に理解させるのは難航を極めた。
周りを困惑させたり怒らせたり唖然とさせたりした挙句……ついに日番谷当人に、経緯を説明させるに至った。

淡々と一部始終を語り、頭を下げる日番谷と、それをハラハラして見守る一同。
軽く首をかしげて全部聞いていた尊は、しばらく黙っていたが、不意に口を開いた。
「で、それがなにか?」

一瞬の、沈黙。
その後、隊首室は爆笑に包まれた。
空気が読めない女、城崎尊。
真剣に考えるのが馬鹿みたいだと周りに思わせる女、城崎尊。
そんな女を、日番谷が毎日隊首室に出入りさせている理由が、ちょっと分かった気がする乱菊だったのだ。
が。しかし。


「あ・ん・た・ねー。笑いに来ただけなら、とっとと帰りなさい!」
人の顔を凝視しつつ、指まで差して笑うって、空気が読めないにしても犯罪的じゃないだろうか。
一方笑いすぎて顔を真っ赤にした尊は、遠慮も何もない大声で言い放った。
「副隊長のオデコに、『肉』って書いてありますよ!!」
「何ィィ!?」
ガバッ、と起き上がると、乱菊は机の引き出しから手鏡を取り出した。
そして、堂々たる墨の筆跡で「肉」と書かれている己の額を確認すると、意味不明な悲鳴のような音を漏らした。

「この筆跡、隊長ですねー」
さんざん笑いまくり、目じりに涙を浮かべた尊が言った。
「はぁ? マジで!!」
「間違いないですよ! だってあたし、毎日毎日凝視してますから!!」
胸を張る尊を、乱菊は布で必死に額をこすりながら睨んだ。

その時だった。
ふっ、と誰かが息を漏らすような音が聞こえた。
溜め息をついたような、聞きようによっては噴出したようにも取れる声が。

「隊長っ! いるんですねっ!!」
バン! と手鏡を机に乱暴に置いた乱菊が、隊首席へ向き直る。
え、と声を漏らしてそちらを見やった尊と二人分の視線が、背もたれへと集中した。

くるり、とあっけなく隊首席が回った。
背もたれが大きすぎて、その小さな姿は完全に隠れていたのである。
なんとも食えない無表情をした日番谷が、足を組んだ姿勢で二人に目を向ける。
手には、まだ墨が乾ききっていない、小さな筆を持っていた。
「それか! その筆ですか! それであたしの額に……」
「書いた」
「肉って!!」
「書いた」
バンバン、と尊がソファーの背を叩いて笑い転げている。
憤怒の表情の乱菊と、しれっとした無表情のままの日番谷が対峙する。

日番谷は、(おそらく笑いをこらえている)無表情で、下手に拭いたせいで目の辺りまで黒くなっている乱菊を見た。
「しょうがねぇだろ。『ごめんなさい月間』で部下に頼まれたんだから」
「ごっ……」
「元はと言えば、お前が言い出した企画だよな? 部下に詫びる気持ちがあるんなら、全員の頼みごとを聞いて回れってな」
ぐっ、と乱菊が言葉に詰まった。

「ごめんなさい月間」。
それは、十番隊を裏切ったことを気に病んでいた日番谷に、乱菊が提案した企画である。
十番隊士二百人全員に対して、日番谷が一人ひとつずつ、頼みごとを聞く、というものだった。
壮大にして途方もない企画だが、日番谷はそれをひとつひとつ、本当にこなしていったと聞く。

曰く。 昇格試験を私の代わりに受けてくれませんか(ばれるだろ!)
曰く。 サインが欲しいです。床の間に飾って家宝にします(いつも書いてるだろうが)
曰く。 氷輪丸に乗ってみたい(死んでもしらねーぞ)
曰く。 身長が何センチなのか教えてください(いい度胸だ……!)
曰く。 家が火事なので消してください(呑気に頼んでる場合か!)
曰く。 私のだんな様になってください(すみません)

