「ねー。シロちゃんったら。風邪引くよー? 中入りなよ」
お風呂上りの濡れた髪を手ぬぐいで拭きながら、あたしはひょい、と障子を開けて縁側を見やった。
見慣れたツンツンはねた銀髪は、声が聞こえなかったんだろう、夜空に向けられたままだった。
ちょっとでも高く。そう言わんばかりに小さな体で伸び上がるように見上げた先には、降るような星空。
キレイな翡翠色の瞳は、星の光を受けたかのように光って見える。
何だかその姿が、ふぅっと空に吸い込まれそうな気がして。あたしは思わずもう一度声をかける。


「シロちゃん」
「ンだようっせえなぁ、寝ションベンのくせに」
「関係ないでしょ!」
ぷっ、とむくれると、あたしはシロちゃんの傍によってその頭に手をやる。
思ったとおり、その髪は冷えきっていた。


「流れ星、きっと今日は見えないんだよ」
「ンなことねぇよ」
確かに、今夜は流れ星が見えるって噂は流魂街中に広まってたけど。
そんなの関心ないって顔で聞き流してたくせに、もうかれこれ2時間立ち通しなのだ。
季節は、4月下旬。春ではあるけど、夜に膝丈の着物一枚じゃさすがに寒いだろう。


「どうしても、中入らないのね?」
「ほっとけ」
ほんとに、なんでこんなにナマイキに育っちゃったんだろう。
少なくともおばあちゃんとかあたしの責任じゃないと思う。


「しょーがないわね」
シロちゃんは、あたしを見下ろして眉間にシワを寄せてみせた。
「おい、何やってんだよ?」
「何って、一緒に流れ星を待つのよ。隣通しで座ってたら寒くないでしょ」
「はぁ? 湯冷めするぞ?」
「ちょっとくらい平気よ」
そう言ってすとん、とシロちゃんの横に腰を下ろしたあたしは、少し乱れた裾を手で直した。
そんなあたしをシロちゃんは呆れたように見てたけど、
やがてふぅ、とため息をついて、あたしの横に腰を下ろした。



子供の体温って、高いんだなぁ。
口に出したら間違いなく怒られてしまうだろうことを、思う。
春の生暖かい空気の中、ぽっかりと朧月が浮かんでいる。
ちょっとくらい流れ星が流れたって、きっとこの月の光に掻き消されてしまうだろう。
でも、それならそれでいいんだ。
この本当になにげないひと時が少しでも長く続けば、あたしはそれで幸せよ。


そう思った時、右肩にふっと重みが加わった。
「シロちゃん? ……寝ちゃったの?」
あたしにもたれかかるように、力を抜いてきたシロちゃんの体を、慌てて支えた。
規則正しい寝息が聞こえてくるのを見て、思わず微笑んでしまう。
確かに、シロちゃんが普段起きてられる時間を、とうに過ぎてるもんね。
起さないようにそっと、その小さな体を抱きかかえる。


今だけは、あたしのものになってくれるよね?
いつもは、何だかあたしの腕をすり抜けて、どこか遠くへ行ってしまうような気にさせられるけれど。
あどけない寝顔を見下ろして、あたしはそっと呟いた。




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「おやすみ」


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冷たく言い放たれた、その言葉。あたしの全身が、小刻みに震え続ける。
違う。この言葉はこんな風に、永久の眠りを強制するものじゃない。
こんな風に、冷酷で、
「藍染、隊長」
虚空を見上げるあたしの唇は乾いていて、唇から漏れる言葉は途切れた。
その栗色の髪。鳶色の瞳。白皙の肌。どれもあたしが敬愛してやまなかった人のはずなのに、
容れ物の中に入っている魂は、別のヒトのようだ。


「お願い、お願い、します、」
目の前で、銀髪が鈍く輝く。その髪は、血でところどころ汚れている。
見下ろせば、深く俯いたその額から頬にかけて、新しい血がどんどん流れ落ちてゆくのが見えた。
「日番谷くんを、助けて……」
ぎゅっとその体を、抱きしめる。でもその体からは、少しずつ命が既に出て行こうとしている。
それを止めようというように、強く、強く。
でもその脱力した体は、いくらあたしが抱きしめて声をかけても、ピクリとも動かない。
日番谷くんが流した血は、あたしの死覇装の肩に、胸にしみこみ、じわじわと生暖かさが広がってゆく。


地響きが、眼下の街に広がってゆく。
空座町が、ついにその姿を消そうとしている、断末魔の音だ。
でも今のあたしには、それに意識をやっている余裕はなかった。
日番谷くんが、このままじゃ。
起きない眠りに、ついてしまう。
「日番谷くんっ!」
あたしの慟哭に、藍染隊長がどこか恍惚とした笑みを浮かべる。
ああ、
あたしはそれを見て、やっと理解する。
もう、あたしたちは生きて帰ることはできないんだね。
それでもいい、と思った。
日番谷くんを腕にかかえたまま、びっくりするほどに強く。
意識が、体が、落ちてゆく。
あたしはそっと、腕の中の日番谷くんに呟いた。


オヤスミナサイ。