『日番谷冬獅郎を、処刑せよ』
あぁ、なんて。
なんて、無機質な言葉なんだろう。
ルキアを処刑しようとしてから、まだほとんど時間たってねえだろ?
貴族の娘から、隊長まで。次々殺さねえと成りたたねえような組織なら、いっそ滅びればいい。
冬獅郎の消息が全くつかめねえ中、井上と俺は、浦原商店を後にした。
「ねえ……黒崎くん」
遠慮がちな声が、背中にかけられる。
「どうして……あたしをすぐ、呼んでくれなかったの?」
その質問は、俺の心をえぐった。
昨日冬獅郎を見つけて家に運び込んだとき、もし井上に声をかけていれば、夜中だろうが井上は来たはずだ。
傷さえ治ってれば、今みたいな焦燥感は、少しはマシになったかもしれない。
草冠宗次郎は、隊長格とも肩を並べるほどの実力だという。
あんな重症で出会ってしまえば、間違いなく殺されるぞ?
「あいつを……見誤ってた、のかな。怪我が治るまでは、迂闊に動かねえと思ったんだ」
俺が知ってる冬獅郎は、冷静沈着なヤツだった。
常に、他のヤツよりもちょっと先を見ている。だから、無駄なことはしないと思っていた。
あんな重傷を負えば、傷が癒えるまでは動かないほうがいい、て思うはずだって思った。
でも、アイツは、俺と戦ってでも、先へ進むことを選んだ。
「黒崎くん……」
「絶対このままにはしねえぞ、冬獅郎のヤツ……」
見る見る間に、巻かれた包帯が血に染まっても。アイツは、全く気にもかけてなかった。
それは、つまり。
自分の体がどうなってようが、気にならないってことだ。
命を捨てる気のヤツなら、自分の体が多少痛もうと、もう関係ねえって思うだろうよ。
「分かってねえよ、アイツは」
井上が、俺の前に並んで、俺の顔をちらりと見る。
「大切なヤツに死なれたら……残されたヤツはどうしたらいいんだよ?」
「おかあさん」。
その言葉を口にしなくなって、どれくらい経つだろう。
そのひとのことを呼ぶときは、今はこう呼んでる。
「母親」。
それは、冷たい言葉だ。
でも、冷たいといってくれる相手は、もういないからしょうがねえ。
俺の母親は、冷たい雨の振る夜、俺をかばって命を落とした。
俺の体に覆いかぶさったまま、どんどんぬくもりを失ってゆく体。
地面を流れてゆく、闇よりも暗い色の血。
俺は、起き上がることもできないまま、「おかあさん」が「死体」になるのを肌で感じたんだ。
情けねえことだけど。高校になってもまだ、俺は悪夢にうなされてた。
母親が、俺にのしかかる夢。
「あんたのせいで、おかあさんは死ななきゃいけなかったのよ」
そういって、俺の首を、絞める夢。
何度も何度も、うなされて飛び起きたっけ。
そしてある日、同じように飛び起きると……ベッドの端に座ってた影に、俺は腰を抜かしそうになった。
「一護。母さんが、お前にそんなことするはずがねえだろ」
それは、いつからそこにいたのか、親父だった。
俺は、乾いた自分の唇に触れる。指は、おそろしいくらい冷え切っていた。
まさかこの唇が飛び起きる前に口にしたのは、「オカアサン・コロサナイデ」だったのか。
親父は一体どんな気持ちで、俺が飛び起きるまで、そこに座っていたんだろうと思う。
「俺のせいで、あのひとは死んだんだ! 恨んでねえはずがねえ!!」
俺は、絶叫したんだと思う。親父は、そんな俺をまっすぐに見返した。
「母さんは、お前を愛してる。今でもな。だから、夢のソレは母さんじゃない。お前を責めているのは、オマエだよ」
そうなのかもしれねえ。そうじゃねえのかもしれねえ。
ぐったり力を失った俺の頭を、親父はポンと撫でた。
「だから。必要でもねえのに、自分を苦しめるのは、もうやめろ。
それでも自分を許せねえなら。そんなお前を見て、どれほど回りも苦しむかを想像しろ」
頭では、分かってるんだ。
でも、いまだに俺は、悪夢に苦しみ続けている。
人は、大切な誰かを失ってしまえば。特に、それが自分のせいだったら尚更。
もう何事もなかったかのように、これまでと同じように生きていくことなんて、できないんだ。
「処刑なんか、させねえよ」
俺は、俺を不安そうに見上げる井上を見下ろした。
冬獅郎が処刑されれば。
一体何人の死神が、あんな重たい悪夢を、背負わなきゃいけないのか。
でもそれが分かっていても、あんな無機質な命令に、従ってしまうのか。
死神ってのは、確かに偉いかもしれないさ。
世界の秩序を、その肩に背負うには、血も涙も必要ないのかもしれないさ。
でも、あいつらに、血も涙もあるのを俺は知っている。
「でも、冬獅郎くんにあんな命令出したの、仲間の死神なんだよ……」
「俺は、死神じゃねえ。死神代行だ!」
だから。処刑を止めるのは、俺しかできないことなんだ。
俺は、アイツの目の色を連想させる、晴れた蒼い空を睨んだ。
fin. 2010/3/17(rewrite)