きっかけは、ささいなことだったんだ。
重い体を引き摺りながら、まるで言い訳のように、日番谷は思う。

昨晩は、毎年恒例となっている朽木家での花見だった。
総隊長が声をかけて始まった、十三人の隊長だけが出席する会なのだが、市丸が隣に座ったのが間違いだった。
「明日、虚の討伐があるから飲めへんの? 十番隊長さんともあろうお方が」
そんなことを言われて、上等だと杯を受けた時点で、すでに酔っ払っていたのかもしれない。

頭上には満開の桜、空には朧月。
桜の下には緋毛氈が敷かれ、灯篭の光が花びらの形を浮き上がらせている。
どこからともなく、朽木家の家人が爪弾く琴の音色が流れてくる。

風流を解する頭は自分にはないと思うが、それでも酔いが回るのを手伝うくらいに美しいと思った。
周囲は夜が更けるにつれて温度がぐんぐんと下がり、花冷えの様相を呈している。
あら? 十番隊長さん?
そんな声を聞きながら、うとうとしたのがいけなかったのだろう。



今朝、何とか帰ったらしい自室で目が覚めてすぐに、不調には気づいていた。
発熱、頭の重さ、喉の痛み。どこからどう考えても、単純な風邪だ。
すぐ思い浮かべたのは、総隊長から直々に依頼を受けていた、正体不明の虚の討伐予定が今日だということ。
―― 四番隊で診察を受けた上で問題がなければ討伐へ行け。ただし一人では行動するな、誰か一緒に連れて行け。
もし、風邪を引いたのが部下だったら、自分は必ずそんな指示を出したに違いない。

しかし、結局日番谷は、診察を受けることもなく、副官も連れずに一人で討伐に行くことを選んだ。
たかが風邪だと甘く見たのか、酒の席で風邪なんてみっともないからか、どちらも理由ではある。
でも心のどこかで、こうなることを見越していたんじゃないのか。
そして、副官を巻き込むことを恐れていた。


日番谷は立ち止まり、その場に息をついた。
ただの傷じゃない。何らかの毒が含まれているのかもしれない。

―― あいつは、怒ってんだろうな……
蜂蜜色の髪に空色の瞳の、副官を思い出す。
隊長の背中を護るのが自分の仕事なのに、勝手においていくなんてどういうことですか。それくらいは言われそうな気がする。
すまないと謝れば、きっと心配そうな顔をするに決まっているのだ。
あの表情を見るのは、苦手だった。流魂街に残してきた、祖母を思い出すからだ。

隊長と副隊長の関係になって間もないが、不思議なくらい乱菊の言動は簡単に予測できた。
早く、帰ろう。あいつに謝らなければ。
そして、伝えなければ。お前を信頼していないわけじゃないと。
でも、理由をどう伝えよう?

そこまで考えて、日番谷はぐらりとよろめいた。