毎週水曜日。それは――
火曜日にもなれば、次の日が来るのを首を長くして待ち、
当日は定時まで働くことなく、木曜日は余韻に浸るあまり眠ってしまう――
という、恐ろしい日である。

一体何があるんだ? と上司に聞かれ、乱菊は答えたものだった。
「女性死神協会の集会です」
はたかれたのは、言うまでもない。



***



「ったく隊長ったら、いつまで経っても心が狭いのよねぇー。週に1回の会合くらい、いいじゃない」
乱菊は畳の上に寝転がり、うーん、と行儀悪く伸びをすると、さも残念そうにぼやいた。
「今の話だと、平日5日間のうち、3日間は働かないってことじゃないですか! 日番谷隊長がお怒りになるのは当たり前です。
もっとまじめにやらないと、愛想つかされてしまいますよ?」
右手の指先でキュッと眼鏡を押し上げてぴしり、と言い放ったのは、乱菊のとなりで正座した伊勢七緒である。
ずず、と音を立てて、湯気のあがる湯飲みをすすった。

だらしなく仰向けに寝そべったまま、乱菊は七緒を見上げる。
「あたし達はラブラブなんだから、へーきよへーき。それより七緒こそ、あんまり婆さんじみてると、京楽隊長に捨てられたりして♪」
「誰が婆さんですか! 逆ならまだしも、ありえません。京楽隊長には、私が見捨てないことに感謝していただきたいほどです」
「私が」に特に力を入れて言い返す。
なんだかんだ言って、上司と自分の関係が切れるとは夢にも思っていないところで共通している。


「全く、うるさいのぅお前ら。おちおち昼寝もしておれぬ」
背中にふかふかとしたクッションを置き、もたれかかって眠っていた夜一が、軽く薄目をあけた。
瀞霊廷では珍しく猫ではなく人の姿だが、大きく背伸びしてあくびを漏らすその態度は、猫の時と大差ない。
隣のちゃぶ台で肘をつき、さっきまで夜一を幸せそうに見下ろしていた砕蜂が、その言葉を聞くなりキッと眦を吊り上げた。
「そうだ貴様ら、夜一様の眠りを妨げると……斬る!」
「そんな大げさな……」
乱菊は口を尖らせたが、いくら無体でも相手は隊長。一応静かになる。
やっと訪れた平和にも慣れてきた、ある晴れた晩冬の日の午後だった。
……ただし。場所は、朽木白哉の屋敷内である。

言い換えれば、朽木白哉の屋敷内に寄生した、女性死神協会のアジトだった。
屋敷中にモグラの穴のように張り巡らされ、半ば一体化したアジトを全て撲滅させるのは、もはや朽木邸を焼き払わない限り難しい。
アジト撲滅は「ルキアの危機を無視する」、「ルキアに言い寄る男を許容する」、と並んで、朽木白哉三大無理のうちのひとつだと言っていたのは酔っ払った京楽だったか。

この場所も、アジトという言葉から連想するイメージとはほど遠く、広々とした二十畳くらいの空間だった。
日当たりも申し分なく、朽木家の中でもここほど居心地のいい場所はそうないだろう。
広々とした窓から、午後の光が差し込んでいる。
ぽかぽかと暖かい場所に夜一が陣取り、七緒、乱菊、ルキア、砕蜂、そしてやちるが集合していた。
やちるは、朽木家の台所から拝借してきた金平糖入りの壷に、手を突っ込むのに余念がない。
(余談だが、子供のいない朽木家に金平糖が常備してあるのは、やちるのためだという噂もある)。

「草鹿副隊長、お茶をお持ちしました。金平糖ばかり食べていては、虫歯になりますよ」
「るっきー、ありがとう!」
やちるに茶を差し出して、口に運ぶのを見守っているルキアは、まるで小さな妹を見守る姉のようだ。
いつも豊かな感情を映し出している黒く大きな瞳は、今は穏やかに凪いでいる。
また眠ってしまった夜一を、砕蜂がうっとりと見守る。

キィ、とかすかな音を立てて、アジトのドアが開かれたのは、その時だった。
「遅くなりました!」
ひょい、と顔を覗かせたのは雛森だった。今日は非番らしく、梅をあしらったピンクの着物に、臙脂色の袴を身に着けた私服姿だった。
仕事の邪魔になるからと、普段まとめている髪も下ろしている。思いがけないほどに長く、腰に届くほどまで黒い髪が広がっていた。