日番谷の心の声が漏れ聞こえるような、珍妙微妙な頼みごとの噂は、全て事実なのかは分からない。
しかし、日に日にぐったりと疲れ果て、心なしか頬がこけている日番谷を見るに、
想像を絶する頼みごとがされたのは想像に難くない。


乱菊は、わなわなと拳を震わせる。
「その中に、このあたしの額に落書きをしろって言った野郎がいるんですね!」
「しかし困ったな」
日番谷は、乱菊の怒りなどどこ吹く風で、乱菊の顔を見やった。
これでは完全にいつもとテンションが逆だ、と尊は二人の顔を交互に見て思う。

「予定じゃ、このまま気づかずに、その顔さらすところだったのに……いきなり城崎が入ってきてバラすとは」
「すみませんでした、至らなくて」
「謝るな!」
最悪のタイミングで頭を下げた尊を、乱菊が一喝した。
大方、犯行の真っ最中に尊が入ってきて、気づいた日番谷は(無駄に)瞬歩か何かで椅子まで逃げたのだろう。
そして、どうしたものか椅子の後ろで思案していたに違いないのだ。

「言いだしっぺはお前なんだからな。諦めろ」
「ざまみろ」と心の中で思っていそうな口調で日番谷はそう言うと、尊に向き直った。
「後はお前が最後だ。何が望みだ?」
「あたしの番ですか!」
パン、と尊が嬉しそうに手を叩く隣で、乱菊はぶつぶつ呟いている。

「尊で最後……二百席の尊で最後って事は……」
乱菊は、きっと普段はコトリとも言わずに眠りについている、推理能力を働かせようと努力した。
「百九十九席! 百九十九席って誰よ!」
シュン、とその場から(無駄に)瞬歩で姿を消す。
戦闘中の瞬歩も、これほど速ければいいのに。
日番谷は机の上から、少し冷めた湯飲みを取ると、一口すすった。

「で! 私のお願い、聞いてくれますか!?」
隊首机に両手をついて、勢い込んで聞いてきた尊に、日番谷は心なしか身をのけぞらせた。
「…………。いいけど」
沈黙がやたら長い気がしたが、尊は気にしないことにする。
「今日の勤務後、初詣に、あたしと一緒に行ってください!」
「い……いいけど。それだけでいいのか?」
「はい! あ、でも出来れば私服で! お寺の前で待ち合わせがいいです! それから……」
「わ、分かった分かった!」
思わず日番谷は、手を振って尊の言葉をさえぎった。このままじゃ幾つ出てくるか分かったもんじゃない。
「本当ですか! 楽しみ!」
満面の笑みでそう言われ、日番谷は勢いに押されて頷いたのだった。




***



「あ! 隊長!!」
門の前で、ピンク色の着物の襟を掻き合わせ、落ち着きなさそうに立っていた尊は、日番谷を見るなり歓声を上げた。
いきなり歓声を上げられても困る。周りの視線も気になったが、嬉しそうだからまぁ、よしとする。
「悪いな、待たせたか?」
何気なくそう言うと、尻尾を振らんばかりに笑顔が大きくなる。ああそうだ、人懐こい犬みたいだと日番谷は思う。
「くぅー、それ、それ言って欲しかったんです! まるでラブラブのカップルみたい♪」
今の自分の言動が、どうそこに結びついたのか分からないが、あー、と日番谷は適当に流す。

身長が百三十センチあまりの日番谷と、百五十センチ足らずの尊は、他の隊士よりは目線が近い。
まともに目を覗き込まれるのが新鮮だった。
通り過ぎるときにふわり、と白梅香の香りがして、日番谷は無意識にその後を目で追っていた。


巨大な門の向こうには、門前市が立ち並び、食べ物や土産物を売る屋台が続いている。
普段死覇装しか見慣れていないと、あでやかな着物はやけにまぶしく見えた。
「じゃ、行くぞ」
「はーい!」
からんころんと、石畳を鳴らしながら尊が追ってくる。やっぱり犬みたいだ、とその姿を見て思う。
隊長相手なら普通はもっと固くなってもおかしくないのに。
でも、無邪気に追いかけてくるその顔を見るのは、まんざらではない。


