耳を澄ませば、氷柱が育つ音や、霜柱が土を押し上げる音が聞こえてくるような。 あれは本当に寒い、冬の夜だった。 あたしと日番谷くん――当時はシロちゃんって呼んでたけど――は二人でおばあちゃんの家を抜け出し、その夜近づくっていう流星群を見に出かけてた。 こっそりやって来た東屋の屋根には白く霜が降り、設けられた木の椅子に座る気も起こらないほどに、寒い。 とくにあたしは、炎熱系の力を持ってるせいで冬にはめっぽう弱くて。 くしゃん、とくしゃみをした時、隣から溜め息が聞こえた。 「なぁ雛森。もう晴れやしねぇって。帰ろうぜ」 あたしの隣に立っていた日番谷くんはふてくされた顔でそう言うと、両腕をぐーんと夜空に伸ばして、大きな欠伸をした。 「で、でも! 今日見逃したら、十年後なんでしょ? そんなの先すぎるよ!」 あのなぁ、と日番谷くんは頭を掻く。そして、空を指差した。 「だからって、待っててもこれじゃしょうがねぇだろ」 あたしはしぶしぶ頷く。言われるまでもなく、空は分厚い雲で覆われていて、とてもじゃないけど晴れそうにもなかった。 「願い事、言いたかったのに」 しゅんとしたあたしに、日番谷くんはもう一度、あきれたみたいに溜め息をついた。 「十年後も一緒に来てやるから」 それは、十年前のつたない子供の約束。 その頃、あたし達はただ流魂街の中で、精一杯生きていた。 それから十年。共に死神になるなんて、夢にも考えてなかったね。 *** 青かった空に、ゆっくりとオレンジの幕が下りるころ。 あたしは決裁書類を抱えて、一番隊に向かってた。 10メートルはある広い大通りを、足早に歩く。寒いからか人気はまばらで、建物の影がながく道に差し込んでた。 通り過ぎる家々の中に、明かりはない。 それは……今日が、十年に一度の流星群が来る、星祭の日だから。 この日はどの家も明かりを最低限に落として、あたりを真の闇に近くする。 子供みたいに、流星群を待ち望むあたしを自覚する。 前回の十年前は曇りで、ひとつも見ることができなかったっけ。 この書類を届け終わったら十番隊へ行って、日番谷くんを困らせてみるつもりだった。 十年前約束したんだから一緒に見てよね、そう言って。 あんなささいな約束、さすがの日番谷くんでも覚えてないと思う。 でも強く言えば、ぶつぶつ不平を言っても、きっと約束を守ってくるはずだ。 あれから死神になって立場は変わったけれど、あの子の性格は変わらない。 「幼馴染」っていうあたし達の関係も変わらない。そう信じてた。 その時。ふと聞こえてきた、声を落としたひそひそ声に、あたしは足を止めた。 耳を澄ませると、間違いなく日番谷くんの声だった。女の人の声も、重なって聞こえる。 「……だから。私は、貴方が好きなんです」 びく! と全身が硬直する。 まさかあたしは、弟みたいに思ってたあの子が、告白される場面に立ち会ってるのか? 「好き」って言ったんだから間違いないよね、とドキドキしながら自分に言い返す。 決して、盗み見をしたいとか、そんなこと思ったわけじゃないのに。 反射的に目を向けたら、大通りからちょっと入った暗がりに、二人の影が見えた。 背中を向けているのは、日番谷くん。 斬魂刀を腰に帯びているから、虚討伐の帰り道なのかもしれない。 向かい合わせに立っている女の人の顔は、あたしの位置からは見えなかった。 「……気持ちは、受け取っておく。ただ俺は、恋人を持つ気も結婚する気も今はねぇ。 俺は、自分と十番隊の面倒を見るので精一杯だ」 返したのは、動揺してるあたしが滑稽に思えるほど、冷静な日番谷くんの声だった。 こんなことはよくあるのかもしれない、って思うほどに、その物腰は慣れてた。 あたしはここにいるべきじゃない。そう思って、慌ててその場から離れようとする。 その時、女の人の声が耳に飛び込んできた。 「……分かりました。でもお願いがひとつだけあります。抱きしめてくれませんか? それで……諦めますから、私」 抱きしめる。その響きに、あたしはまた動けなくなる。ざっ、と砂が鳴る音がする。 目を、逸らせなかった。 そっと日番谷くんが、その女の人の背中に腕を回して、引き寄せる瞬間から。 日番谷くんの横顔に、ドキリとする。 あぁ、いつの間に。いつの間に、こんな「男」の顔をするようになったの。 「悪ぃな」 すすり泣く女の人の声が聞こえる。 あたしは目を閉じて、その場を後にした。
TVさまよりお題をお借りしました。
「幼なじみに贈る5つのお題2」
知らない横顔⇒照れる夕陽にならぶ影⇒すこし前までできたこと⇒あの頃とはちがう⇒約束とひみつきち
と、連作になってます。
[2010年 1月 10日(2010年 4月 3日改]