「うー、寒い。流星群はまだ来ないかな」
格子窓を少しずらして外をうかがいながら、あたしは部屋の中に声をかける。
外は真っ暗で、目を凝らせば夜空に細い三日月がかかってるけど、あたりを照らすほどじゃない。
「さぁ、まだじゃねぇの。松本が、日付が変わる頃だって言ってたぞ。それより閉めろよ雛森、寒い」
なんでそんなに興味なさそうなのよ。文句を言いそうになって、引っ込める。
どうしてだろう、今の日番谷くんに、一緒に流星群を見ようって言った十年前の約束を蒸し返すのは、妙にためらわれた。

囲炉裏の中の炭がパチッ、と音を立てる。
あたしは胡坐を掻いた日番谷くんの隣に、腰を下ろす。
あたし達が一緒に暮らしていたままの、六畳の小さな空間に、ふたりきり。
やわらかに燃えるオレンジ色の光を見てると、なんだか心が安らいでくる。
ずっとこのまま、こうしていられればいいのに。不意に、そんなことを思う。

そんなあたしの気持ちなんて知る由もなく、日番谷くんはうーんと伸びをして立ち上がった。
「ヒマだな」
そんなことを言うと、部屋から出てってしまう。
なーによ。ひとり残されたあたしは、心の中で文句を言う。
瀞霊廷でも、もうめったに二人で話すことなんてないのに。
もうちょっと、たまにしかない場面を大事にしてくれたっていいじゃない。
部屋の外では、おばあちゃんと日番谷くんが何か話してるのが聞こえてくる。
それを聞いてるうちに、とろとろと眠たくなって、あたしは座ったまま、まどろんだ。


「……桃。桃?」
遠くの方から揺さぶられるような感覚に、あたしはハッと目を開けた。
「どうしたんだい、うたた寝して。風邪引くよ」
しわくちゃの顔で微笑んでる、おばあちゃんと視線が合う。
「あたし、寝ちゃってた? 今、何時?」
「何時かねぇ。まだ、日が変わる頃には間があるよ」
「そ、か」
流星群が終わってなくて、ちょっとほっとした。
「それにしても桃。今日は一日外だったのかい?」
おばあちゃんはそう言って、あたしの着物をはたく。見ると、肩のあたりに土埃が乗ってて、慌ててはたいた。
「そっか今日、一日外を走り回ってたから……」
「お風呂はいっておいで」
「はーい!」
寝巻きを行李の中から取り出すと、お風呂へ続いてる扉を引きあける。
うちのお風呂は五右衛門風呂で、脱衣所と洗面所、お風呂がひとつの部屋の中にある。
湯煙がただよう中に顔を突っ込んだとき、ちゃぽん、と音がした。
何気なくみやったあたしは……思わず、叫び声をあげた。

「きゃー! 日番谷くん、ごめんなさい、ごめんなさい!」
今まさに、日番谷くんが五右衛門風呂から出ようとしてるところだった。
湯煙のおかげでぼんやりとしか見えないけど、上半身がお湯から出てる状態。
「……や、いや、別に、いいけど」
妙に途切れ途切れの日番谷くんだって、実はけっこう動揺してるはず。
扉をバン! と閉めた時、廊下をおばあちゃんが通りかかった。
「あ、そういえば、冬獅郎も入ってたんだった」
「おばあちゃん、先に言ってよ!」
着物を胸に抱え込んだまま、思わず叫んだあたしに、おばあちゃんは苦笑いする。
「なんだね、二人とも色気づいちゃって。ちょっと前まで、一緒に入ってたくせに」

いつの話だよ、と日番谷くんの声がお風呂場の中から聞こえる。
確かに……前は、二人でまとめて入った方が早い、って一緒に入ってた。
乱菊さんとかが知ったらハァ? って言われそうだけど、死神になってからもまだ、一緒に入ってたの。
それを考えると、あんな叫ぶ必要はなかったはずなのに……どうしてだろう、湯煙の中に日番谷くんを見つけたとき、ものすごく恥ずかしかった。
身長が、あたしを越えたからかもしれないな、とふと思った。

「……あがったら、呼ぶから」
日番谷くんのわずかに照れたみたいな口調に、あたしは小さくハイ、と頷いた。



TVさまよりお題をお借りしました。
「幼なじみに贈る5つのお題2」
知らない横顔⇒照れる夕陽にならぶ影⇒すこし前までできたこと⇒あの頃とはちがう⇒約束とひみつきち
と、連作になってます。

[2010年 1月 10日(2010年 4月 3日改]