※ジャンプ358話あたりの捏造話です。
 その後の展開は見なかったことにします。



あの少年は、天に愛されている。
そして自分は天の怒りを買ったのだと気づいた時には、すでに遅かった。

「……これで終わりだ、十刃」
漆黒の雲に渡る稲妻が、巨大な氷龍の上に佇んだ少年の輪郭を照らし出す。
紅蓮の瞳を持ち、それ自体一つの意思を持つ生き物のように見下ろしてくる氷龍は、
今まさに、地に立つ自分に襲い掛かろうとしている。

とんっ、と少年は龍の頭を蹴った。
「行け」
その呟きと共に、圧倒的な質量の龍が濁流のような勢いで殺到する。

あの質量を受け止めるなど、自殺行為以外のなにものでもない。。
とっさに身をかわそうとした時……耳元に、見知ったうめき声が聞こえた。
「ハ……リベル様、逃げて……」
「アパッチ!?」
生きていたのか!? 振り返った瞬間、龍がその場を直撃した。


***


「……アパッチ、スンスン。ミラ・ローズ……無事か」
ガララ、と崩れ落ちた壁を押しのけ、私は身を起こした。
起こした途端、腹の底からこみ上げてくるものに、口を掌で押さえる。
押さえた指の間から、鮮血がポタポタと落ちた。
「くそ……」
私の左腕の上に圧しかかった氷の塊が、動きを邪魔していた。
思い切り引いてもびくともしない。

「どこだ……!?」
私が立ち塞がったため、彼女らにぶつかった威力は相当殺されたはずだ。
しかし、炎に焼かれ、氷に貫かれたことを考えると、命があるかどうかも分からない。

「ハリベル……様。ご無事ですか」
かすかな声に、私は目を見開いた。
「スンスン! 三人とも、無事なのか!」
「私達はもう助かりません、逃げてください……っ」
返したのはミラ・ローズだった。しかし、その声も今は苦痛に割れている。
霧と土煙の向うに、崩れた建物が見えた。
凍て付いたその下に、三人の頭がかすかに見え、息を飲む。
彼女らの下の地面は、真っ赤に血塗られていた。

助からない……だと。
一体どうしてこんなことに。
私は、ぎりっと歯を噛み締め、抜けない左腕を睨みつける。
そして、右手で刃を手に取った。

破面として生きる限り、死神の影に怯えねばならぬ。
死神に対抗するためには、力が必要だった。
三人のために強くならねばと願い、そのために藍染に従ったのだ。
望んだのはこんな結末ではない。

「ハリベル様、奴が来ます! 逃げてください!」
スンスンの声を聞くまでもない。あの少年の霊圧が、少しずつ近づいてくる。
もう、一刻の猶予もない。悟ると同時に私は刃を取り、その切っ先を迷いなく自分の左腕に向けた。

ドッ、という音と共に、鮮血が周囲に撒き散らされる。
真紅のカーテンの向うに、翡翠の瞳を見開いた、あの少年の姿が見えた。

「てめぇ、自分の腕を……」
「動くな」
もはや自分の言葉に、この少年を圧する力がないのは分かっている。
しかし私は、血塗られた刃を今度は少年に向ける。
肘の上から斬りおとした左腕からは夥しい血が流れ出したが、庇っている余裕はなかった。

「ハリベル様、もういいんです、お一人で逃げてください!」
その声に、ハッと少年が視線をそちらに向ける。
「てめぇの部下か」
「こ……の、クソガキ! あたし達がここにいるって知ってて打ち込んだんだろう! ハリベル様が逃げられないと、知ってて!!」
それは嘘だ。私は少年の顔を見返して、思う。
敵の背中から攻撃するのをためらわぬ、勝てればよいという戦い方をしていたが、動けぬ者を攻撃するような性質ではない。
短い立会いで、私は少しはこの少年を理解していた。


私は、少年を刃で牽制しながら、少しずつ三人の下へと向った。
少年は、動かぬ。呆然としているのか、その場に立ち尽くしている。
「ハリベル様……」
アパッチが、泣いている。私は彼女の下の壁に手をやった。
「案ずるな。私が助けてやる」
「左腕を失った体で! どうするんですか……」
刀を割れ目に差し込み、押し上げようとする。
これほどに私の力は弱かったか。

そう思った時……
「ハリベル様っ!」
ミラ・ローズの悲鳴が弾けた。
振り返った時、白銀の輝きが目の前に迫った。

「動くな」
少年が、私の眼前に刀を突きつけていた。
その翡翠の色は深く閉ざされている。
しかし、その奥に焼けつくような激しい怒りが燃えているのを、私は確かに見た。
「頼むっ、ハリベル様だけでも助けて……!」
「黙れっ!!」
突如響いた一喝は、なんとか這い出そうとしたアパッチを一瞬で黙らせた。

