さく、と音を立てて、草履の足元で霜柱が崩れる。
キィン、と音がしそうに、周囲は静まり返って、凍り付いている。寒い、寒い夜だった。
手に持った提灯の明かりが頼りなく感じるくらい、あたりは漆黒の闇だった。
その中にぼんやりと東屋の輪郭を見つけて、あたしは思わず駆け寄った。

「まだ、そのまま残ってたんだ……」
それは十年前、日番谷くんとあたしが流星群を見に行った東屋。
確かに古びてたけど、そっくりそのまま残ってた。
十秒もあれば一周できるほどの、屋根しかなくて壁はない、その空間。
真ん中に置かれた椅子は朽ちかけていて、誰もいないそこは、さびしく見えた。

東屋の前に立ち、夜空を見上げる。
十年前もこんなだったらいいのにと思うような、雲ひとつない、黒く磨かれた鏡みたいな夜空が広がっていた。
ぽつん、ぽつんと星が見える。鋭い三日月が架かっている。
流れ星は、まだ来ない。
あたしは、提灯の明かりを消した。あたりは、自分の手も見えない漆黒の闇に包まれる。
そっと手を伸ばせば、十年前と同じように日番谷くんがいそうだった。

寒くないのかよ、とさりげなく気遣う声、座りなおす衣擦れの音。
闇の中から見つめてくる翡翠色の瞳、すぐ隣から伝わってくるぬくもり。夜のにおい。
身を寄せ合うようにすわり、二人で流星が来るのを待っていた。
全てが、昨日のことみたいに思い出せるのに……不意に零れ落ちた涙に、あたしは頬をぬぐった。

あの時に戻りたいなんて、願っちゃいけないんだ。
今日は断ってたけど、いつかは日番谷くんだって、誰か女の人を受け入れる時が来る。
そして恋をして、結婚して、ホンモノの家族を作っていく。
おばあちゃんとかあたしみたいな、「いつわり」の家族を越えて。
そうでなければいけないんだ。あたしも、それを願ってあげなければいけないんだ。

「……雛森」

いきなり夜の静寂の中に響いた声に、とっさにあたしは反応できなかった。
涙をぬぐって、あたしは周囲を恐る恐る見回した。
「……日番谷、くん?」
「そろそろ日付が変わるぞ」
「って、どこにいるのよ!」
「屋根の上」
「……」
あたしは立ち上がって、東屋の上を見やる。
すると、小さな屋根の上に、日番谷くんが腰掛けている輪郭がぼんやりと見えた。

「いつ来たの!」
「お前が出て行って、すぐ」
「なんで声かけてくれないのよ?」
「お前だって同じだろ。……こっちの方がよく見えるぞ」

そう促されて、釈然としないまま、あたしは屋根の上にひらりと飛び移る。
「気をつけろよ、足元」
座ったまま、日番谷くんがあたしを見上げてくる。
いくつもいくつも、質問を投げかけてみたくなる。
ねぇ、覚えてたの? 十年前の約束を。だから、来てくれたの?
聞こうとして、ふと心の中で首を振る。
もう、どっちだっていいや。来てくれたんだから。涙はすっかり引っ込んでいた。

隣に行こうと歩き出した時、ぎし、と足元が揺れる。
もうぼろぼろの東屋なんだから、二人分の体重を支えられるのかしら……と思った時には、ぐらりとよろめいてた。
「危ねぇな」
とっさに、日番谷くんが腕を伸ばして、あたしを受け止める。

「……お前、すげぇ冷え切ってるぞ」
「分かってる」
一回り大きな日番谷くんの体を、とてもあたたかく感じる。
お互いの顔もよく見えないような闇の中だから、いいか。
体がくっつくくらいの隣に座ったけど、日番谷くんは何も言わなかったし、身を引くこともしなかった。

いつか。いつか、この腕に抱かれる女の人は、どんな人なんだろう。
きっと、ものすごく幸せな女(ひと)であることだけは、間違いない。
ただ今だけは、その位置をあたしにも、分けてね。
「あっ!」
流れ星! 日番谷くんの珍しく弾んだ声が聞こえて、あたしは顔を上げる。
一瞬闇を明るく照らし、流れ星が闇に線を引いた。



TVさまよりお題をお借りしました。
「幼なじみに贈る5つのお題2」
知らない横顔⇒照れる夕陽にならぶ影⇒すこし前までできたこと⇒あの頃とはちがう⇒約束とひみつきち
と、連作になってます。

[2010年 1月 10日(2010年 4月 3日改]