初めてランティスが導師クレフを知ったのは、セフィーロの小さな村で暮らしていた少年のころだった。

 当時は、突如として増えた魔物の襲来に、ランティスの村の人々は皆震えあがっていた。魔物が村を襲ったという噂は、遠く近く聞こえてきた。いつ、この村が標的になるとも限らず、ランティスたち村の男たちは、来襲に備え武術の鍛錬に暇が無かった。後になってから知ったのだが、当時『柱』だった女王の『祈る力』が弱まり、エメロード姫の名前が次代の『柱』として挙がってきていた時期と重なっていた。

 そして、「その日」は、突然にやって来た。
「魔物が集団で襲ってきたぞ!!」
 その叫びを聞くなり、ランティスは家族が止めるのも聞かず、剣を取って家を飛びだした。その剣は、兄であり修行のため家を出ているザガートが、一時的に帰宅した時に置いて行ったものだった。成人用のその剣は少年だったランティスにはずっしりと重かったが、兄が振るえるものが自分に使えないはずもない、と根拠もなく思いこんでいた。

 初めて間近に見る魔物は、家の軒先を大きく越える体躯で、ランティスには天を衝くほどに巨大に見えた。入口に築いていた障壁をいとも簡単に破壊し、続けて何体も村に侵入してくる。鳥に似た嘴をもつ者、1メートルはある牙をもつ者、鋼のような体毛を持つ者。鍛錬を積んだはずの男たちも、村の魔導師も、剣や杖を手にしたまま、襲い掛かれずにいる。その丸太のような腕の太さを見れば人間の腕など赤子のようなもので、明らかに力が異なっているのを悟らずにはいられなかったのだ。
「ば……化物だ!」
 村の門が破壊され、人々が逃げ惑う。ランティスは人々を押しのけるようにして、前に出た。そして一番手前にいた魔物に向かってまっしぐらに駆けた。戦略などまるでなく、目の前の敵に斬りつけることしか頭になかった。

 思い切り雄叫びを上げ、腰のあたりを強く斬りつけた、つもりだった。しかし剣は、魔物の鋼のような体毛にあえなく跳ね返された。まるで、鉄の板のような感触で、腕がびりびりと痺れた。腕を押さえた瞬間、横合いから飛んできた魔物の腕が、ランティスを吹き飛ばした。その力の前には、ランティスの体など木の葉に等しかった。全身に衝撃が走ると同時に、一瞬でランティスの意識は途切れた。


「……う……」
 やがて、ランティスの意識は全身の痛みに、強制的に浮上させられた。まず目に入ったのは、魔物たちに踏みつけられた自分の家だった。屋根は吹き飛び壁は崩れ、柱も中途から折れていた。家の中にいたはずの両親や祖父母の姿はなかった。血の跡がなかったのがまだ救いだった。辺りは夕闇に包まれつつあったが、100戸余りあった家家で、まともに建っている家はないように見えた。

 全身の骨が軋むような力で、締めつけられている。我に返ったランティスは、自分が魔物の巨大な掌に鷲掴まれているのを知った。
「離せ!」
 叫び渾身の力を込めたが、びくともしなかった。魔物の一つしかない目がランティスに向けられたが、すぐに関心がないように逸らされる。これほどまでに、自分が魔物にたいして無力だとは、全く想像だにしていなかった。
―― これでは、村が……
 悔しさか、怒りか、悲しみか、激情が胸を衝きあげてくる。恐ろしいのは魔物だけではない。自分の心が折れ、絶望に押しつぶされるのが何よりも怖いと思った。体が軋み痛むのに構ってはいられなかった。全力で魔物の掌から逃れようとした時だった。

「稲妻招来!」
 鋭い声が周囲に響き渡った。それと同時に、村の入り口近くにいた魔物二体が、声もなくその場に倒れ伏すのを見た。ランティスは驚いた――なにより、その声はランティスがよく知るものだったからだ。
「兄上……」
 一頭の漆黒の馬に跨り、村に入って来たのはザガートに違いなかった。鎧に身を固め、その長い黒髪を背後で束ねている。険しい視線で、破壊された故郷の村を一瞥した。

