ひらひら、ひらひらと雪が舞う。
音もなく降り積もる雪を窓の外に見て、日番谷はしばし、筆を止めた。
立ち上がり、窓を大きく開け放つと、窓から頭を乗り出した。
当然、その白銀の髪の上にも雪は降り注ぐが、日番谷は見上げるように顔を上げる。
氷雪系の力に目覚める前から、雪は好きだった。
子供っぽいと言われるから、口にはしないけれど。


「あーっ! 窓開けないでくださいよ寒いから!」
ちょうど隊首室に入ってきた乱菊が、同時に吹き込んできた雪を含んだ風に、身をすくめる。そして、ますます強くなる雪を見て、あーあ、と情けない声をあげた。
「もー隊長、雪降らさないでくださいよぉ」
「阿呆。これは自然現象だ」
日番谷は、窓を閉めて副官を振り返った。そんなに寒いなら、その全開になっている胸元をどうにかすればと思うが、口には出さない。


「知ってます隊長? 瀞霊廷じゃ雪のことを、日番谷隊長の白い憂鬱って呼んだりするんですよ。風流でしょ」
「ドコが風流なんだ」
日番谷は、はぁ、とため息をついて隊首机に座った。
そして、憂鬱の元凶を睨みつける。
「お前が働けば雪の量も減るかもしれねーぞ」
「そんなことより隊長♪」
話を逸らしたなコイツ。そう思う前に、乱菊はひょい、と日番谷の座る椅子の後ろに回った。油断ない瞳で、日番谷が肩越しに振り返る。その小さな肩に乱菊は手を置き、かがみこんだ。


「クリスマス、どうだったんですか? ちゃんとお願い、叶えてあげました?」
もったいぶった囁きに、日番谷は途端にウンザリした表情になる。そんなことかよ、と口の中で呟いた。
「過ぎたイベントの話を持ち出すのは、無粋じゃねーのか?」
日番谷はそう言うと、乱菊の顔に向かって筆を突き出した。本気の速さではなかったが、乱菊はおおげさに悲鳴を上げて跳び下がる。
「今の季節はコレだろ。福笑い」
「顔に墨で落書きするのは羽子板ですって」
もう一度、日番谷の顔を悪戯っぽく覗き込む。


「話逸らしてもダメですよー。どうなんです」
「叶えてやったよ、ちゃんと」
話はもう終わりだ、とばかりに、日番谷は硯を引き寄せたが、それよりも早く乱菊が硯と墨を取り上げる。その白魚を思わせるたおやかな指で、戯れに墨を磨りだした。


「あたしが言ってるのは、一護の願いごとの方ですよ。隊長がほっとけるわけないと思ったんですよねぇ」
「願いごとっていうか、悩みごとだろ、アレは」
「でも、隊長の耳には願いごとに聞こえたでしょ? だって隊長には、叶えることができるんですから」
シャッ、シャッ、と穏かな墨をする音が執務室に響く。それにつられるように、日番谷は筆をとった。




―― 「本当に一護って、妹思いよねー。ここまでするなんて」
今より一週間前。妹二人分の願いのめどをつけ、一息をついた一護に、乱菊は茶を出しながら言う。
―― 「ま、どっちにしろ、お前を訪ねようと思ってたんだ」
―― 「俺を?」
パラパラと書類を捲くっていた日番谷が、一護の言葉に訝しげな視線を向ける。確かに、草冠の一件で深く関わりはしたし、隊長格の中では関係がある方だろう。しかし、個人的な付き合いというのは特にないはずだが。


一護は茶を一口飲むと、日番谷に向き直った。その真摯な瞳にまっすぐに見つめられ、さすがに日番谷も手を止める。
―― 「お前、どう思う? 夏梨のこと」
途端に乱菊が茶を噴き出す。
―― 「えっ? あっ、いや、そういう意味じゃねえよ」
一護が狼狽し、乱菊と日番谷の前で手を振った。


―― 「どういう意味なのよ? 今のは他の意味に取りようがないわよ」
乱菊は笑い出したが、それを受けた日番谷の表情が案外まじめなのを見て、笑いを引っ込めた。
―― 「虚を引き寄せる、アイツの体質のことか?」
―― 「え? 夏梨ちゃんって、そうなんですか?」
―― 「俺と同じなんだ。それに、霊圧が最近どんどん高くなってるせいで、ますます虚を引き寄せてる」


