こっちに来たらどうだと言われて、私は思わず考えた。
光みたいに、何の屈託もなく「うん!」と頷いて、子犬みたいにちょこんとクレフの傍に行く、そんな私は私じゃない。
何も言わずににっこりと微笑んで傍に歩み寄る、風みたいに大人びた仕草も似合わない。

「来たわよ」来ましたが何か? という目でクレフを見下ろして、「視線が遠くてちょっと見下ろすのに首が痛いわね。あ、でも立ってもあんまり変わらないわね」と付け足してみた。
「おまえは本当に可愛げがないな」
急所をつかれたクレフがヒクリと引きつった。私はにっこりと笑った。
「他人は自分を映す鏡だというわよ」
「セフィーロでは言わない」
「私たちの世界では言うのよ」
互いに指差し合って、自分の世界を主張し合っている時に、ふと気づいた。
「そうだ! そういえばクレフ、なんでクリスマスなんて知ってるのよ?」
「ヒカルが教えてくれた」クレフはこともなげに言った。そして、にやりと笑った。「私が知らないと思っていたのか」
「うっ」
図星だ。たまにはこっちが、クレフに教える立場になってみたいと思っていたことまできっと見抜かれている。それを分かった上での今回の仕打ち。
「クレフって、女の子にもてないでしょ!」
苦し紛れに言い返すと、カクン、とクレフの顎が掌から落ちた。
「私は子供の姿なのだ。異性にもてるも、もてないもあるか」そしてつくづくと私を見返してきた。「おまえこそ、そんなポンポン口が出るようで嫁の貰い手はあるのか?」
なんだか痛いところをつかれた気がする。私はフン、と強がって長い髪をなびかせた。
「これでも、クレフ以外にはおしとやかなお嬢様で通ってるんだから」
「本当か!?」
「驚きすぎよ!」
お互いになんとなくにらみ合う形になる。そしてどちらともなく、ふー、と息をついた。

「おまえといるとどうも調子が狂うな」
それはこっちの台詞だ、と私は思った。本当は、普通にしていたいと思っているのだ、特にクレフと話す前は。他の人と話している時なら、何を言われようと微笑んでいる(本心かどうかはとにかくとして)ことができるのに、クレフといるとどうも調子が狂う。我ながら「可愛くない」とも思っている。次こそは、普通に話そうと思っても、顔を合わせたらいつだって言い合いになってしまう。そして、別れた後になって、自分が言ったことを思い出して、心からいたたまれなくなるのだ。

クレフには絶対、こんな心境は分かるまい、と思う。「もてないわよ」などと強気に言い放っておいて、影で落ち込んでいるなんてことは。だったら初めから言わなければいいだろうと不思議な顔をされそうだ。

そう思いながら見ていると、クレフは立ちあがろうとした。
「せっかくのパーティーだ。お前も楽しんでいけばいいだろう」
行ってしまう―― なんとなく残念な気持ちになって、私は自分で自分に驚いた。でも、引きとめる理由も思いつかない。そう思ってクレフを見下ろした時、彼の掌の上で必死に存在を主張している赤いものが視界に止まった。
「あのー、このサンタクロースが何か言いたそうなんだけど」
「ん?」
クレフもそっちを見た。こんな近くで、小さな人形が両腕を必死に振っているのに、驚くどころか気にも留めていないなんて、どうかしていると思う。
「これもあなたの魔法なの?」
「『意志』を持たせてみただけだ。どんな『意志』をもつかは、与えてみないと分からないが」
「ふぅん……」
さっきの雪の強行軍でとれかけた綿の髭を押さえながら、サンタクロースは片手で自分を手招いている。
「……『私を見て』?」
思ったままを口にすると、首を横に振られた。違うらしい。
「……『私に欲しいものを言え』とか?」
ぶん、と首を大きく縦に振った。どうやら、このサンタクロースは、サンタクロースだけにプレゼントをしたいらしい。

うーん、と私は首をひねった。
「お願いしたいのは山々なんだけど、……その、大丈夫?」
5センチくらいしかない、帽子も髭もとれかかり、びしょぬれになった人形。馬鹿にする訳ではない、ないが、一体何ができるというのだろう。無理しないで、と思わずにはいられない。680円で買ったのは自分だし。
「おまえのクリスマスにかける思いはそんなものだということだな。次はもっと立派なのを買え」
「あのね、クレフには分かんないでしょうけど、私にはお小遣いってものがあるの!」
「オコヅカイ?」
「使えるお金は限られてるのよ! しょうがないでしょ、まだ子供なんだから」

