2人の出会いは最悪だった。

浮竹十四郎は、機嫌よく鼻歌を歌いながら一番隊の廊下を歩いていた。
季節は、十二月。雪も降らないほどに、空気は冷え切っていた。
―― 十番隊の隊長はどんな人かな? 話し相手になってくれたらいいなぁ……
なんてことを、考えていたりする。

今日は、十番隊隊長・日番谷冬獅郎と初めて顔を合わせる日なのだ。
彼の着任式は一週間前に行われたのだが、冬は病で臥せりがちな浮竹は出席できなかった。
―― 「きっと、おぬしは驚くと思うぞ」
そう言った時の総隊長の瞳が、いつもの厳格さは保っていたものの、わずかに悪戯っぽくも見えて驚いたものだ。
総隊長にあんな顔をさせる新隊長とは、一体どんな人物なのだろう。

―― きっと仲良くやっていけるに違いないさ。なんたって名前も似てるし。
持ち前の楽天思考でそんなことを考える。
名前が似ているなんて些細な偶然だが、会う前から「好きになれそうなポイント」があるに越したことはない。

そして、出会いは唐突にやってきた。


「あっ、浮竹隊長ー!!」
廊下の向こうで、角を曲がってきた乱菊が、浮竹の姿を見やるなり笑顔で手を振った。
「ああ、松本副隊長じゃないか」
とすれば、彼女の隊長に会う時もすぐだろう。
そう思った時、浮竹は乱菊の傍に立っている子供に気づいた。
乱菊に頭を向けて何かを話しかけているせいで、表情が見えない。
銀髪なのが目を引くが、その小さな体格や等身から、子供に間違いないと判断した。

浮竹は、自他共に認める子供好きである。子供を見かけると、声をかけずにはいられない性分だ。
「どうしたんだい松本副隊長、かわいい子をつれてるじゃないか」
顔も見ないのにそう言うと、満面の笑みでポン、とその銀髪を撫でた。
ぅわ、という顔を乱菊がしているが、一体どういうことだろうか。

「ボク、名前は何って言うんだい?」
しゃがみこんで視線を合わした瞬間、大きな翡翠色に浮竹は息を飲んだ。
色白の、綺麗な子供だ。ただ……異常に目つきが悪いと思うのは、気のせいだろうか。
「あっ、あの浮竹隊長!?」
乱菊が慌てて間に入り、2人を引き裂こうとするのを浮竹はきょとんとして見た。

「かわいい子だけど、無口だね。恥ずかしがりやさんなのかな?」
うん? と顔を見つめてみれば、恥ずかしがっているというよりも、どこか唖然としているように見える。
「あぁ松本副隊長。そういえば、君の新しい隊長さんはどこだい? 紹介してもらえると……」
そこまで浮竹が言った時だった。
「ふ・ざ・け・ん・な」
子供にしてはドスが効いた声を出すなぁ。そう浮竹が思った瞬間ーー日番谷は噴火した。
「この隊首羽織が目にはいらねえのか、てめえは!!!」
「!!!」
水戸黄門よろしく怒鳴った日番谷の言葉は、火山弾が当たるくらいの衝撃は浮竹にもたらした。
あっちゃぁ、と乱菊が掌を目に当てている。


「た、隊首羽織?」
「てめぇが毎日着てるくせに、分からねえのかよ?」
うん、分からなかった。そう言おうとして、それはさすがにまずいと口をつぐんだ。
確かに改めてみて見れば、どこからどう見たって隊首羽織だ。
ただ、そこまで小さいサイズがあるとは夢にも思っていなかった、だけの話だ。

しかし。そんなことよりも何よりも、まず。
「ダメじゃないか!!」
突然毅然とした口調で言い放った浮竹の気迫に、日番谷と乱菊はちょっとだけ引いた。
「こんな子供に隊長を勤めさせるなんて。総隊長は一体何をお考えなんだ!」
「いや、えと、でもウチの隊長は、氷雪系最強の斬魂刀を……」
「そういう問題じゃないんだっ!」
浮竹は言い切った。
「いいかい、子供時代は今しかないんだよ? 外で遊んでるほうが楽しいお年頃じゃないか。
こんなとこで隊長なんてやってないで、君はコマ回しでもしてなさい……ん?」
なぜ乱菊は、廊下の逆方向へと走ってゆくのだろう。
一目散のその背中を見やった時……パチン、と頬に何かが当たり、浮竹はそれを受け止めた。
「なんだこれ? 雹(ひょう)か?」

