「ありえない」設定多発です。ていうか、わざとありえなくしてます。
アニメのENDING23「STAY BEAUTIFUL」を下敷きにしてる時もありますが、基本的にかっ飛ばしてます。
どこまで続けるか不明ですが、お題的に、冬獅郎君が出てくるまでやります(笑
それでも笑って読んでやるって方はどうぞmm


***



死ね。さもなければ僕が死ぬ。
ケータイから流れる目覚まし代わりの「ジョーズ」を聞きながら、毎朝僕は全ての人類を呪う。

ベッドの脇に転がしてあったTVのリモコンを入れれば、飽きることもなく事件を映し出す。
引きこもりの20代の男が兄弟げんかをしたとかしないとか。
死者はいません。その言葉にホッとするのは、僕の性格がいいからじゃなく、ただ単に臆病者だから。

ベッドに腰掛けて床を見下ろせば、スーツが僕が脱いだ形のまま、ぺしゃりと潰れているのが目に入った。
昨夜……というか数時間前にへろへろになって帰宅し、スーツの上着と靴下だけ脱いで、ベッドにダイブした記憶がある。
スーツを見れば、普段僕の体にジャストフィットしているそれは、猫背気味に萎れていた。


一体誰を最も呪うべきなのか。そのスーツにまた腕を通しながら、僕は考える。
僕を午前様にさせた奴は一体どこのどいつだ。
昨日、いきなり職場の窓の外を、マント姿の男が飛んで行った、なんぞとのたまったクソガキ……
いや、お子様(彼は、僕の唯一の癒しである女性の弟だったりするのだ)のせいか。
それとも、あんな御託を間に受けて、僕に取材をしに行けと命じた先輩のせいか。
それは面白いと無責任にも喜んだ、どこか壊れた上司のせいか。

馬鹿ばかりだ。どいつもこいつも、甲乙つけがたい。
ただ、もっとも馬鹿なのは、そんな取材に明け方まで借り出されたこの僕、だったりするのか?
見るがいい、「空をマント姿の男が飛んでいきませんでしたか?」などと言った男に対し、世間の風がどんなに冷たいものか。
当然、目撃談など手に入るわけもなく、手がかりゼロで職場にたどり着けば、誰も残っているはずはなく。
社名が書かれた無愛想なメモには、先輩の文字が残されていた。
「明日は祖母の法事で、休む。迷惑をかけてすまんが、親孝行もしないとな。後は頼んだ −ヒサギ」

その時の絶望感を思い出して、僕は思わず頭をかきむしった。
洗面所の前には、髪も色艶なく、肌も蝋人形のような男が映っている。
誰なんだこの呪わしい男は。一瞬そう思って、自分だということに気づいて今までの十倍落ち込んだ。


***


朝の通勤電車の中には、憎しみが渦巻いていると僕は常々思っている。
目の前の座席大股を開いて眠りこけている女に「死ね!」と念を送る。
オマエがどんな昨夜を過ごして、今こんな有様になっているのかは知らないさ。
でもオマエの目の前で吊り革に捉まっている僕は、ここ一週間、家で六時間以上過ごしたことがないんだぞ、エッ!!
オマエは僕よりも疲れていると言い切れるのか、エエッ!!
……と思ったとしても、決して声に出したりはしない。僕は、気弱なのだ。
次の駅で立って席を譲ってくれないかなあ、と思うのが席の山である。

ぐらり、と電車がゆれた拍子によろめき、隣にいた女性と肩と腕がぶつかり合った。
「あっ、すいま……」すいません、と言い終わる前に、女は一瞬僕を睨みつける。一拍あけて、甘えた悲鳴を上げた。
「きゃっ、痛ったーい。もーやだ、場所変わってよ、しゅーへい」
そう言うと、隣にいた男の腕に、自分の腕を絡ませた。
睫で風が起こるのではないかと思うほど、化粧が濃い。というか、ケバい。
というか、睨んだ後に「きゃっ」もないだろうと思う。そう思ったが、顔を引きつりながら、「すいません」と謝る。
こんな時でもお愛想笑いをしてしまう自分が、自分で痛々しい。

と、思った時だった。「え」だか「ぐ」だか、蛙が踏み潰されたような声が聞こえたのは。
どこかで聞いた声だ。視線を感じて、女が身を寄せている男に目をやった。
「……よ、よぉ吉良」
「……センパイ」
法事、と言ったよな。
迷惑をかけて、すまん、と言ったよな。書置きで。
そこのその女は、間違いなく姉でも従兄弟でも姪っ子でもないよな。

僕のねとーっとした目を、先輩はじとーっと目をあさっての方向に向けることでやりすごそうとしている。
「皆さん! ここに法事だと偽って、女と朝からお出かけしている社会人の風上にも置けない男がいます!」
嗚呼。
電車の中に響き渡る大声でそう言えたら、どれほどスカッとすることか。


「……」


沈黙。その後、僕ははぁーっとため息をついた。
ぷしゅぅぅ、と間抜けな音を立てて電車が止まり、ドアが開く。
「き……吉良?」
何を言うつもりだったのか知らないが、僕は脱兎のごとく、開いたドアから駆け出していた。

……世の中は、思ったよりもずっと理不尽で不平等ですお母さん。
自分の今の孤独を癒せるのは、会社の受付にいるあのお嬢さんしかいない。
僕はくるりと踵を返し、駅のホームを会社に向かってダッシュした。





	

吉良 イヅル