 魔物たちは、侵入者に対して大きく反応した。村の破壊を止め、一斉に退却したのだ。村の裏口から一斉に魔物たちが逃げ出すのを見て、ランティスは驚いた。兄は、これほどまでに魔物に影響力を持っているのだろうか? しかしその時ランティスは、魔物たちの視線の先に、もう一人の人物がいるのに気づいた。ザガートのすぐ隣で別の黒馬に跨っているのは、まだ年のころは10歳にも満たないと思われる銀髪の少年だった。手に、2メートルはある巨大な杖を軽々と携えている。少年は、その美しい青い瞳をひそめてザガートを見上げた。
「遅かったか」
「いいえ、導師クレフ。死者はでていないようです。まだ、助けられます」

―― 導師クレフ?
 ランティスは驚愕し、ザガートと、「導師クレフ」と呼ばれた少年を見比べた。導師クレフのことは、セフィーロの住人なら誰でも知っているほど有名だった。そしてランティスにとっては、兄ザガートから何度も話を聞かされてはいたのだ。しかし、このような子供の姿だとは知らなかった。様々に語り継がれてきた導師クレフの伝説は、あんな小さな体で創りだされたのか。いや、それらの「伝説」は本物なのか? とランティスが疑った時、クレフの視線がまっすぐにランティスを捉えた。
「! ランティス」
 すぐにザガートも、魔物の手に捉われた弟に気づいた。

 ランティスを捉えた魔物は、逃げ出そうとしていた。しかし、二人の視線がランティスを捉えたのを見て、手の中の人質が「使える」ということを察したらしかった。魔物には心などない、と思っていたランティスには意外なことに、魔物はランティスを自分の前に盾にするように掲げ、クレフとザガートの前に立ちはだかった。
「弟を離せ!」
 ザガートは馬から降り、腰に帯びた剣を引き抜こうとした。しかしそれを、クレフが止めた。
「待て。その魔物が力を込めれば、命はないぞ」
「殺されてもかまわない!」
 ランティスは、とっさにそう叫んでいた。クレフが目を見開いてランティスを見た。ランティスは、自分の頬から涙が流れ落ちるのを感じていた。みっともない、と思ったが拭うこともできない。村を救うどころか、足手まといになっている自分が悔しくてたまらなかったのだ。むしろ、こんな姿を晒すくらいなら、死んだほうがましだと思った。

 クレフは、馬に乗ったまま、魔物を見上げた。その視線は鋭く、感情がほとんど含まれていないように見えた。
「……何が望みだ」
 クレフの問いに、魔物が唸り声を発した。ザガートがクレフの馬に歩み寄る。
「あの魔物は、何と?」
「私に、一人であの森へ行けと言ってきた」
 クレフは視線で、村の背後にある森を差した。さっき、村から大量に逃げ出した魔物たちが逃げた場所だった。あんなところへたった一人で踏み込めば、格好の的になることは間違いなかった。

 ザガートは首を横に振った。
「導師、私が行きます。ランティスは私の弟ですから」
「いや。あの魔物たちは、私が行くことを望んでいるようだ。私が導師だということが、あの者たちにも分かるのだろう」
「あなたに万が一のことがあったらどうします。それに、あなたは攻撃魔法は……」
 ザガートは言葉を切った。クレフが視線をやわらげ、弟子の肩を馬上から叩いた。
「いつも心配をかけるな、ザガート。大丈夫だ。おまえはここで待て」
「やめてくれ!」
 ランティスは、馬から降り、ゆっくりとした歩調で歩み出したクレフを見て、叫んだ。馬から降りたその体は本当に小さく、魔物の一撃にもあっさりと殺されてしまいそうだった。その獣の頭を象った杖の先の、青い宝玉が夕日を受けて青紫色に輝いていた。人々は、壊れた家の片隅に隠れ、震えながらその風景を見守っている。クレフはランティスを見上げた。そして、何も言わず、にっこりと微笑んだ。
 そして、ゆっくりと森の中に消えて行く。その特異な形の杖と、真っ白い法衣に包まれた背中が瞼に焼きついた。


 その場では、ザガートと魔物のにらみ合いが続いていた。ザガートは剣の柄に手を当てたまま動かず、魔物もランティスを掲げたまま微動だにしない。ザガートがランティスの目を見ようとしないのが、救いだった。何の力もない子供のくせに生意気だと思われるのかもしれないが、ランティスは足手まといになった自分が許せなかったのだ。兄にこんな姿を見られるくらいなら、このまま魔物に殺されてしまったほうがましだったと思った。その時のランティスは、魔物の手から逃れようが逃れまいが、確かに己の死を考えていたのだ。

