※ 358話時点(ハリベル様を氷で閉じ込めた辺)の妄想でございます。
その後の展開はまるっと考慮漏れしてますので、そのおつもりで。
敢えて「乱×市」にしてます。
「日番谷くんっ!」
血相を変えて飛びついて来た雛森を、日番谷は軽い動きでかわした。
すんでのところで避けられた雛森は、つんのめって、止まる。
「ポンポン飛びつくんじゃねーよ、暑苦しい」
平然とあさっての方向を向く少年を見上げ、雛森は不服そうに頬を膨らませた。
「なによ、人が心配してたのに」
「はっ、楽勝だぜ」
楽勝ではない。そう、傍で見ていた吉良は思う。
元四番隊の目から見れば、日番谷は明らかに疲弊していた。
これまで使ったことのない技で勝った、ということは、計算外の戦法を使わざるを得ないほどに追い詰められた、ということでもあるから。
今はただ、NO.3十刃に勝利を収めたそれだけで、安堵するべきなのかもしれないが。
「……でも」
言いかけた吉良を、日番谷の瞳がちらりと射るように見た。
何も言うな、とその翡翠が言っている。
ふとした瞬間に恐怖に負けそうになる、そんな悪夢のような戦いの中で、隊長が弱音を吐くわけにはいかない。
疲れを微塵も態度には表さない少年に、吉良はそっと頭を下げた。
「……松本。大丈夫か」
吉良の足元で横たわっていた乱菊の傍に、日番谷がゆっくりと歩み寄りかがみこんだ。
「隊長ったら、どんどん強くなっちゃいますね」
腹の傷を押さえながら、乱菊がおどけたような口調で言う。
その額にも首元にも、苦痛を耐えているために汗が噴出している。
しかし苦しみをカケラも出さないこの副隊長と、隊長は似ていると思う。
「大丈夫ですよ。傷はもう塞がっています。戦うことはできませんが、命に別状はありません」
問いかけるように見られ、吉良は日番谷に頷いてみせた。
「何言ってんのよ、戦えるわよ、あたしは」
身を起こそうとした乱菊は、起こすと同時にぐらり、とよろめいた。
手を伸ばした日番谷が上半身を支える。
「寝てろ。バカだなお前は」
「こんな時なのに、変わりませんねー、その軽口」
「こんな時って何だよ。俺はいつでも変わらねぇよ」
「……隊長」
「何だ」
「ギンと会ったら、殺してくださいね」
何となく会話を耳にしていた吉良は、ぎょっとして乱菊の顔を凝視した。
日番谷も絶句している。
「……なに、不思議そうな顔してるんです。もう敵なんですよ? 当然じゃないですか」
「松本。お前」
「分かってたつもりで、あたし、今まで分かってなかったみたいです」
乱菊は呟くように言うと、上空を見上げた。
宙に燃える劫火の中には今も、市丸が閉じ込められている。
「裏切ったなんて言っても。いざ顔を合わせれば、普通に話せるんじゃないかって。話せば……分かり合えるんじゃないかって。
いつもみたいに、あたしが馬鹿ねって言ったら、困ったみたいに笑ったりして。何事もなかったみたいにね」
最後の言葉は掠れていた。
炎からも日番谷からも吉良からも目を逸らし、乱菊はぐっと眉間に皺を寄せた。
「それこそ、ありえないのに。バカですね、あたし」
「……松本」
「だから、殺してください。あたしに気を使って逆に自分がやられたりしたら……あたし泣きますよ、隊長」
あぁ。吉良は、やっと心の中で頷く。
乱菊が恐れているのは、自分が日番谷の足かせになることなのだ。
でも、それはどれだけの犠牲を払った言葉なのだろう。
今だって、逸らした瞳にはいっぱいに涙がたまっているというのに。
吉良は、そんな乱菊をずっと見ているに耐えられず、視線を逸らした。
バサッ、と音がして吉良は日番谷を見た。
日番谷が自分の隊首羽織を脱ぎ、乱菊の上半身にかぶせたところだった。
「……弱気なこと言ってねぇで、寝てろ」
ぽん、と隊首羽織の上から、その頭を叩く。
「絶対に市丸には負けねぇ。あいつをお前の前まで連れてきて、土下座して謝らせるまではな。だから待ってろ」
しゃくりあげる声が、羽織の下から聞こえた。
ただの敵なら。憎めれば。どれだけ楽だろう、と吉良は上空を見上げる。
炎の中の慣れ親しんだ霊圧が、ふっと揺らいだような気がした。