スマキにされて川に放り込まれる夢を見た。
ハッ、として暗闇の中で目を見開くと、俺の胴に腕を回して、万力のような力で締め付けている女の影に気がつく。
締め付け感の正体はコイツか。

「雛森?おい、雛森っ!」
呼びかけるが、アイツはスウスウと平和そうな寝息を漏らすだけで、全く目を覚まさない。頬に浮かんだのは、かすかな笑み。


一体、どんな夢を見てるんだか。
俺は、そっと雛森の腕を外し、布団から抜け出した。



障子を開けて土間に下りると、湯飲みに水を汲んで、一気にあおった。
粗末な格子窓からは、白く澄んだ月が見えた。
ポチャン、ポチャン、と蛇口から静かに落ちる水滴の音と、
雛森の寝息が、暗い夜の空気の中で、シーソーのように定期的に引き合っている。


雛森が、この潤林安の家に戻ってくる回数は、少しだけ減った。
目標があるんだと、笑顔で言ってた。
それは、目標という言葉に名を借りた、憧れだってことを俺は知ってる。


何か気に食わないって気分にはなる。
でも、それにしてもアイツは、その男の話をするとき、なんて嬉しそうに笑うんだ?
それはもう、呆れてしまうほど。
つられて、笑ってしまうほど。


なんだか平和な気分になってしまった自分を、後でバカにすることがある。
そして思うんだ。
男だから、女だからなんてつまらねえことを言う気はねえ。
でも俺は、お前にだけは負けたくないんだ。
「シロちゃんは、あたしがいないとダメなんだねえ」
そんなこと、二度といわせたくねえと思うんだ。


雛森が、俺のことを弟みたいに思ってることは知ってる。
でも、俺は弟なんて呼ばれたくねえ。
少なくとも、お前と対等でいたいんだ。


でも何でだろう、対等になったと思うほど、お前が遠ざかっていくように思えるのは?



ひとやすみ様よりお題をお借りしました。 01〜10話「ちょっぴり切ない10のお題」 雛→日の「遠ざかっていく背中」と対になってます。

[2009年 2月 28日]