どうしたらいいんだよ。そう言い捨てた一護の言葉が、常にないほど芯からつらそうなものだったから、乱菊も何もいえなくなる。背後から一護の背中に歩み寄ると、ポンと肩を叩いた。
―― 「心配は分かるけど。でも、アンタだって傍についてるでしょ? アンタの実力は隊長格と同等。虚に遅れをとったりはしないでしょ?」
一護は、唇を噛み締めた。
―― 「俺の母親は、虚を呼ぶ俺の体質のせいで殺されたんだ。もし夏梨も同じ目にあったら……」


乱菊は、それにはとっさに返事を返せなかった。黒崎一護の母親が虚に殺されて命を落としていることは、実は隊長格なら知っている。旅禍として侵入した際、旅禍たちの経歴はあっという間に洗い出され、隊長格には資料として配布されていたからだ。不運だな、と当時の乱菊はそう思っただけだった。「体質が呼んだ必然」だったとは、考えが及んでいなかったのだ。


―― 「要は、夏梨に虚が近づかねぇようにしたらいいんだろ?」
日番谷は、椅子の背もたれに背中を持たせかけながら、一護を見上げた。
―― 「そう! そうなんだよ。何か方法知らねぇか?」
―― 「考えてたことはある。まあ待て」
日番谷は、勢い込んで身を乗り出してきた一護を掌で制する。


夏梨に初めて会った時、すでにその特異な体質には気がついていた。霊圧が異常に高く、その上強い攻撃力も持たない夏梨が、虚にとって格好のエサであろうことはすぐに予測がついた。ただ、さらに最近霊圧が高くなった、というのは、日番谷にとっても誤算だった。
―― 「最近霊圧が高くなったのは、俺たち死神が接近しすぎたせいかもしれねぇな」
独り言のように続け、ため息をつく。
―― 「だとしたら、俺のせいでもある。心配するな、責任は取るから」
―― 「責任は取る?? 隊長、それって……」
―― 「だから! 松本、なんでお前はろくでもない方へばかり話を持って来んだ!」




「ま、『アレ』は、隊長がもらったものなんですってね。とはいえ不思議に思ってたんです。あれほどのものを手に入れておいて、隊長が総隊長にそれを報告しなかったことが」
乱菊がサラリと言うと、隊首机の引き出しを開ける。勝手にあけるな、と日番谷が怒鳴る前に、悪戯なその指がトン、と引き出しの中の一角を突く。蓋が開いた小さな小箱がそこにはあったが、中身は空だった。
「ここに入ってたもの、どこへやったんです?」
日番谷が、途端に押し黙る。


「『いつか必要になるときが来る』って言われたんですってね。今だと思ったんですか?」
「……ホントーに、下世話だな、お前は」
日番谷は敢えなく降参する。
「なんで分かった?」
「だってあたし、ずっとそれ欲しかったんですもん。宝石みたいだったし。初めから、夏梨ちゃんにあげるつもりだったんでしょう?」
乱菊の問いに、日番谷は何も答えない。でもそれが返事なのだろうと乱菊は思った。


引き出しを音もなく閉めると、日番谷の翡翠色の瞳を間近から覗き込んだ。珍しく深刻な表情に、日番谷は問い返すように見返した。
「確かにあれを身に付ければ、虚なんて近寄れもしないでしょう。王家から直接賜った宝物なんですからね。ただ、瀞霊廷にある全ての賜物を合わせたよりも価値があるものですよ。それをただの人間にプレゼントするのが、まっとうなやり方だと思いますか?」
「……あぁ」
日番谷はためらいなく頷いた。その瞳は、わずかにも揺れなかった。


それをじっと見つめた乱菊の唇から、押さえられないように微笑がこぼれる。
「隊長のそういうとこ、あたしホント大好きです」
日番谷は、その明るい笑みに押されるように少しのけぞって腕を組むと、窓の外を見やった。
「雪が強くなってきたな……」
「憂鬱ってことですか? ねぇ、憂鬱になってきたって言いたいんですか?」
「今夜は根雪になりそうだ……」
「隊長、ヒドイです」
ま、自然現象だけどな。そう口の中で呟いた日番谷は、そっと心の中で微笑った。




