猫みたいな女。そういわれたことがあった。
グウタラで、気ままで、好き勝手やってるってワルクチを、許したのは二人だけ。
確かに、その二人の前では、あたしそうだったもの。
裸のまま、ベッドに寝転がる。
煙管から口を離すと、紫煙が天井に立ち上った。
あたしを猫だ猫だと言った二人は、あたしの手の届かないところに、行ってしまった。
一人は虚圏へ。もう一人は、どこにいるのかも分からない。
そっちのほうが猫系だとは、知らなかったわ。
「おーい!松本!どこだ!」
あれは、どれくらい前のことだったかしら。
隊長が真央霊術院の学生だった頃だから、もう随分昔の話だ。
寝床でまどろんでいたあたしは、舌足らずのあたしを呼ぶ声に、ふっと目を開けた。
むき出しの脚にサラサラと触れるシーツが、ここちよい。
視界に浮かんだのは、白いシーツと、その向こうにいる、ギンの姿。
申し訳程度に、あたしは赤、ギンは白の襦袢を羽織った姿。
赤と白が混じっているところが、なんだかものすごくヒワイに見えた。
「呼んではるで?かわいい声やん、返事してやり」
「こんなトコに呼びつけようっての?御免よ」
日番谷冬獅郎。あたしが拾った、泥の中の宝石。
真央霊術院に入学して、まだ半年だというのに、すでに霊圧は席官レベルだと言うから、驚いてしまう。
「でも、こっちに向かって来とるよ?」
「バカ、ギン、霊圧消して、霊圧・・・」
チカラが強いっていうのも、考え物。
例え返事をしなくても、気配で分かってしまうか。
今すぐ着替えて取り繕えば平気だけど、正直そんなことするのは、おっくう。
そう思って、ふわぁ・・・と大きく欠伸をしたとき。
ガラッ!!
いきなり、戸が開いた。
「オイ松本、いつまで寝てんだ!!」
やっばい・・・
あたしは、息を殺して、寝たふりをする。
衝立に隠されて、あたしとギンは見えてないだろうけど・・・
踏み込まれたらおしまいだ。
あたしにだって、一応、常識ってものはある。
「ジョージの後」を冬獅郎少年に見せちゃいけないっていう分別くらいはある。
「何だよ、寝てんのか?」
そうよ。寝てる女の布団を覗き込むのは失礼なのよ?
でも・・・この子の育ちがそんなによくないことは、残念ながらあたしはよく知ってる。
衝立に、遠慮もへったくれもない小さな指がかけられた、と思ったとき・・・
豹のような動きで、ギンが衝立を押し倒した。
「えっ??」
驚きもまだ追いついてない、目を見開いた冬獅郎の顔が、衝立の向こうに見えた。
ギンはすかさず冬獅郎の足首をつかむと、一気に布団の上に引き倒す。
「誰だお前!」
あわてて起き上がろうとした冬獅郎の胸に、ダン!と拳をついた。
それは、ギンにしては力を抜いた、やんわりとした一撃に見えた。
でも、あまりの体格差、力の差だ。
布団の上で縫いとめられた翡翠の瞳が、驚きを伴ってギンに向けられた。
「アカンなあ。子供がこんなとこに踏み込むやなんて・・・」
冬獅郎の瞳が凍りつき、ギンに吸い込まれるように、向けられるのが分かった。
至近距離でニヤリ、とギンが亀裂みたいな笑みを浮かべる。
「食ってほしいんか?」
蛇みたいな、紅い目。たいていのヤツが、この紅に、呑まれてしまう。
「ふざけんな、このバカ狐が!!」
でも。カキーンと音がするように小気味よく、冬獅郎はギンに言い返した。
「おもろい子やなぁ。ボクが怖ないんか?」
「全然」
あぁ、ギン。その子は、脅されてくれるほど、かわいらしくないわよ。
大体・・・あたしだって、この事態を微笑ましく見守るギリはない。
「ふざけんな、この雑食がぁ!!」
横合いから見事なローキックを、ギンの頬に見舞ったのは、当然のこと。
「ひどいわあ、乱菊・・・頬を張るくらいなら可愛げあるけど、蹴り入れんでもいいやろ」
「うっさいわね、このバカ狐」
「バカ言うたらあかん!せめてアホにしてや」
「意味分かんねー」
冬獅郎はふぅ、とうんざりしたように言う。
気まずい。
妙にニコヤカなギンはとにかくとして。
あたしだって花も恥らう乙女だから、こんなトコに踏み込まれてうれしいわけない。
冬獅郎は冬獅郎で、なんとも尻の座りが悪い顔してる。
なんでこの3名で、ちゃぶ台を囲まなきゃいけないの?
あたしたちは、全く予測せずに作り出してしまったこの空気に、ため息をついた。
考えてみると。
あれが、あたしたち3人の初対面だった。
くだらない会話して、罵り合って、同じ机の上のものを食べて、飲んで。
しょうもない日常のヒトコマが、最初で最後だったなんて知っていたら、もう少し楽しもうとしたのかな。
今こんな風に、たった一人で朝を迎えるあたしがいると、知っていたら。
あたしみたいな美女を一人で寝かせて、何やってるのよ。
背中を追うなんて忠犬みたいなマネ、逆立ちしたってしやしないけど。
でも、追わせてもくれないなんて、ヒドイんじゃない?