あたしはあきらめて、布団の中で目を見開いた。
障子に、間違えようのない影がくっきりと浮かぶ。

さらりと。
あっけないくらい静かに、障子が開けられた。
同時に、月光の粒子が、どっと部屋の中になだれこんだような錯覚を覚えた。
それと共に、部屋の中に流れ込むように、漆黒の影が音もなく畳を踏んだ。
あたしは布団の上で上半身を起こした。
影は無言である。
あたしは声をかけた。

「……日番谷くん。どうしたの?」

日番谷くんは、あたしの呼びかけにも無言で、あたしのすぐ前まで歩み寄り、その場で片膝をついた。
黒い着物がさらりと衣擦れの音を立てた。
髪も肌も白いこの子が、こんなに黒い服をまとうなんて、初めはずっと違和感だったけど。
今はそれなりに、似合って見えるから不思議だ。
やはり、この子もとどまらぬ流れの中にいる。

「……日番谷……」

顔を伏せたままの日番谷くんに、再び声を掛けたとき。
その体がぐらりと揺らいだ。
そのままあたしのほうに倒れ掛かってくる。
あたしは慌ててその体をうけとめた。
そして、全身で感じる。


どれほど長い間、外にいたんだろう。
触れた体の冷たさが、あたしのぬくもりを奪っていく。
でもこの子が震えているのは、外気のせいじゃない。

「う……」

かすかにうめき声がもれた。
あたしの肩に顔を押し付けて、抑えても抑えてもこみ上げてくる嗚咽の波を、体の奥に押し返そうとしている。
泣いてもいい、と軽々しくは言えなかった。
あたしは、助けを求めるようにしがみついてくる、からだの震えを全身で受け止める。

―― この子は、越えてしまったんだ。

昨日までの日番谷くんの心が許していなかった「過去」という境界を、この一晩でまたいだのだろう。
この年齢の少年としては誰よりも強く、誰よりも強固な意志をもったこの子を、ここまで打ちのめすほどの、過去。

ぐっと胸が苦しくなる。


あたしよりひと周り小さい背中に手をまわしながら思う。
この体は、あたしの知らないどれくらいの辛い体験を、思いを刻み込んできたのだろうかと。

あたしが、この子の隣に立って戦えるのは、もうそう長い間ではないだろう。
この子はあたしよりも、ずっと遠くへ、高みへたどり着くよう宿命付けられているはずだ。
この子があたしをこんな風に心のよりどころにしてくれるのも、今だけかもしれない。
あたしよりも大切な誰かを、この子はやがて見つけてしまうだろう。
人が前に進むべき生き物である以上、そうでなくてはならないのだ。

「シロちゃん……」

それでも。だからこそこのときが、一瞬強く輝くのだろう。
それはどこか、断末魔に似ている。