※ラスト数行は日雛要素入ってます。日雛アレルギーの強い方は読むのをお控えくださいm(_ _)m
「ホントーーーに、隊長ったら……」
ドンドンと足を踏み鳴らして廊下を歩いているのは、松本乱菊。
蜂蜜色の髪と蒼い瞳が猫を連想させる、瀞霊廷お色気担当と名高い死神である。
「自分をもうちょっと客観的に見るべきよ」
ぶつぶつ文句を言う相手は、切れ者と名高い彼女の上司。
おおっぴらに垂れ流すその文句を、周りの死神たちは触らぬ神にたたりなし、と見送った。
普段なら、上司である日番谷が乱菊に文句を言うことはあっても、その逆はまずない。
よほどのことがあったんだ……と、彼女が通り過ぎた後に囁きあった。
コトの発端は、わずか三十分前。
その頃は、日番谷はいつもどおり無表情で机に向かい、乱菊はソファーでごろごろしていた。
「回覧です」
ノックと共に、ぴょん、と乱菊が起き上がる。
仕事しようというよりは、退屈しのぎになにか来たか、とでも言わんばかりに目を輝かせ、扉を開けた。
「んー。今年の風邪、タチ悪いみたいですねー」
「死神が風邪で死んだら笑い者だな」
回覧の紙を流し読みしながら歩いてきた乱菊を、日番谷はチラリと見上げた。
「あ！」
途端に大声を出した乱菊を、胡散臭そうに見やる。
「なんだよ」
「大変！ 子供とお年寄りは重症化しやすいから、初期に効く薬を配ってるんですって！ 行かなきゃ！」
「なんで」
日番谷は、回覧をおいて部屋を出ようとする乱菊の背中に声をかけた。
「なんでって、隊長子供でしょ？」
「俺は子供じゃねーー！！」
したがって、三十分後の乱菊の不機嫌があるわけだ。
「ったく、身長133センチで子供じゃないってことがあるかしら？ だとしたら小人だっての」
本人が聞いたら噴火しそうな言葉を口にしつつ、乱菊は十番隊の執務室の扉を押し開いた。
「隊長。例のブツ、引き上げてきました」
「そーかそーか。ゴミ箱に捨てとけ」
「ヒドイっス、隊長」
そう言いながら、目立たない棚の上に、子供用の風邪薬を置く。
「ったくよ。どこのバカが、こんな真っ先に風邪引くかよ」
悪態を垂れながら、日番谷は首をぐるりと回して立ち上がった。
そして、ぐるりと机を回って部屋を出ようとして……ゴミ箱に蹴つまづいた。
「ちょ、ちょっと隊長ったら」
日番谷らしからぬ失態である。ゴミ箱を受け止めた乱菊が、しゃがみこんで日番谷を見上げた時……
「きゃー！」
思わず、叫んだ。ぐらりと体勢をくずした日番谷が、そのまま乱菊の頭の上に倒れこんだからだ。
「ま、まさか……」
受け止めたその体は、驚くほどに熱い。その額に手を当てて、乱菊は思わずおろおろとあたりを見回した。
「ほんとに、もう……」
日番谷の自室で、乱菊がバタバタと歩き回っていた。
乱菊の処置は普段のぐうたら振りがサギに思えるほどに素早かった。
自室に日番谷を運び、布団を引いて、寝かせるまでほぼ10分。
「どーってことねぇ……うっ」
「はーい、黙っててくださいねー」
文句を言おうとした日番谷の口の中に、乱菊が体温計の先を突っ込んだ。
ーー なんかコイツ、嬉しそうじゃねえか？
体温計を銜えたままそう思ったのは、日番谷のひがみ目からではあるまい。
何しろ、乱菊は鼻歌を歌っているのだから。
玉子酒にしよっかな、おかゆにしよっかな、と独り言を言う彼女は、そうとう楽しそうだ。
頭の中には片付けなければいけない書類が回っている。
寝てる場合じゃない、と上半身を起すと、くらりとした。
途端に乱菊が飛んでくる。そして無言で、日番谷の口から体温計を引き抜く。
「38度」
「……」
寝ろ、と布団を無言で指差す視線が、非常に怖い。日番谷は早々に諦め、布団の中に退散した。
「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ、松本」
「そう見えます？」
不服そうな日番谷に、乱菊は笑って見せた。
手にした玉子酒をふぅふぅと吹いている。
「なにやっても隊長って、あたしより優秀じゃないですか」
「そりゃ、隊長だからな」
「だから、たまにね。こうやって寝込まれたほうが、お役に立ててる感じがしていいんですよ」
そう言って、少し覚ました玉子酒を日番谷に持たせて、乱菊は笑った。
それならいつも、もっと働け。そういおうとしたのを飲み込ませるほどに、優しい笑顔だった。
玉子酒は、寒気を覚えていた体にはちょうど良かった。
とろんとした睡魔が押し寄せてきて、日番谷はうとうとと眠っていた。
カチャカチャと音を立て、食器を洗う音が聞こえてくる。
何だか夢を見ているような、昔こんなことがよくあったような、そんなまどろみの中で、日番谷は呟いた。
「食器割んなよ……雛森」
「……」
ずっと続いていた鼻歌が、途絶えた。食器を置く音がして、乱菊が部屋の中に顔を覗かせる。
そっと見やると、日番谷はスースー寝息を立てていた。
「……やっぱり雛森、なんですね。隊長にとっては」
そのあどけない寝顔は、雛森が近くにいてくれると思っていたからだろうか。
少なくとも自分には、こんな表情を見せてくれることはないから。
こんなふうに寝入られたら、呼び間違いを怒ることもできないじゃないか。
乱菊は、ふっと微笑んだ。
「……オシオキです」
そう言って、熱のせいで赤らんでいるその頬に、ポツリと口付けた。
