夕焼けの光が、河川敷にさあっと差し込んでいた。
わたしは河川敷の上の歩行者道路を、ぶらぶらと、あてもなく歩いていた。


河川敷は決して広いほうではないが、暖かな日差しの名残を楽しむ者たちでにぎわっていた。
口の周りに白い毛が目立ちだした犬と、ゆっくりと散歩する老人。
川の近くに座って、草むらに隠れるように、バイオリンを弾く若者。
バドミントンの羽をうちあい、歓声をあげる数人の子供たち。
マクドナルドの袋に手を突っ込み、なにやら笑顔で話している男女。
バサササ・・・
音を立て、鳩が2人の足もとから一斉に飛び立った。


夕暮れのあたたかな光が、彼らも、景色も、わたしさえも、包んでゆく。
光の中、向こうから歩いてくる女子高校生たちの姿をみつけ、私の足は一瞬止まりそうになった。
膝よりも少し上のスカートがそろって軽やかに揺れ、
笑いさざめいている彼女たちの気分を表しているようで、いかにも愉しそうだ。
ベージュのプリーツスカート。赤いネクタイに、白いブラウス。
空座高校の制服だった。


腰までまっすぐに伸びた黒髪の少女と、茶色の短めの髪の、背の低い少女。
2人とも、井上の同級生。
かつて、わたしがあの高校で生徒を装っていたときのクラスメートでもある。
わたしがソウル・ソサエティに戻った時点で、彼女らからわたしの記憶は削除されている。
まるでビリヤードの玉のように。
一瞬交差したわたしたちは、すぐに逆方向へと跳ね飛ばされた。
後悔、はしない。寂しい、とも思わない。
でも、その距離の遠さを、ふと思った。



目を伏せて、笑いさざめく2人の隣を通り過ぎる。
ふわり、と髪から、やさしい香りが届いた。
シャンプーの匂いと、土手の匂い、そして太陽の匂いが混ざり合った香り。
ふっ、と足が止まった。
・・・ふたりの笑い声の間に、わたしの笑い声が、まざった気がして。
もちろん、そんな訳はない。
それでも半ば無意識に振り返って・・・わたしは言葉を失った。
ふたりの間に、まるで違和感なく、本当に人間の子供のように、笑っているわたしが見えた気がした。
それは、ほんの一瞬。


―― そうだ・・・
わたしにも、現世で生きていた時代がある。
150年以上昔のことになるが。
やはり、こんな風に、友達と笑いながら歩いたこともあっただろう。
わたしは、全く覚えていないけれど。


「それでね・・・」
「あはは、ほんとに?」
気づけば、ふたりはわたしに背を向けて、笑いながら遠ざかっていった。
わたしは、中途半端な体勢で振り返ったまま、ふたりを見送った。


気づけば、夕闇は少しずつ濃くなっている。
いつもより深い色に見えるブルーのワンピースが、冷たくなった風に揺れた。
何を、やっているのだ、わたしは。
ふぅ。ひとりため息をついた。
「朽木さーーん!!」
その時、河川敷全体に響き渡った声は、わたしだけでなく、その場の全員を振り向かせた。
「まってて!」
栗色の長い髪をなびかせ、土手の向こうの道から駆けてくるのは、見慣れた姿。
顔いっぱいに満面の笑みを浮かべて、わたしに向かって大きく手を振っている。
大きく、胸の中にあたたかな気持ちがふくらんだ。
「おぅ、井上!!」
そしてわたしは、茜色の中で大きく手を振った。


ひとやすみ様よりお題をお借りしました。 01〜10話「ちょっぴり切ない10のお題」 雛→日の「遠ざかっていく背中」と対になってます。

[2009年 2月 28日]