「隊長、私服姿もカッコいいです!」
「……こんなの、適当に着てきただけだぞ」
「でも、その帯はこだわりありますよね」
ひょい、と覗き込まれて少し驚いた。
今の日番谷の格好は、黒の着流しに焦げ茶の羽織をまとっただけの、シンプルな出で立ちである。
帯は藍色で、ぱっと見は単色に見えるが、よく見ると精緻な模様が入っていた。
店で見かけて、普段は着る物など気にしないが、ぱっと目に留まったのだ。
いい目利きですねぇ、と店員に言われたのを覚えている。

「着物が好きなのか?」
「女の子で、好きじゃない子いないですよぅ」
ころころと笑うと、尊は子供のように目を輝かせて、団子や饅頭の屋台に見入っている。
「どれか買ってやろうか?」
吊りこまれるように尋ねると、尊は一瞬ぐっと言葉につまり、すぐにぶんぶんと首を振った。
「何でだよ」
「まず、お参りしてからです! その後で、おみくじ引くんです」
「おみくじ?」
「絶対、大吉引くんです! 今年は」
「それが目的かよ」
「はい! 早く行きましょう!」
日番谷の袖をつかんで、ぐいぐいと引っ張った。


それから、15分後。
初詣を済ませた二人は、拝殿の横にある、おみくじの売り場の、列に並んでいた。
並んでいるのは、圧倒的に女が多い。男は、無理やり引っ張ってこられたような顔を揃ってしていた。
番号を書いた棒が入った箱を振り、一本だけで出てきた棒の番号のおみくじを取り出す仕組みだった。

尊は、ちら、と日番谷の横顔を見上げる。
日番谷は尊の視線には気づかず、雲ひとつない空を見上げていた。
その視線がなんだか遠くて、尊は心中ドキリとする。なんだか、知らない人を見ているような気分になったからだ。

日番谷が離反していたという、一週間。
それはわずか一週間でありながら、日番谷を大人びて見せてしまうほどに、辛いものだったらしい。
裏切ったとはいえ、大切な親友をその手にかけたのだから、当然だ。

そんなのは……そんなのは、日番谷らしくない。
自分以外の何者かになる必要なんてないのに、そんな行動を日番谷に強いたのは、
瀞霊廷であり、十番隊なのだろう。
ぶるっ、と尊は震えた。

「寒いのか」
わずかなその仕草に気づいて尋ねてくる日番谷に、笑顔で首を振った。
そんな尊を、日番谷は眉をひそめて見やる。ごまかせないくらいの視線の強さだった。
「な、何でもないです!」
「鳥肌立ってんぞ。お前、本当に感情が表に出ねぇな」
「え? あたしが?」
思わず聞き返していた。自分ほど年がら年中感情爆発している人間はいないと思っていた。
目を丸くした尊に、日番谷は少し表情をやわらかくして、続けた。

「俺が裏切ってたことを告げた時もそうだっただろ。
松本はお前が空気が読めないって言ってるが、俺はそうは思えねぇ時があるぞ」
「買い被りですよ」
尊はそう言うと、進んだ列の後を追って前に踏み出す。
それを日番谷が目で追う。

「裏切ったって、良かったんですよ。隊長」
くるりと尊は振り返り、目を見開いた日番谷を正面から見た。
「隊長は何よりも、ひとを大切にする方ですもんね。そんなところが大好きで、ついてきたんです。
いまさら何か起きたって、ジタバタしたり泣いたりしません」

あぁ、確かにやせ我慢だ、と、鳥肌がたっている自分に気づきながら思う。
尊の目の前で、日番谷は驚いたように突っ立っていたが、やがてゆっくりと微笑んだ。
やっぱり、大人びている、と思う。
その時、思いがけず声が飛んだ。
「日番谷隊長じゃないですか! 並ばなくても、言ってくださればおみくじ、持って行きましたのに」
おみくじを手に持った神主だった。
日番谷に気づいた参拝客たちも、慌てて日番谷の前に道を開ける。