バタバタ、と階段の上から聞こえてきた足音に、一護は顔を上げた。
「あ! 夏梨ちゃん、おはよ!」
「おはよ!」
遊子に元気よく返すと、テーブルで新聞に目を通している一護の向かいに、ちょんと座った。携帯でメールを打っているらしいその姿に、一護は視線を上げる。


「なんだよ、その格好。出かけるのか?」
「うん、サッカー!」
「サッカーってお前、雪降ってんぞ」
「降ってるけど?」
夏梨はキョトンとして見返してくる。雪が降ったらサッカーが出来ない、という頭はハナからないらしい、と一護はそれを見て察した。


「もう冬休み、ちょっとしか残ってねぇしな。今日はサッカーだし、明日は初詣だし……」
「夏梨」
一護は思わず、夏梨の言葉を途中で遮った。
「何? 一兄」
「お前……最近その、平気なのか? 虚、とか見てねぇか?」
遊子が持ってきてくれたパンをひと齧りした夏梨が、そのままの姿勢で動きを止めた。


「……あぁ、気付いてたの? 一兄」
見てくれてたのか。
気恥ずかしいような、嬉しいような、不思議な気分になる。
「なんでか分からねぇけど、ここ十日くらいは、全然平気だよ。虚どころか幽霊も見てない」
だから、正直に打ち明けた。
本当に不思議なくらい、毎日見えていた有象無象たちが見えなくなったのだ。気配すらない。だから、これまでのように外出を控えなくてもよくなったのは嬉しいが、理由がサッパリ思い至らなかった。


「一兄、なんかした?」
「いや、俺はなにも……」
してねぇよな、と口の中で呟く。
敢えて言えば、クリスマス前に日番谷に相談を持ちかけたことくらいだ。
―― 冬獅郎がなんかしたのか?
考えていたことがある、と言っていたが、それを実行に移してくれたのだろうか。考え込んだ一護の目の前で、夏梨の携帯のストラップが揺れた。
碧色のひときわ美しい輝きに、視線を奪われ……
「……あっ?!」
思わず声を上げた。


「……なに?」
「夏梨、そのストラップ、冬獅郎がお前にくれたもんだよな?」
「……え? う、うん」
「見せろ」
渋る夏梨から、奪い取るように携帯を手に取る。
銀色の輪と、皮製の花。そして蒼いガラス玉が何連も連なった、アクセサリーやジュエリーを思わせる繊細なデザインのストラップを、一護はじっくりと見た。蒼いガラス玉の中に、ひとつだけ明るい碧色のものが混ざっている。うまく取り付けられているため、一見ではわからない。しかしその輝きに、一護は見覚えがあった。


―― 緋鹿、恵蓮……王家の姫が、残していった宝玉じゃねぇか。
それは、もう何ヶ月も前。一護達が死神とバンパイアの戦いに巻き込まれた時にさかのぼる。
その明るい碧の眼差しは、今でも記憶に鮮やかによみがえる。彼女の歌声で、バンパイアと化した死神や霊たちは一瞬で浄化され、朽ちた建物は息を吹き返したのだ。そして、虹のように美しい姫は、それこそ虹のように教会から姿を消した。


―― 「ごめんなさいね」
謝罪の言葉とともに日番谷に残していったのが、その宝玉のはずだった。
確かに、あんなすさまじい力を借りれば、虚など近寄れもしないだろう。


―― しっかし、冬獅郎のヤツ……
それがものすごい宝物だということは、一護にだって分かる。そんなモノを、夏梨のためにポンとプレゼントするなんて。全くもって死神らしくない。……でも日番谷らしい、と心の中で言い直す。


「あ! 一兄、携帯光ってる。電話だ」
慌てた素振りで、夏梨が手を差し出した。
「迎えに来てくれたみたいだ、行って来る!」
パンを飲み下した夏梨が、携帯を片手に、立ち上がる。


「夏梨。お前これ、大事にしろよ」
その背中に、一護は声をかけた。
「う、うん」
ぎゅっと携帯を手に握り締めた夏梨を見て、一護はほろ苦く微笑む。理由を説明しなくても、きっと肌身離さず持ってくれるだろう。
「行ってきます!!」
夏梨の明るい声が、玄関に響き渡った。




その名を呼ぶのは、あなただけ ―― 完



2008年クリスマス企画が、ようやく完結できました^^;
今、2月……orz

[2009年 2月 8日]