ほぅ、と吐く息が白くなる。 一番隊に書類を提出し終えたあたしは、西門へと向かってた。 影法師が、ながく土の大通りに伸びている。 気分は、思いがけないくらい重くて、暗い。 どうしてだろう、と考えて、さっき図らずも目の当たりにしてしまった風景を思い出す。 ―― 「恋人を持つ気も結婚する気もねぇ」 その断りのための文句は、あたしにとっては別の意味でショックを与えてた。 恋人とか、結婚とか、そんな言葉が日番谷くんの口から出るなんて。 あたしの知ってる日番谷くんは、いつだって幼い子供だったはずなのに。 時間は確実に流れているんだと、思うしかなかった。 「おい雛森」 もの思いにふけっていたせいで、声をかけられるまで気づかなかった。あたしは、弾かれたように振り返る。 「ひ、日番谷くん?」 「……妙な時に来やがって」 日番谷くんは、そっぽを向いたままあたしに並んで歩き出した。 妙な時? しばらく考えて、いきなりあたしは赤面する。 「き、きき気づいてたの? あたしがいるって」 「まさか隠してるつもりだったのか? 霊圧だだ漏れだったぞ」 ……なんというウカツ。あたしは自分をバカ、ってののしった。 普段は、霊圧は消してるのに。日番谷くんが告白された衝撃に、忘れてしまってたらしい。 「つ、つきあっちゃえばいいのに! かわいい子だったんでしょ?」 とっさに、心にもないうわずった声が口から出て、あたしは自分でびっくりする。 日番谷くんが、女の子と「つきあう」なんて。二つの言葉がどうしても結びつかなくて。 「ピンとこねぇな」 そう言って、なんだよいきなり笑うな、と怪訝そうな顔をされた。 日番谷くん自身もそう思ってたんだ、そうだよね、と思うと同時に、その答えをあたしが待っていたんだと思いいたる。 だからってあたしが、日番谷くんのことを男性として好きってことは、これからもないだろう。 もちろんそれは、日番谷くんのあたしに対する気持ちも、同じこと。 でもね、あたしはもう少し、浸っていたい。 日番谷くんはあたしだけの大切な幼馴染だっていう現実(ゆめ)に。 ひゅうっ、と冷たい風が吹き抜けて、あたしはむき出しの首をすくめる。 すると、右肩にふわりとあたたかな感触があって、とっさに手をやった。 「……日番谷くん?」 それは、ついさっきまで日番谷くんが首に巻いていた、藍色のマフラーだった。 「寒がりのくせに、なんて格好してんだ。もってけ」 「え……いいの?」 「そのうち返せよな。俺は寒さは得意なんだ、知ってんだろ」 そして、あたしの返事を聞かずに、先へ行ってしまった。 沈みかけの太陽に、あたし達の影が映し出されている。 それに何気なく視線を落としたとき、思わず声をあげそうになった。 仲良くならんだ、日番谷くんとあたしの影法師。 日番谷くんの影のほうが、うんと長かった。 改めて顔を上げて、日番谷くんの後姿を見やる。 いつも見下ろしていたはずの銀色の頭を、今見上げていることに気づく。 その背中は、びっくりするほどに広く感じた。 「……日番谷くん」 「なんだよ?」 振り返った顔を、どうしてか真っ直ぐ見返せない。 「……先、行かないでよ」 日番谷くんは、何も返さなかった。その意味を考えてたのかもしれない。やがて、溜め息が聞こえた。 「……俺、今から流魂街のばあちゃん家に帰る。お前も明日非番だったら、来るか」 「う、うん!」 思わず声が弾む。ふたりで家に帰るなんて、ものすごく久しぶりだった。 遠ざかりそうになっていた何かが、ぐんと近づいたみたいで。 すると、日番谷くんがめずらしく、笑う声が聞こえて顔を上げた。 「……何よ」 「いや。相変わらず笑ったり急にへこんだり、面白い奴だな」 見られてることにまた赤面しつつ、あたしは後ろを振り返りながら歩き出す日番谷くんの背中を追った。
TVさまよりお題をお借りしました。
「幼なじみに贈る5つのお題2」
知らない横顔⇒照れる夕陽にならぶ影⇒すこし前までできたこと⇒あの頃とはちがう⇒約束とひみつきち
と、連作になってます。
[2010年 1月 10日(2010年 4月 3日改]