※ジャンプ359話あたりの展開から妄想。
 『殺して』とは、対になってます。



身を焦がす紅蓮。
「ば……け、もの」
足首をガシッ、と掴まれ、市丸は足を止めた。
見下ろせば、背中に刃を突きたてた男が、息も絶え絶えに彼を見上げている。
「子供だと思って受け入れてやれば……」
「何? 恩を仇で返されたって恨んどるん? メシおおきに、うまかったで」
にこっ、と笑うと、背中の刃を無造作に引き抜く。
断末魔の悲鳴をあげ、男の背中から夥しい血が噴出す。
それでも、足首を掴んだ手は離そうとしなかった。

「この流魂街じゃ、油断したほうが負けやで。当然やろ?」
「ここから先へは行かせんぞ……。仲間が、いるんだ……」
「ええ人やな、あんた」
つまらなさそうに鼻を鳴らし、市丸は男の肩を蹴飛ばした。
悲鳴と共に背後に吹き飛ばされた男が、背後の炎の海に飲み込まれる。
「長生きできんタイプやな」
体がのたうつのように炎の中で踊り、動きが弱まり、輪郭が人間をとどめなくなるまで。
市丸はただ、それを眺めていた。


どれくらい経っただろうか。
「ギン!」
突如その場に響いた声に、市丸はびくりと肩を揺らせて振り返った。
「乱菊! お前、なんでここが分かったんや」
息を切らせて駆けてきたのは、12・3歳くらいの外見年齢の少女だった。
金色の髪は、今は曇り空の下でけぶって見える。青色の瞳が、大きく見開かれた。
焼き払われた家々、地面を血に染めて倒れた何十人もの人々を見つめるうち、その表情が蒼白になった。
来るべき質問に、市丸はわずかに口角を上げた。
「あんたが……やったの?」


***


市丸は、身を囲む炎の壁を、見るともなしに眺めていた。
その真紅の瞳の中に、炎の光が明滅している。
「……死神が、この短期間で、ここまで力を上げてくるとはな」
東仙の呟きが、市丸の耳に届く。
「重傷こそ負っているが、十刃相手に誰も殺されておらぬ」
「嬉しそうでも、悲しそうでもないなァ」
ニヤリと心情の知れない笑みを浮かべて東仙を見やると、思ったとおり眉を顰めた。
「……お前、楽しんでいたな。松本副隊長や吉良副隊長が危険に瀕した時の話だ」
「それがどしたん?」
「……。お前は狂っている」

狂っている。
その言葉に市丸が返したのは、怒りでも哀しみでもなく、亀裂のような微笑だった。
「あァ、楽しみやなァ。その瞬間のことを考えるとゾクゾクしてくるわ」

まるで蛇蝎に向けるような目で、東仙は市丸を見た。
「……ギン?」
「なんでもないですわ、藍染隊長」
涼しげな笑みを藍染に向けられ、市丸は眼を伏せた。
危ない危ない、と思う。
自分が脳裏に秘めた願望は、まだ誰にも覗かせるわけにはいかない。


「日番谷隊長の怒りを感じんのか?」
「しっかり感じとるで、ちょっと涼しなったくらいや」
飄々と返したが、頬に氷の刃を突きつけられたような凄烈な殺気が、ぴたりと張り付いていた。
「余裕だな。あの技に対抗できるのか?」
「必要ないわ。十番隊長さんはボクに、あの技は使わん」
それは、確信に近い推測だった。
日番谷冬獅郎は、市丸ギンを殺せない。
乱菊の、命がある限り。


「ボクを殺せるんは、そやなぁ。あの中には一人しかおらんなぁ」
東仙に怪訝そうな瞳を向けられて尚、市丸は微笑を浮かべたままでいた。

三番隊の隊花、金盞花。
「絶望」を暗示するこの花に最も即した斬魂刀を持つ者。
だから市丸は、精神面でもろさも持ち合わせていたあの青年を、副隊長に選んだ。

ーー 「市丸隊長の元で働けて光栄です!」
入隊の日、頬を紅潮させて何度も頭を下げた初々しい青年は、
同じ日に顔色も変えず、脱走した三番隊の隊士を斬り捨てた。
信じられぬと食って掛かった同僚に対して、
ーー 「裏切り者には死を。死神としての覚悟が足りないんじゃないか?」
そう言い放った時の表情に、ゾクゾクとさせられた。

矜持のためには、上司だろうが部下だろうが、恋した女だろうが敵として処理する。
そんな場面を、市丸は何度も目にしてきた。


吉良イヅル。
市丸は、ゆっくりとその名を口の中で反芻する。
イヅル。そろそろ、気がついて来てるやろ?
どうして自分が、このボクの副官に選ばれたんか。
自分にしかできへん、「役割」に気づいたか?

「……ホンマ、楽しみやな」
そう、ひとりごちる。



「ギン、要。そろそろ行こうか」
藍染の涼しげな声がかかり、二人は同時に振り返る。
「死神達に別れは言えたかい」
「そんなん必要ないですわ」
くるりと、振り返ろうとした時だった。

ーー 「ギン」
呼ばれたような気がして、市丸は軽く振り返る。
彼女は遠い地に咲く花。
血塗られた手で触れるには余りに清く、暗闇ばかり見てきた目には余りに眩しかったから、
手折ることもせず残してきた花。

少年が寄り添う横で、
両方の掌を顔に押し当て、今きっとこみ上げる涙を抑えている。

遥か昔、流魂街で二人で暮らしていた頃。
ただ退屈だというだけで街を滅ぼしていた、その現場を見られたときの乱菊の言葉を思い出す。
少女は、市丸を責めなかった。
「……怪我はないの?」
第一声が、それだった。そして血に濡れた市丸を、ぎゅっと抱きしめて言った。
「どうか、無事で帰ってきて。どこで何をしてきたとしても、許してあげるから」


……今。
彼女は何を思う?
「……市丸」
東仙の言葉に、我に返る。
気づけば、右の掌を顔にぐっと押しつけていた。
「大丈夫か」
「心配なんて、似合わんわ」
掌を浮かせた時、市丸の表情には、あの亀裂のような笑みが戻っていた。
「なんでもない。行こか」



ネタバレに失礼なくらい妄想してます。
今のとこ原作では、1○3が乱菊を心配してる描写はないですね〜。
でもきっと心配してる、はず。

[2009年 5月 30日]