 苦しい時間が流れた。導師は無事なのか―― そう思って森に首を向けた時、辺りが地震のように大きく揺れた。まるで、何十もの雷が一気に森に落ちたように、薄暗くなっていた周囲は照らし出された。数瞬空けて、地響きのような音が響き渡る。人々が悲鳴を上げた。ランティスはザガートの顔を見た。森に目を向けることさえせず、冷静な顔で魔物を睨み据えたままだった。それで気づいたのだ。これは、導師クレフの魔法だと。

「――魔物の気配が全て消えたぞ!」
 村の魔導師が叫ぶ声が聞こえた。快哉の声が起こり、人々は生き返ったのように、村のあちこちから姿を現した。しかし、ランティスを捉えている魔物の姿を見つけて、その場に凍りつく。
「導師を死地に送り込んだつもりだったのだろうが、甘かったな」
 ザガートは一歩、魔物に歩み寄った。魔物のほうは明らかに動揺していた。その手に力が更に込められ、ランティスは体中の骨が悲鳴を上げる音を聞いた。

 森からは、ちらちらと炎が上がっていた。黄金色の光が森から差しこみ、破壊された村や疲弊した人々の横顔を映し出していた。苦痛に霞んだランティスの目はその時、ゆったりとした足取りで戻って来る導師クレフの輪郭をとらえていた。その銀色の髪は、背後からの炎で、金色に輝いていた。表情は逆光になっていて見えないが、朱色に照らされた法衣が、熱風にはためいている。手には、あの巨大な杖があり、宝玉は炎の光にも影響されず、青く光っていた。
「見くびられたものだ。力で私を押さえこめると思うなど」
 クレフの声は決して大きくなかったが、静まり返った周囲にははっきりと響いた。魔物ランティスを前に掲げ盾にしたが、クレフの足取りは止まらない。魔物が焦っているのが、ランティスには手に取るように分かった。

 このまま握りつぶされるのは、避けられない気がした。それでも構わないと思った。全身の血が回らず、顔が紅潮する。クレフが、10メートルほどの距離に近づいた時、ランティスはぞくりとした。魔物も、ザガートさえも同じだったらしく、身じろぎする。下手に動くことさえできない、張りつめた気配―― その時はじめてランティスは、本当に強い者がもつ気配を知った。みなそれぞれ範囲は違うが、己の「磁場」のようなものを持っている。磁場に入り込めば、そこはもうその者の支配する「領域」だ。

 逃げるのか、攻撃するのか。ランティスが魔物を窺った途端、魔物が腕を振りかぶり、ランティスをザガートに向かって思い切り投げつけた。さすがに、この展開は想像していなかったか、ザガートが剣から手を離し、慌てて前に飛び出した。
「導師!」
 ランティスを支えたザガートが叫んだ。魔物は、その腕を振り上げたまま、まっすぐにクレフに襲い掛かっていた。両方の手を握り、拳でクレフをたたき潰そうとしている――
「雷衝撃射!」
 クレフの言葉に反応し、杖の宝玉が、強い輝きを放つ。そして、杖から暴力的なまでの閃光が迸った。稲妻を束ねて撃ちだしたように見えた次の瞬間、閃光は魔物の胴体を正面から貫いた。ランティスの剣が全く歯が立たなかったあの鋼の体毛が、一瞬で砕け散っていた。魔物は、声もなくその場で消え失せた。

「……死のう、などとは思うなよ。ランティス」
 唖然として、魔物が消えた跡を見ていると、隣で立ち上がったザガートにそう言われた。
「おまえはまだ幼い。守られて当然の立場なのだ。それに比べれば、私たちは長年戦いに身をおいてきているのだ。対等に戦えなかったことを悔やむなど10年早いのだから」
 ランティスは、何も答えられなかった。しかしザガートが、彼なりのやり方でランティスを慰めようとしているのが分かった。ランティスとしても、「大丈夫か」などと気遣われるよりも、よほど良かった。

