「おー、帰ってたのか、夏梨、遊子!」
台所にのっそりと入ってきた一護は、夏梨と遊子の姿を見つけて言った。
高校も小学も、春休みは今日で最後。明日から始業式だ。
一足早く学校に行く用事でもあったのか、一護は高校の制服姿だった。

「ただいまー、おにいちゃん! お土産いっぱいあるよ♪」
上機嫌の遊子が、台所の上を指してみせる。
「おー、サンキューな」
何気なく袋の中を覗き込んだ一護が、袋の中のものをつまみあげて……バッと顔を上げる。
「これ、パッケージに帝都ホテルって書いてあるぞ? すっげー高級ホテルじゃねえか!」
「うん! すんごいゴージャスだったよ! クッキーとかチョコとか、お土産いっぱい買ってきちゃった!」
遊子は、邪気のない顔でにこーっと微笑んで、引きつった一護の顔を見上げた。

「来ちゃった……て、どうやってだ? 誰の金だ? おい、夏梨!」
「いーんだよ、食っちゃえよ、一兄!」
焦る一護の言葉を受け流しながら、夏梨は頬杖を付いて、カレンダーを見やった。
―― そろそろ、届いてるかな……


「まーゆーりーん! あ・そ・ぼー!!」
十二番隊舎の入り口では、草鹿やちるが大声を張り上げていた。
「今日は、どのようなご用件でしょう?」
門を開けて現れたのは、副隊長のネムだった。
やちるの姿を見つけると、その場にしゃがみこんで、やちると視線を合わせる。

「うん! ひっつんに頼まれたの! まゆりんにお土産を渡すの!」
ネムは、やちるの右の手のひらに積み重ねられた箱を見やる。
「まぁ。それはありが……」
言いかけたネムは、しゃがみこんだまま、上を見て……彼女には珍しく、言葉をとぎらせた。


「なんだネ。騒々しいネ! これだからガキは嫌いだよ」
ぶつぶつ言いながら、涅マユリが、隊舎の二階の窓を開けた。
「ン?」
目の前に映ったのは、積み上げられた箱・箱・箱。その先を追うと、地面に立つやちるの手のひらに行き着いた。

「一体……何段重ねしてるんだヨ!」
曲芸よろしく、何十……いや、何百の箱を積み重ねて持ったやちるは、マユリを見て、満面の笑顔で叫んだ。
「まゆりん!! E・○の人形焼、買ってきたよ!」
「加減ってものを知らんのかネ!」

 

「ん?今なんか、涅隊長の声聞こえませんでした?」
十番隊執務室の長椅子に腰掛けた乱菊が、窓の外をチラリと見やった。
「気のせいだろ」
墨を筆に含ませながら、日番谷はパラリ、と書類をめくった。
―― いつもと違う……
乱菊は、注意深く日番谷の横顔を見やる。

草鹿やちると組んで仕事をした後、日番谷は、大抵機嫌が悪い。
今回は特に、他の誰もが嫌がった仕事を、隊首会で押しつけられた、と聞いていた。
どれほど爆発寸前で帰ってくるか……と、ハラハラ半分、ワクワク半分で待っていたのだが。
その無表情を、じーっ、と見つめる。
―― 今日の隊長は……機嫌が、良いわ!


「何見てんだ松本……」
「え?」
気づけば、10センチくらいの至近距離で、日番谷の顔を見つめていた。
「とっとと席に戻れ!」
一喝され、すごすごと乱菊は席に戻る。席に戻ってから、日番谷の様子をこっそり伺うと。
―― 笑った! 今、絶対笑ってた!
日番谷は、カレンダーを見て、ほんのちょっと上げた口角を、すぐに元に戻した。

 

「いや、全く」
浦原商店の縁側で、浦原は夜一と並んで座っていた。並んで……といっても、今日の夜一は黒猫の姿である。
「おぬし……ほんっっっとうに、悪だのう」
「とーんでもない」
浦原は、こんな時でも取らない帽子の鍔の奥から、目をキラーンと光らせた。

「レプリカ空間を作り出したらどうなるか? ていう実験も出来たし。
あの子たちも遊園地で楽しめたし。言うことなしじゃないですか♪」
「……そのセリフ、日番谷冬獅郎に聞かれたら、この商店なんぞ氷漬けにされるぞ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。そうなったらジン太とウルルが止めてくれますから」
ひ……ひどすぎる。
夜一は、古い付き合いのこの友人との関係も、見直し時かもしれない……と、浦原の顔を眺めた。

ホンモノそっくりの擬似空間を作り出し、ホンモノの空間は、ソウル・ソサエティに転送してしまう。
それは、藍染に狙われている空座町を護るための大切な切り札だ。
しかし、実験の過程で、霊魂が集まりやすい場所に、次々と異空間が生まれてしまったのは、絶対ただの誤算だと思う。

―― 気の毒なのは、こんな尻拭いに駆り出された死神か……
「異空間」を作り出したのが藍染でも破面でもなく、ここにいる浦原だと知ったら、どんな顔をすることか。
そう思ったとき、
「店長!」
ジン太の声が聞こえて、夜一は言葉を止めた。


「手紙来てんぞ、店長に」
エプロン姿で入ってきたジン太は、縁側にポイ、と封書を置くと、すぐに駆け足で店先へと戻った。
「おや。クレジットカードの支払いですね。今月は、あの遊園地の支払いでちょっと多いかも……」
そう言って、封を切って中を取り出した浦原は……
「どうした、浦原」
しきりに目をしばたかせている浦原を見て、夜一は後ろから支払い明細を覗き込んだ。

「……ゼロがいつもより2個ほど多いんですけど。気のせいですかね」
「……浦原。おぬし、やられたぞ」
「くぅ……っ、世知辛いマネをしてくれますね……」
痛恨の一撃。うめく浦原を見て、廊下に潜んでいたジン太とウルルは、同時にぐっ、と拳を握り締めた。
しかし、二人は知らない。
二人はもちろん、遊子も夏梨も、日番谷もやちるも、知らない。浦原の懐に、今度は「○ズニー○ンド」のチケットが6枚、忍ばされていたことを。

 




BLEACH IN WONDERLAND FIN.