※日乱小説「花の名」の続編です。日番谷くんが大人になってます。
  日乱が夫婦で、子供もいるという特殊設定なので、OKな方のみどうぞ。
※雛森ファンの方注意! 雛森は既に故人です。



「青くなんかないですよねぇ。いつもと変わんないわ」
乱菊は、隊首室の窓を開けると、桟に両手をついて外に身を乗り出した。
腰まである、波打つ金髪が、月光にけぶるように輝いている。
豊かな果実のように張りのある胸に、バイオリンのようなくびれた腰。
子供を一人生んだとは思えない、奇跡的なスタイルが際だつ。
その青い瞳は、今は上空に浮かぶ満月へと向けられている。


「ブルー・ムーンのことか」
深く、落ち着いた声が隊首室の中から返した。あら意外、と乱菊は室内に視線を戻す。
「隊長、そんなことにも詳しいんですねぇ。なんだか知ってるんですか?」
「同じ月で、二度満月は滅多にない。その二度目の満月のことをブルー・ムーンって言うんだろ。子供でも知ってる」
「そんなことは、どうだっていいんです」
乱菊は子供のように唇を尖らせて、完全に室内に体を戻す。
ゆったりと隊首席に腰掛け、筆を走らせている人物に歩み寄った。

「他に何があるんだよ」
すらすらと走った筆が、硯に戻る。たっぷりと墨が満たされる。
ぱらり、と左手で、黒ぐろとした署名が記された書類をめくる。
「だーかーら、隊長は色男なのにもったいないって言われるんです。
ブルー・ムーンの意味なんて何でもよくって、見ると幸せになれるっていうのがポイントなんです」
「何のポイントなんだ」
切れ長の双眸から、翡翠色の瞳が覗く。見開くと驚くほどに透き通ったその目は、今は面倒くさそうに少し細められている。

肌の色はあくまで白く、髪は銀色。色素の薄い中で、その瞳がぐいと目を引く。
肩幅はがっちりと広く、隊首羽織の上からでも、逞しい体格が分る。かつては天才児と呼ばれた少年は、今やすっかり大人の男へと変貌していた。
「この、朴念仁……」
「めでてぇ女」
同時に互いの悪口を叩き、ムッとした表情で向き合う。次に口を開いたのも、二人同時だった。
「貴方はそんなおめでたい女の旦那様ですよね。おめでたいじゃないですか」
「お前はそんな朴念仁の嫁だろうが」
「……」
「……」
狙い済ましたように、ぼーん、と音を立てて柱時計が鳴る。
「……お前といると、たまに自分がバカに思えるぜ」
「あたしのせいにしないでくださーい」
ため息をついた日番谷とは逆に、乱菊は一瞬で気持ちを切り替えたように、嬉しそうに隊首机に歩み寄る。

「そんなことより! ねぇねぇ、現世でおいしいものでも食べに行きましょうよ♪
あの子も、今日は現世だって言ってたし、待ちあわせたりして♪」
「なぜ、今日」
「ブルー・ムーンだからでしょ」
とかいって、一週間前も二週間前も、なんやかんやと理由をつけて現世に引っ張り出された気がする。
そんなことを思いながら、日番谷は少し凝り出した肩に手をやりつつ、窓の外を眺めた。
「ブルー・ムーンっていうカクテルがあるそうだな」
「やだ、隊長らしくもない色っぽい台詞」
「『できない相談』って意味があるらしい」
「なにそれ。そんなオチですか? ヒドイです。ねぇ。あ・な・た♪」
スキップでも踏みそうに歩み寄り、日番谷の肩に手を置いてひとつ、ふたつ揉みながら乱菊が日番谷を見下ろす。
しかし日番谷は、それはそれは低い声で返した。
「……松本副隊長。この書類は誰が遣り残したもんだ?」
「え?」
視界に入らないようになどできっこないような書類の山が、あちらに、こちらに積み上げられているのを、乱菊は横目で見やった。
書類なんて片付けなくとも誰も死なない。という信念のもとにたまり続けた書類の山が、これだ。
「恨むなら、自分を恨め! ったく、こんな日に」
ぐうの音も出ずに、乱菊は引き下がる。
書類が日番谷にとって発掘されたのが明日だと思えば、今日くらいサボってもよさそうなものだが、日番谷にはそういう理屈は通用しない。
そういうところは、子供の頃から変わらない、と乱菊は思う。

――あら?
そこまで考えて、横目で、また仕事に戻ってしまった日番谷を見る。
「こんな日に」。そう、言ったのか。もしかして少しは、楽しみにしていたのか?
そこを突っ込んだら、ムキになって否定するのだろうけど。
「あいつが現世にいるんだったら、あとでブルームーンの感想でも聞いてみろよ。
……今日は虚退治だそうだが、あいつの能力なら問題ねぇ。才能は俺の遺伝だな。あいつは俺似だ」
「美人なのはあたしに似たんです! だから、あの子はあたし似です」
「あぁ?」
「なんですか」
日番谷の手が止まり、乱菊は押され気味だったのも忘れたように、睨み返す。双方、黙ったまま譲らない。
たっぷり五秒はにらみ合ったところで、二人とも突然我に返った。
「……仕事するか」
「はい。仕事しましょう」
自分に厳しい日番谷が、どれほど厳しい父親になるか……その予想だけは、全く地に堕ちた、と言ってもいい。
なにしろ二人は、瀞霊廷の「親馬鹿ランキング」で堂々の一位を争う存在なのだから。

「……なに、笑ってんだ」
うんうんとうなっていた乱菊が、不意に微笑を浮かべているのに日番谷が気づく。
「ちょっと、百年前のことを思い出してたんです」
「は? 百年?」
「こんなことになるなんて、夢にも思わなかったなぁ、って思って」
人生とは、ときどき、とても素敵なプレゼントをくれる。
あの頃、日番谷は雛森の、乱菊は市丸の面影に囚われていた。
絶望、という言葉を胸から追い払うのに躍起になっていた、あの頃。
もしもあの頃の自分に何か伝えられるとしたら、こう言いたい。
楽しみに、未来を待っていていいと。あんたに与えられたものは、夢にも想像がつかないほど、素晴らしいから、と。

「乱菊」
不意に呼ばれて、ハイ、といつもより1オクターブ高く返す。
職場では「松本」で通す日番谷が、まるで家にでもいるように呼びかけるのは珍しい。
30枚ほどの書類を、ひょいと机に滑らせて乱菊によこした。
「これだけが緊急だ。他は明日でいい。とっとと終わらせろ」
「ふふふ。なーに食べよっかな!」
「何を食うかは俺が考える。お前は働け」
そんなことを言いつつ、きっと乱菊たちが食べたいといえばどこにでも行ってくれるくせに。
幸せ、というものを。胸に引き寄せた気持ちになって、乱菊はまた微笑んだ。