「……上等だ!!」
日番谷が、それはそれは低い声を漏らした。
「そこまで馬鹿にすんなら見せてやる。俺が隊長にふさわしい実力があるってな!」
「隊長、タンマ! 話せば分かります、話せば!」
廊下の向こうの安全地帯から顔を出して、乱菊が必死に手を振っている。
「話してこの有様なんだろーが!」
次の瞬間。日番谷が腕を前に振り下ろした、ように見えた。
そしてその場所から、突如として巨大な龍が現れ、まっすぐに浮竹へと牙をむいた。

「っなんだっ!?」
気が緩んでいたとしても、そこは隊長である。とっさに刀を抜いて応戦する。
白刃と、氷龍の牙が真っ向から打ち合った。
「コイツは……」
ギラリ、と龍の瞳が真紅に光る。
一瞬でこれだけの霊圧を生み出すとは、半端な力の持ち主ではないのは分かった。
荒削りだが、霊圧の瞬発力で言えば他のどの隊長をも上回るのではないか?
「ただ……荒い!」
霊圧を込め、龍を弾き返そうとした時だった。
突然、腹の真ん中が熱くなる。息苦しくなる。この感覚は……

「あっ?」
日番谷が、目を見開くのが見えた。
口に持っていった掌が赤く染まっているのを見て、あぁ、また血を吐いてしまったと他人事のように考える。
あれほどの重さで迫っていた龍が、嘘のようにフッ、と消えた。
同時に、さっきまで龍がいたところに日番谷が瞬歩で現れる。
「あぁ……いい瞬歩だね」
「ンなことはどうだっていい!」
日番谷は明らかに慌てていた。ちょっと脅かしてやったつもりが、吐血したのだから当然だろう。
「えーと、お前ッ! ……誰だっけ……」
そういえば名乗ってもいないのだ。名乗らなきゃ、と思った時、
「何事じゃ!!!」
その場で最も聞きたくない、山本総隊長の声が廊下を響き渡った。
ここは気を失っちゃったほうがいいかなぁ、と思ったせいではないだろうが、
その大股な足音が近づくのを最後に、浮竹は意識を手放した。


***


「と、まぁ、そういう訳だったんだよ」
浮竹は、目を覚ました十三番隊の私室、雨乾堂であっけらかんと話していた。
「気をつけてくださいよ、隊長! 隊長のお体には、氷雪系の力は毒なんですから!」
小椿が、唾を飛ばさんばかりの勢いで、浮竹に迫る。
「そーですよっ! また三日も寝込んじゃったりして。もしも隊長になにかあったら……」
「お、おいおい、泣くなよ」
もう一人の第三席・清音の前で、平気だ、という風に掌を振ってみせる。

「仲良くなりたかったんだけどなぁ……」
信じてもらえないのかもしれないが、決して馬鹿にしたつもりではなかったのだ。
隊長に何百年も就いていれば、その恐ろしさ汚らわしさに触れることも多い。
そこにあんな子供を放り込むのは、……そう、「もったいない」と思ったのだ。
あれほどの才能を持つ綺麗な少年は、もう少しゆっくり、大切に育てればよいと思ったのだ。

「無理ですよ……日番谷隊長も、あれから三日の謹慎処分をお受けになられたそうです。
一番隊隊舎の中で霊圧解放しちゃったんだから、しょうがないですけど……」
「力の相性も悪すぎです! 今後は日番谷隊長からは距離を取ってください!」
2人に間近で迫られ、浮竹は言いくるめられた子供のようにしょんぼりする。
「……仲良くなりたかったのになあ」
その時だった。三人が同時に、庵の入り口のほうを見やった。
ゆっくりとこっちに向かってくる、隠しもしないその霊圧は。



