いつもの夕暮れ、肩を並べて歩く日番谷と夏梨の影が道路に長く伸びている。
「おっ、とっ、と……」
ぐいぐいと先へ行こうとするシロの綱を持った夏梨はよろめいた。それを横目で見た日番谷が、夏梨に向かって掌を向ける。
「貸せよ、綱」
「いいよ」
「引っ張られてんだろうが。見てて危なっかしいんだよ」
返事を持たず、ぐいと横から綱を奪い取られてしまう。
夏梨は、綱を引かれてもよろめきもせず、どっしりと立っている日番谷を納得いかない思いで見る。
自分と同じような体格だということは、似たような体重のはずなのに、どうしてシロの勢いを支えられるのだろうか。
「……なんだよ?」
夏梨の視線を感じて、日番谷が振り返る。とっさに夏梨は、返す言葉に詰まって口ごもった。
言いたいことは、色々あった。おもしろいこととか、腹が立つことがあるたびに、冬獅郎にいつか話そうと思っていた。
それは、貯金箱にちょっとずつたまる硬貨みたいに、増えていたはずなのに……蓋を開けると、中身が見つからない。
「忘れちゃった。……思い出したら、言う」
「思い出せよ。気になるだろ」
無茶言うな、と言おうとして、思わず笑いそうになる。夏梨自身が学校で、言いたいことを忘れた友達に、同じことを言ったのを思い出したからだ。
何気ない、普通の会話。
そうだ、これだ、と思う。
あたしは、こんなやり取りを冬獅郎としたかったんだ。
と、思った時。
夏梨は、どん、と鼻先を先に行く日番谷の背中にぶっつけた。
「どうしたんだよ、急に立ち止まって」
日番谷は、そんな夏梨を振り返る。奇妙なものでも見たように、目を丸くしていた。
「お前、今俺を呼んだか?」
「へ? ……呼んでないけど」
夏梨は思わずあたりを見回したが、朱色に染まった道路には誰もいない。もちろん、何の物音も聞こえない。
なぜか、不意にぞっとした。
「……そうか。ならいいんだが。……何かに呼ばれたような……」
「全然よくないよ、そんな言い方。気になるじゃん」
途端に、うぉん、とシロが吼える。夏梨は思わずびくりと肩を震わせた。日番谷は、と見ると、シロが威嚇するように吼えた先を見ていた。
「……なんか、すごい家だな。神社かと思った」
「……ああ、その家。この辺で唯一、戦争で焼けなかったんだって。親父が言ってた」
神社のようだ、と日番谷が言うのも無理はなかった。鬱蒼とした木々が、その建物の周囲には生え茂っていた。樹齢も、そのあたりの木と比べて桁外れに上なのが分かる。
木の葉の間を透かし見ると、今にもきしみ音を立てそうに古い日本家屋が垣間見えた。
「……誰か、住んでるのか」
「今はわかんないけど。ずっと空き家だと思うよ」
ふぅん、と日番谷は頷くと、のけぞるようにして空き家を見上げた。その途端、地面をしきりに嗅いでいたシロが、いきなり駆け出した。
考え事をしていたらしい日番谷の手から、綱がすり抜ける。
「ちょ……シロ!」
呼んでいる間もなかった。シロはがさがさと茂みを揺らし、屋敷に向かって姿を消した。二人は顔を見合わせると、シロの後を追った。
「シロ! もうダメだろ、人ん家の軒下なんか掘って……!」
駆けつけた二人が見たのは、縁側の下から床下に入り込み、せっせと地面を掘っているシロの後姿だった。
よほど興奮しているのか、ぴんと立った尻尾がびんびんと左右に揺れている。
ここ掘れワンワン、という言葉を夏梨が連想したのは無理も無かった。
「……なんか、財宝が埋まってるとか!」
止めるのも忘れて目を輝かせる夏梨の後ろから、日番谷が覗き込んだ。シロの前足の先に、穴が掘られているのが見える。ふんふんと鼻息も荒く、シロがその穴に鼻を突っ込んだ。まだ掘り続けるつもりらしい。
「残飯でも埋まってんじゃねぇのか?」
「もう、夢がないなぁ。ていうか空き家に残飯なんて埋まってないでしょ」
ここは空き家だと思えば、自然と声も大きくなる。
「でも、犬が反応するものなんて……ん?」
眼を凝らして、更に穴を掘り続けるシロの前足の先を見やる。と、口を突っ込んだシロが、何か白く長いものを引っ張り出した。
それを見た途端、夏梨ははぁ、とため息をついた。
「なーんだ、骨か。やっぱ残飯かぁ」
「……ま、食って食えねぇことはねぇだろうけど。勇敢だな、夏梨」
「? どういう意味」
「人骨だぞ、それ」
途端に夏梨は、バカッと音を立てて日番谷の後頭部を殴った。
「なんで俺を殴る!」
「何でそんな冷静なんだよ!」
夏梨は慌ててシロに駆け寄った。そして力任せにその骨を引っつかみ、背後にぐいと引く。
シロは恨みがましい顔をしながらも、骨を離した。自分の手の中に納まった骨を見下ろした途端……手から力が抜け、骨が地面に転がった。
間違いなく、これは人骨だ。
手に持った途端、それが分かってしまった。
対照的に冷静そのものの顔をした日番谷が、その骨を拾い上げる。そして、穴をもう一度覗き込んだ。
「どんどん出てきそうだな」
のんびりした声だった。見ると、確かに穴の向こうに、ほの白いものがいくつも見えた。
「ああああんた、なんでそんな普通なんだよ?」
「なんで死神の俺が骨を怖がらなきゃいけねぇんだ。大体お前だって、幽霊見ても平気な顔してるだろうが。なんで骨はダメなんだ」
「だ、だって、110番しなきゃ!」
「百当番? って何だ?」
そう言って、こんな事態なのに夏梨は自分でおかしくなった。
幽霊を見たって110番する奴はいない。でも骨だったら連絡しないといけない。だから骨はダメだなんて理屈はない気がする。
「めんどう臭ぇな、戻しておくか。埋めとけ、シロ」
「ダ、ダメだって!」
ぽん、と日番谷が骨を投げ、穴の中にスポンと納まる。
「なんでダメなんだよ」
二人が言い合っていた時だった。がらら、と突然無人のはずの屋敷の、雨戸が開いた。
「……え」
夏梨は思わず絶句した。
「どなたですか?」
縁側に現れたのは、まるで京雛のような雅な雰囲気を持つ、透き通すような肌の一人の女性だった。