「伊勢さん、前に言ってた本、持ってきたわよ」
風呂敷に包まれた本をひょいと出して見せると、七緒が珍しく嬉しそうな歓声をあげ、対照的に乱菊は溜め息をついた。
「あんたらねぇー、もっと楽しいことは現実にあるのよ! 本なんかにお金かけるなんて」
少女趣味なピンクの表紙に、飾り文字が躍っている。どうやら、現世で今流行っている恋愛小説らしい。
「現世から買って来てくれたのは日番谷くんですけど♪」
いたずらっぽい声音の雛森の言葉に、乱菊は飲んでいた茶を噴出した。
「マジで? 隊長が??」
似合わない。エロ本を買っているのと同じくらい似合わない。
くっ……と心の中で唇をかみ締めながら、いやいやレジまでその本を持っていく日番谷の姿が目に浮かぶようで、乱菊はおおっぴらに笑い出した。

「あたしが現世に行くっていうと、渋い顔するんです。俺が用事があるからついでに行くって。お金も払わせてくれませんでした」
雛森は苦笑する。まだ本調子ではない雛森を自分の目に届くところから放したくない。
そんな心配を、ぶっきらぼうな態度でしか示せない可愛い幼馴染に、思いを馳せているのだろう。

雛森はふふっと笑うと、乱菊を見下ろす。
「ていうか、ダラダラしてていいんですか? 日番谷くんも、この家に来てますよ」
「えー? なんで?」
途端に乱菊が跳ね起きた。
「なんでかは分からないですけど……さっきあたしがここに来るとき、日番谷くんがやってくるのがチラッと見えましたよ」
雛森がそこまで言った時、
「日番谷隊長がお見えになられました!」
遠くの方で門番の男の声が響き渡り、乱菊は首をすくめた。


「ウチの隊長と朽木隊長って、仲良かったっけ?」
「分かりかねますが……少なくともこの屋敷に日番谷隊長がお越しになるのは初めてのはずです」
乱菊の独り言のような言葉に、律儀にルキアが返した。
ルキアからしても全く理由に見当がつかないのか、首をひねっている。眠っているのかと思っていた夜一が身を起こした。
「何をやっておるか、砕蜂! 客間の映像を映し出さんか。この間、涅ネムが機材を取り付けておっただろう」
えっ、とルキアが絶句するのに構わず、ハイと返事をした砕蜂が立ち上がる。
そして、ちゃぶ台の隅っこに置かれていた、どう見ても昭和の香りがする古臭いテレビの電源ボタンを押した。
「玄関」「台所」などとシールが張られた箇所にダイヤルを合わせていくうちに、やがて「客間」にチャンネルが合わせられる。
ぶぅん……と昭和のような音を立てて、テレビ画面に客間の様子が映し出された。

「うっ……いつの間に、こんなものを」
ルキアが思わず呻くほどに、プライバシーがカケラもない代物である。
ダイヤル部分に書かれている部屋しか映されなさそうなのが救いだが、この調子ではチャンネルがどんどん増えていかないとも限らない。
テレビ自体はそれほど大きくないが、部屋の内部の様子ははっきりと伺える。

部屋の中では、床の間の方を向いた白哉が、筆を取っていた。映像からは何を書いているかは分からないが、畳の上に置いた半紙に何か文字を書き付けているらしい。
モニターに映し出された顔は、人形のように無表情である。少しだけ黄色の入った灰色の着物の上に、重厚な黒い羽織をまとっていた。
「白哉様。日番谷隊長をお連れしました」
障子の向こうに影が差し、家の者の声が聞こえる。うむ、と白哉が頷き、筆をおくとそちらに向き直った。
「邪魔するぞ」
障子が開き、日番谷が顔を覗かせる。こちらは、いつもの死覇装姿だった。

「呼び立ててすまぬな、日番谷隊長」
「かまわねぇ。こっちのほうが静かでいい」
穏やかな口調で言葉を交わす二人に、モニターに見入っていた乱菊は首をひねった。
「朽木隊長が、ウチの隊長を呼んだの? まぁ、確かに自分から行くことはなさそうだけど……」
何のために? という疑問が、その声にはたっぷりと含まれている。

同じ立場の隊長とは言っても、その出自が消えてなくなるわけではない。
最高位の貴族出身である白哉と、流魂街出身の日番谷には、無言のうちにも溝があったはずだ。
面と向かっての諍いこそないが、親しげに言葉を交わすことはない。
互いに、互いの存在が空気のように、関わるのを避けていたと言ってもいい。
ただ……部屋で向き合った二人を見た時、野次馬達は一様に、その雰囲気が似通っていることにいまさらのように気づいて息を飲んだ。

いつも冷静だが、身内の者に対する情が厚い二人の隊長。
年齢や外見はもちろん違うが、育った環境が違うと思えないほど空気は共通している。
「これが男女なら、逢引かと思うがのう。どう思う、砕蜂?」
夜一が興味しんしんにその様子を見守りながら、口を挟む。
「興味がありません。私は夜一様一筋……」
「シッ! 話し出したぞ。静かにせんか」
自分から話を振っておいたくせに、始まった二人の話に聞き耳を立てた夜一が話をさえぎる。
しゅんとした砕蜂をよそに、モニターの中の会話が聞こえてきていた。