「目標、迫ってます、どうぞ!」
「どうにかしてお帰りいただけ、どうぞ!」
「あんたがやってください、どうぞ!」
「できねーよ!!」
「あああんた大声出さないでよ! 気づかれちゃった……」
日番谷は、雨乾堂の前でやいのやいのと遣り合っている2人組みを、醒めた目で見下ろした。
―― あの隊長あってこの部下か……

「何もしねぇよ。改めて挨拶に来ただけだ。……浮竹隊長のご容態は?」
「……」
2人は、今度は無言で日番谷を見上げた。
子供だ。確かに浮竹の言動の意味も分かるくらい、子供だ。
しかし、そんな暴発を起したとは思えないくらい、態度は大人だ。
しかも、本来隊長は同格であるのに、わざわざ挨拶に出向いてきたというのだから念が入っている。
どうする、と2人が視線を見交わしたとき、ガラリと雨乾堂の扉が開いた。
「わざわざ申し訳ないね、日番谷隊長。入ってくれ」
軽く頷き庵の中に入っていく日番谷を、2人は心配そうに見守った。


「……すまなかった」
部屋で向き合い、謝ったのは同時だった。
その偶然に浮竹は笑いそうになるが、日番谷は真面目な顔をしていた。
「病弱なのは聞いてたが、寒さが特に駄目だとは知らなかったんだ。また寝込ませちまって、すまなかった」
その瞳の色は、今は穏やかな深い色をしていた。本当に綺麗な色だな、とまた見とれる。
「……謝りに来てくれたのか? こんな失礼な口を利いたのに」
「……」
わずかに、日番谷が視線をそらせる。言われたことを思い出したのだろう。
「その上やり返したら、謹慎処分を受けたのに? 君からしたら踏んだり蹴ったりなのに、謝るの?」
「同僚を倒れさせたんだ。当然だ」
同僚。その響きに、浮竹は頬をほころばせた。
なぜだろう、三日前にこの少年を見た時なら違和感を感じた言葉なのに、今聞くと、妙に馴染んでいるようだ。

「こちらこそ悪かったね、君を子供扱いして。君は十分にもう、『隊長』の貌(かお)をしているよ」
失礼した、と頭を下げると、済んだことだ、と軽やかに返された。

「自己紹介もまだだったね。浮竹十四郎だ」
「……日番谷、冬獅郎だ」
わずかに緊張していた日番谷の肩の力が、抜けた。
「……そうだ」
弛緩ついでに思い出したのか、視線を宙に浮かせる。
「謝るんなら、言葉よりモノで示せって、松本が」
一体何を教えているんだ松本君。
そう思ったが、ふわ、と少年が掌を顔の前にかざすのに、視線が吸い寄せられた。
掌の部分に、霊圧が集中していくのが、分かる。
鬼道か、と思ったが、その割りには力が弱い。
何をするつもりなんだろうと思った時、その掌の上に、光球のようなものが現れた。

「こ、これは」
五番隊副隊長の雛森桃が使う、飛梅が放つ炎球に似ている。
が、蛍の光のようにぼんやりと光っている其れは、掌を寄せても、ほのかに温かい程度だった。
ただ、部屋の温度がほわんと暖められるのが分かる。
「こりゃいい」
浮竹は、思わず声を上げていた。どれくらい持つのか知らないが、
体調が本当に悪いときは、囲炉裏で火をおこすのも一苦労なのだ。


「よし、成功した」
そう言った日番谷の表情から、浮竹は目を離せなかった。
いたずらに成功した子供のように、何だか嬉しそうに見えたからだ。
「氷雪系と、炎熱系の力を混ぜ合わせてみたんだ。三日はもつぞ」
「そんなこと……そう簡単には」
「ま、簡単じゃなかったけど、暇だったからな」
謹慎の三日間の間、思い立ってこれを練習してくれたのか。
―― ホラみろ、小椿、清音。
心の中で、部下を呼ぶ。氷雪系だからって、必ずしも毒ってわけじゃない。
その証拠に、この炎はとても優しい。

「……好きだ」
「へ」
日番谷が饅頭でも喉に詰まったような顔をした。
「そういう優しい隊長(ひと)を待ってたんだ!」
「てめー、元気じゃねえか!」
浮竹隊長、日番谷隊長に一目惚れす。
そんな風評に日番谷がまた激怒したのは、また別の話。