私達の会話をよそに、サンタクロースは下に伸ばした両腕の掌を赤いズボンの前で合わせて、首を伸ばすようにして私を見上げている。完全に「何をいたしましょう?」という御用聞きの格好だ。うぅん、ともう一度唸ってしまった。ここは、「生意気、口が多い」と思われているに違いない自分の評価を変えるチャンスではないか。可愛い、女の子らしい願いを……そう思っていた時、クレフが口を挟んだ。
「大事なものは、物ではないぞ、ウミ」
「わっ……わかってるわよ」
「おしとやかな女性になれるよう願っておけ。まあ、無理……」
「クレフのおでこに『肉』って書いて」
私は何を言っているんだ! もう一人の自分が叫んでいるけど、クレフに聞こえなければ意味はない。クレフには意味が分からなかったはずだけど、何となく嫌な予感がしたらしくて、立ち上がった。ひょい、と肘かけに下りたサンタクロースが、首をかしげてクレフと私を交互に何度も見た。何度も、何度も見た。

そして、ようやく分かったような顔をすると、不意に一度、頷いた。

サンタクロースがひょいと地上に飛び降りる。落ちる、と思った時、耳元でシャン、と鈴が鳴る音がした。音がした方を何気なく見やって驚いた。3センチくらいしかない小さな、小さなトナカイが二頭並んで、鈴のついたこれまたちいさな無人の橇(そり)を引いている。トナカイのうち一頭の鼻は普通だが、もう一頭は赤い。サンタクロースは、ちょうど自分の真下に来た橇に器用に飛び降りた。
「わあ……」
私は思わず、声をあげていた。サンタクロースを信じていたほんの子供のころを、ふと思い出していた。サンタクロースは私の両腕の間を縫うようにすり抜けると、ふっ……と空中でトナカイごと掻き消えた。

「……いっちゃった」
さみしく思ったのは事実。一方のクレフは、慌てて額の宝石を外していた。
「願いをかなえたから行ったのだ。何か余計なものは書かれていないか!」
「うーん。書かれてないわ」
ちょっとだけ残念だったが、その白い額には何もなかった。珍しく慌てふためくクレフを見ただけで、よしとする。ちらりと私を見たクレフが、急にぐいと私の両手を掴んだから、私はぎょっとした。
「な……な、何よ!」
「見ろ」
私の両手を示してみせる。何事、と思って見下ろしてみて、思わず「あ!」と声を漏らしていた。

ネイルの柄が、変わっている。右手の指から左手の指まで、ずらりと知っている人の顔が並んでいるのだ。右手の親指には光、人差しには風、中指にはカルディナ、薬指にはプレセア……というように。私にとっては、大切な人ばかりだった。私はつくづくそれを見下ろしてみて、そして急に笑いがこみあげてきた。
「そうね――たしかに、前のネイルより、こっちのほうがぜったい、いいわ」
あの小さなサンタクロースは、みんなと一緒にいたい、という私の願いに気づいてくれていたんだろうか? 分からない、でも気持ちがいつになく、ほっこりとしていた。
「それなら、願うまでもない」
クレフは額の宝玉を直すと、にぎやかな声が聞こえている部屋の外を指差した。
「クレフには、叶えて欲しい願い事とかはなかったの?」
クレフの背中に声をかけると、彼は肩越しに振り返った。
「……。それは、秘密だ」
「ケチ!」
「でも」クレフは頬に、屈託のない微笑みを乗せた。「今のお前の表情は、中々可愛かったぞ」
「な、な……何よ!」
大体「でも」とつなげる意味がわからない。私は口をぱくぱくさせたが、うまく言葉が出てこなかった。

***

それから、3日後。私は東京、代々木公園のあたりの小道を歩いていた。近くにはカフェが並んでいて、店内にはたくさんの人たちが笑いあっているのが見える。行き交う人も動物さえも、もうすぐやってくるお正月を考えてか浮き浮きとして見える。クリスマスのことは、まるでみんなもう忘れたかのように、口にしない。

私は自分の両手を見下ろした。親指の光も人差し指の風も、とても小さいけれど笑っているのが分かる。きっと今、東京のどこかでこんな風に笑っているんだろう。そして、最後――左手の小指を見て、私はくすりと笑ってしまう。何度見ても必ず頬が緩んでしまうのだ。小指には、誰の姿もないように見える。でもよくよく見ると、茶色と青に塗られた何かが見える。何だったっけ、と何度か考えて不意に気づいたのだ。―― これは、クレフがいつももっている杖に違いなかった。

クレフなら本当に、登場しろといっても嫌がって、でもちょっとだけ興味もあって、結果的にこんな見え方になりそうだった。大好きな人たちの中にクレフがいたことが、なんだかとても、嬉しかった。

そっと両手を撫でた時だった。
「あ、海ちゃん!!」
その声に顔を上げると、光が満面の笑みを浮かべ、手を振って歩いて来るのが目に入った。
「光! こんなところで会うなんて偶然ね」
東京で、特に約束したわけじゃないのにばったり会うのは初めてだった。珍しいこともある、と思った15分後、今度は風にばったり出会うことになる……のは、また別の話。




Christmas fin.



* last update:2013/8/26