 ザガートの視線は、ゆっくりと歩いて来るクレフに向いていた。
「……攻撃魔法を、導師に使わせたくはなかった」
 そう言って、唇をかみしめた。
「なぜだ……これほどの力を持っていながら」
「導師は、その力を攻撃に使うことを好まれない。『攻撃しないことと、攻撃力が無いことは違う』のだよ、ランティス」
「……無事か、二人とも」
 その時には、クレフが二人のすぐ前まで歩み寄ってきていた。どうしてこの人を、初めに見た時に少年だと思ったのか、その時となってはもう分からなかった。彼の力が、肌にビリビリと感じるほどに伝わってきていた。完全に、導師の支配する「磁場」の中に入っている。しかしそれは、守られているような感覚だった。

 クレフは、地面に座り込んでいるランティスの前に身をかがめた。本当ならすぐ跪かねばならない場面だったが、そんな気は回らなかった。
「……立て」
 その小さな掌からは想像もつかないほど、強い力で肩をつかまれた。ぐいと引き起こされ、思わずクレフの顔を正面から見た。
「辛い時ほど、座り込んではならん。……二度と、立ち上がれなくなるからだ」
 クレフは、ランティスの瞳を覗き込んで、微笑った。
「いい目をしている。おまえは、いい戦士になるだろう」
 ランティスにとってその言葉は、放たれた矢に等しかった。すべては、この一言から始まったのだ。


***


 後にして思えば、ランティスは決して、ザガートのような天才ではなかった。クレフもそのことは見抜いていたはずだ。あの言葉がクレフの本音だったのか、優しい嘘だったのかは未だにランティスには分からない。しかし、あの言葉は、屈辱感から死にたいとすら思っていたランティスの命を、その時確かに救ったのだ。そして本心であれ嘘であれ、その後の数年間のランティスの努力は、クレフの言葉を「本当」にした。セフィーロ西部で並ぶ者なしの剣士と言われるようになった時、ランティスはクレフの元を再び訪れた。
―― 「ここに戻ってくるために、俺は毎日戦ってきたんだ」
 そう言ったランティスを、クレフはあの微笑みで受け入れたのだ。その時、ここが自分が来るべき場所だったのだとランティスは信じた。

 それから幾年もの年が流れ、剣闘士となったランティスは、攻撃力なら兄ザガートに勝ると言われるようになった。そして一方で、どうしてクレフが攻撃魔法を極力使わないのかも知ることとなった。クレフは、その長寿にも関わらず、魔物の命を奪うことに決して慣れない。何度殺しても、初めて殺したかのように心を痛めるのだ。

 この人は優しすぎる、とランティスは思った。クレフ以外に導師にふさわしい人間などこのセフィーロにはいなかったが、それでも「優しすぎる」というこの一点だけで、本当は彼は導師には向いていないのではないかとすら思っていた。少なくともクレフ自身が、導師という立場から自由になるのを望んでいるのではないか、と思う事すらあったのだ。

 若竹のようにぐんぐんと力を伸ばしていたあの頃、ひと際記憶に残っている出来事がある。朝早く、エメロード姫に呼ばれて城に出掛けていたクレフが、思いがけずザガートを伴って帰ってきたのだ。既に神官として名高かったザガートに会うのは、実に数年ぶりだった。
――「おまえたちは淡泊な兄弟だな。私が引き合わせないと、会いもしないのだから」
 久し振りの再会に肩をたたき合うでもなく、昨日会ったばかりのように挨拶を交わした二人に、クレフが声をかけた。言葉とは裏腹に頬は微笑っていて、決して不機嫌ではないのが分かる。
――「あなたがついていれば、安心だと信じていますから」
 ザガートはそつなく頬に笑みを浮かべて言うと、ランティスが運んできたティーカップの縁に口をつけた。
――「そういえば、おもしろい噂話を聞いたぞ」
 兄弟の前に座り、美味そうに茶を一口飲んだクレフは、上機嫌で二人を順番に見た。
――「ザガートの防御力は私に匹敵する。そして、ランティスの攻撃力も私に匹敵する。だから、二人で次の『導師』の座を狙っていると」
 事実か、と平然と尋ねられて、ザガートが茶を吹きそうになっていた。
――「一体誰がそんな嘘を?」
――「根首を掻かれないでくださいと念を押されたぞ」
――「まさか! ランティスとは長い間、会ってもいません」
 会話の矛先を向けられていないランティスには、クレフが全く本気ではないと分かっていた。傍から見ていれば面白いが、からかい半分に話を振られる、真面目な兄はたまったものではないだろう。大かた、老獪な魔導師連中が過度に心配しているのだろうが、忠告を受けていながら、敢えてザガートを連れ戻るクレフも人が悪いと思う。