尊は、ちらりと横目で日番谷を見た。
日番谷は、特別扱いされるのを潔くないと思うところがある。
本来ならそんな必要はないのに、列の後ろについたのもその辺の心理が働いてのことだろう。
そう思った時、背中にトン、と何かが触れる感触があった。
それが日番谷の手だ、と思った時には、ぐいと前に押されていた。
「とっとと引いて来いよ。俺は見てるから」
「え、でも」
「寒いんだろ。風邪引かれちゃ困る。大体俺は、おみくじは引かねぇ主義だ」
ちょっと力を入れて押され、体が前に出る。
神主が差し出したおみくじの箱が、目の前にあった。

「見ててください、あたし、すんごい運いいんですから」
そう言って、30センチほどの六角形の箱を受け取る。
それを振り、箱に開いた穴から出てきた棒に書いてある番号のおみくじを受け取る仕組みだ。
尊はぶんぶんと周りが引くくらいの勢いで箱を振ると、ぽんと棒が箱から飛び出した。
「十五番です!」
神主に差し出された十五番の紙を見下ろした途端、笑顔になる。
「大吉! です!」
おぉ〜、と周りから声が上がる。
この神社、大吉から大凶まで平等に割り振られているので有名なのだ。

「良かったな」
気づけば、日番谷がすぐ後ろに立っていた。
「こんなことでいいのかよ、お前の願い事は?」
満面の笑みで尊は頷く。そしていきなり、目の前のおみくじを真っ二つに裂いた。
「はぁ? おま、何……」
「あげます! 大きいほう!」
裂いた紙の片方を、尊は日番谷に突き出した。
日番谷はあっけにとられたように、尊と紙を見比べる。当たり前だ。

「だからぁ。大吉を分けてあげます! 半分こ!あたしだって、隊長がこの片方持ってると思ったら嬉しいです!」
「ていうか。それは半分にするもんじゃねぇぞ」
日番谷の声にかぶさるように、あぁっ! と叫ぶ神主の声が聞こえた。
「なんて事をするんだ。罰が当たりますよ!」
「ええっ、大吉なのに?」
「当たり前です! おみくじは大事に保管するものです! 破ったりしたら運気が下がって当然です」
「えぇ〜。貼り付けなおしても、ダメ?」
「ダメです」
眉の端を下げた尊と、逆に吊り上げた神主のやり取りを見守っていた日番谷が、いきなり噴出した。
珍しい日番谷の表情に、尊はきょとんと目を見開く。

「まあ、いいさ。行くぞ城崎」
機嫌よさそうに日番谷はそう言うと、きびすを返す。
小柄な割りに、日番谷は足が早い。後を追う尊はどうしても、早足になる。
それに気づいた日番谷は、わずかに歩調を緩めた。
「ごめんなさい隊長、なんかそれ、縁起悪いみたいで……」
せっかく、運気を分けてあげようと思ったのに。申し訳なさそうに尊が言うと、日番谷は首を振った。
「お前は、確かにいつでも運がよさそうだからな。ありがたく頂いとく」
そう言って、折りたたんで懐におみくじを仕舞った。
尊は、自分の手の中に残ったもう半分を見下ろす。ふふっ、と微笑んだ。

「今胸にある悩み事も、春は」
真ん中で破られたせいで、おみくじの文章はそこまでしか読めない。
そう、春は、もうすぐそこまで来ている。希望あふれる言葉が日番谷の持っている半分に書かれていればいいと思う。
一人では抱え込むしかない悩みも、自分がいれば幸せに繋がる……とまでは言えないけれど。
力になりたい、そばにいたいと思う。
「隊長っ、待ってくださいよ!」
足をゆるめた日番谷の隣に、尊は並んだ。
 

fin. 2010/3/17(rewrite)


旧サイトで埋まってたのを、引き上げてきました。
旧サイトではハイキングに行く二人でしたが、
あまりに内容が恥ずかしかったので初詣に変えてます^^;
でもやっぱり恥ずかしめ……。あ、城崎尊はオリジナルキャラです

[2010年 1月 24日]