一度殺そうとした相手から、情けを受けようなどとはとても思わぬ。
私は、正面から睨みつけてきた翡翠から、スイ、と視線を逸らした。
そのまま背中を向けると、無言のままアパッチに手を伸ばした。
私にはまだ、三人を助けられる右腕が残っている。

「……お前らみたいな奴らでも、仲間の命は惜しいのか」
続けて発せられた声は、わずかに掠れていた。
「当たり前だろうが!」
アパッチが怒鳴り返す。
「俺の仲間を、あそこまで残酷に殺そうとしたくせに?」
はっきりと、その声が震えた。
「松本と雛森は、俺の大切な仲間だ! てめぇらは一体何をした? 笑いながら、なぶり殺しにしようとしただろう!」
その瞳は、今ははっきりと告げていた。
お前たちを絶対に許さないと。
「それなのによくも、今更仲間の命乞いなんてできたもんだな」

翡翠の瞳が、一気に光度を上げてゆく。
それと同時に、体の輪郭が光って見えるほどの霊圧が、身を覆ってゆく。
この少年の怒りを受けて、空がまた不穏に動き出す。

私は振り返り、少年を真っ直ぐに向き合った。
「……憎いか、私達が」
「当たり前だ」
「私も、死神が憎いさ」
「仲間を殺されるのが嫌なら、なんで藍染に手を貸した。殺されるのが嫌なら、殺す道を選ばなければいいだろう」
「言い訳をする気はない。……どちらかが死なねば、終わらぬのか」
「だから俺達は殺しあっている。違うか」
ヒュッ、と風を切り、刀の切っ先が私の額の前に据えられた。
私は束の間沈黙し、そして頷いた。
「そうだな。お前は正しい」
殺して、殺されて。回り続けてきた私達の螺旋は、今後も途絶えることはない。
「……私を殺せ」
「ハリベル様っ!」
三人の声が同時に弾ける。

私は、少年をゆっくりと見つめた。
「何をしている?」
絶対的優位に立ちながら、どうしてそんなに追い詰められた表情をしているのだ。
眉間に深い皺を寄せ、歯を食いしばって。
私が圧倒していた時も、これほど苦しそうな表情は見せなかったのに。

「……ちくしょう」
額に触れんばかりの位置にあった切っ先が、ゆっくりと離れ、下に落ちた。
それと同時に、肌を凍て付かせるようだった殺気が、少しずつ引いてゆく。
少年は一瞬空を振り仰ぎ、西側の岩の向うを見つめた。
あの岩の下では、アパッチ、スンスン、ミラ・ローズの三人が蹂躙した女死神が、深い傷に苦しんでいる。
「ちくしょう」
もう一度呟くと、私達を順番に見やる。力なく続けた。
「てめえらなんて死ねばいいんだ」

言葉とは裏腹に、ふぅっと息を吐き出し、力を抜くのが分かった。
それと同時に、巨大な氷の柱がいくつも現れ、私達の視界を隠した。
「……お前」
アパッチが目を見開き、少年を信じられないように見つめる。
その氷の柱は、三人を閉じ込めた瓦礫を押し上げていた。
「っぷはっ!」
三人が慌てて、氷の下からまろび出てくる。

「何故ですの? 何故、私達を……」
「うるせぇ、知るかよ黙ってろ!」
よろめきながらも訊ねたスンスンに、少年は激しく言い返した。
右の掌をぐっと顔に押し当て、天を仰いでいた。
「……虚圏へ帰れ。二度と顔を見せるな」

泣いているのかもしれない。それを見て、私は思う。
本当は、仲間を傷つけた私達を殺したくてしかたがないのに。
彼の心の中にある何かが、彼をそうさせない。
それが自分でも許せず、悔しくてたまらないのだろう。

止まった。
殺し殺される終わりなき螺旋が今、止まった。

「ハリベル様」
「……大丈夫だ、お前たちこそ」
手を貸し合って立ち上がろうとする三人を見て、思う。

この螺旋の中で生き抜くために、強く、強くありたいと願ってきた。
しかしこんな風に誰かの優しさを見せられるたび、
本当はなんのために力を欲していたか、原点に立ち戻る気がする。
私は背を向けた少年に声をかけた。


「……おい、少年」
「日番谷冬獅郎だ」
「お前、藍染の弱点を何だと思う」
「……?」
日番谷冬獅郎。そう名乗った少年が、ちらりと肩越しに振り返った。
何を言っているんだ、という目をしている。

「全てが計算に基づいていて、隙はない。敢えていうならそれが弱点だとは思わないか」
「何が言いたい?」
「ここでただ、戦いの行方を見守っているだけだと、本気で思っているのか?」
少年は機敏な動きで、上空へと視線を投じた。
「……まさか」
その瞳がじわじわと見開かれる。

「ソウル・ソサエティへ往け。時間がない」
私の言葉に振り返った少年は……一度だけ深く、頷いた。


超妄筆です。
現状、日番谷とハリベルの決着はついてません!
えへ。

[2009年 5月 25日]