――「導師クレフ。あなたと、肩を並べられるなどとは兄も俺も思ってはいない。片腕になれるのがせいぜいだ」
 ランティスはようやく、兄に助け舟を出した。しかし、本音でもあった。初めて会った時、クレフをとてつなく強いと思ったが、実際に師事してみると、力の差は当初思ったのとは比べ物にならないほど大きかった。未だに、ランティスはクレフの本気を知らない。
 しかしクレフは、穏やかに微笑んで首を横に振った。そして、自分の掌にふと視線を落とした。
――「私は、おまえたちが思っているほど強くはない。……今の世は平和だ。何よりも力が必要とされるような時代ではないのだ。もうとっくにおまえたちは、私の片腕になっている」

 ランティスはザガートと、顔を見合わせた。もう二度と、こんな穏やかな空気の中で、三人で語り合うことはあるまい、とランティスは直感した。なぜそう思ったのかは、後になっても分からなかった。結論として、それは事実だったわけだが―― その時ザガートは、ゆっくりと口を開いた。
――「あなたは本当に、『導師』であるご自分に満足されているのですか?」
――「どういう意味だ?」
 クレフは、腑に落ちない表情で聞き返した。
――「あなたも人間だ、何百年も『導師』という重責を背負い続けて、重くはないのですか?」
――「なぜそんなことを聞く?」
――「もしも、重いというのなら。私とランティスの二人でいつか、その責を担いましょう」
 クレフは目を瞬いて、ザガートを見た。ランティスは、ザガートも自分と同じようなことを考えていたのに気づき、驚いていた。ランティスは黙って、次の言葉を待った。
――「前言撤回だな。おまえたちは優しい男だ」
 やがて、クレフは微笑んだ。
――「しかし、私は誰にも次の導師の座を渡すつもりはないのだ。私が『最後の導師』となる」
――「……それは、なぜ?」
 ザガートとランティスは、どちらともなく同時に尋ねた。クレフは、表情からふっと笑顔を滑り落とした。
――「『導師』とはすべからく、罪を背負う者だ。……私は、おまえたちが愛おしい。同じ道を辿らせたくはない」
 その目に、暗い輝きが渡った。

 その言葉を聞いた時、動揺すると同時に、わずかに高揚したのを覚えている。クレフは決して、二人の力を導師にふさわしくないと否定していたわけではないからだ。
――「ならば教えてください。一体、『導師』の背負う罪とは何なのです」
 ザガートがクレフに向かって身を乗り出した。クレフは表情を変えないまま二人の弟子を順番に見た。顔では分からないが、彼が深く考え込み、ためらっているのが伝わってきた。いつも結論が先に立つ彼がためらうこと自体が、珍しいことと言えた。
――「……『導師』だけが持ち得る能力のうちの一つが、『禁術』と呼ばれるものだ」
 やがてクレフは、独りごとのように静かに口を開いた。そしてその時、自分の教え子に当たる人物を全て「コピー」し、思うがままに操ることができるという秘術について聞かされたのだ。それによって、人々が多く傷ついてきたということも。

――「しかし、導師。『禁術』は確かに危険な技だが、使い方によっては役立つだろう?」
 聞き終わったランティスは、クレフにそう聞き返した。ザガートも頷いた。
――「仮にもし、危機に陥るようなことがあれば、私でランティスでも自由に使ってください。例えあの世からでも、あなたの命であれば馳せ参じましょう――」


 例エアノ世カラデモ、アナタノ命デアレバ馳セ参ジマショウ――

 あの時、何気なく聞き流した言葉に、体中に電流が走る。
 クレフを庇うように、ザガートがランティスと彼の間に立ちはだかる。クレフも、ザガートも、あの時と寸分変わらぬ姿をしているのに、その心が、わからない。ただ、もうもとの関係には戻れないのだと知った。



* last update:2013/12/19