俺の姉貴は、基本的には俺と全く似てねぇ。
俺の髪がこんな派手な色してるのに引き換え、姉貴の髪は真っ黒だ。
俺が荒っぽい言葉遣いしかできねぇのに比べて、姉貴のは優しい。
ただ……ひとつだけ全く同じだって言われるのは。
「馬鹿力」。ただ、それだけ。


「ホラ。弁当忘れてんぞ」
入り口から入ろうとした俺が目にしたのは、姉貴が思いっきりヤクザとしか見えねぇ男を投げ飛ばすところだったが、そこはもう突っ込まない。
姉貴は明らかに相手に非がある時しか、その馬鹿力を発動しない。俺にできるのは……姉貴の良識を祈るのみだ。
ひょい、と振り返った姉貴は、俺が手に持った弁当を見ると同時に、あ! と声を上げる。
「一護君! あなた、どうしてあたしのお弁当持ってるの?」
「ソレハ、アナタガ忘レタカラデス」
人が盗ったように言うな。口をへの字にすると、姉貴もさすがに忘れたことに気づいたのか、申し訳なさそうに弁当を受け取った。

「……いーちゃん、ありがと」
俺の耳元で、小声でささやく。人前では「一護君」なのに、二人の時とかは昔どおりの「いーちゃん」だ。
ちゃん付けされるような外見はしてねぇし、大声で呼ばれても困るのだけれど。
「いーよ。学校の途中だし」
ぽんぽんと頭を叩く。俺よりいくつも年上なのに、何だか妙に、妹っぽく見えるときもあるから妙だ。
「会社の役に立てとは言わねぇよ。ただ、会社のモン破壊すんなよ」
「うぅ、うるさい! 一護君こそ早く行かないと遅刻するわよ!」
キー、と背後に擬音が書かれそうな剣幕の姉貴をよそに、俺はカバンを担いで歩き出す。
遅刻するわよ、ていう最後の言葉だけは、当たってる……気がする。
腕時計を見下ろすと同時に、駆け出した。


***


目をつぶってもたどり着けそうな空座高校への通学路。
そこを歩いているメンツを見るだけで、自分が今遅刻しそうだって言う状況は理解できた。
ていうか、どいつもこいつも遅刻常連じゃねぇか!

「おーう、一護か。珍しく遅いな!」
「黒崎サン、おはよっス」
角を曲がったところで出くわしたのは、体育の四楓院先生と物理の浦原先生だ。
ていうかアンタらも、教師の癖に遅刻だろ! ていうかアンタら、今、手ェつないでなかったか……?
突っ込みどころの満載さに、俺は結局、「何も言わない」という手を選択する。
二人が付き合ってんのは誰でも知ってるが、それでも片方が飛ばされたりしないのは、四楓院先生が校長の娘だから……らしい。

「急げよ一護! 浮竹先生が、今日は国語のテストをすると言っておったぞ!」
「ゲッ! マジかよ!!」
テストとなれば、途中で教室に入っても追試は免れない。俺はますます脚を早める。


と、思った途端、前に何か棒みたいなものが差し出されて、思いっきり蹴つまづいた。
「おっ! とっと……」
何とか体勢を立て直して振り返る。
道路に並んで立っていた二人組を見て、思わず顔が引きつる。
空座高校三年の中で最も目立ってる二人が、そこにいた。
男の方はその底意地の悪さで、女の方はそのダイナマイトボディで有名だったりする。

「おー、ごめんなあ。足が長いもんやで、引っ掛かってしもたか」
「市丸先輩! ……と、松本先輩」
「おっはよ、一護!」
市丸、あんた、思いっきり足出しただろ、俺の前に。
そして松本先輩、あんたの制服のシャツは、どうやってそのデッカイ胸を許容してるんですか……?
そしてやはり、二人とも遅刻だ。
「何、余裕ぶっこいてんスか! 遅刻っスよ!」

俺の最もな指摘にも、市丸と松本先輩は、同時ににっこりと笑って首を振る。
「平気や、担任雀部やし。ちょっと脅してやったら単位くらいどうにでもなるわ」
「だいっじょーぶよ、担任京楽先生だし。ちょっと色仕掛けで単位くらい百も二百もくれるわよ!」
くっ……と俺は心の中で拳を握る。
どいつもこいつも汚いぜ、くそう。



結局そんなこんなで、俺が教室に駆け込んだ時には、とっくに授業は始まってた。
が……教室は、俺が予想もしなかった事態に見舞われていた。
まさか、担架に乗せられた浮竹先生が、教室から運ばれていくところだったなんて。
「せ、先生?」
道を開けてくださいー、と叫ぶ虎徹先生に道を譲りながら、俺はクラスメートを掻き分けて前に出る。
「く、くろさき、君か……」
「先生!」
「君は……追試、だ……」
「い……?」
もう終わるなんてどんなミニテストだったんだ。
わざわざ先生の前に出た自分の行動を呪っても後の祭り。
はあああ、とため息が出た。




	

黒崎 一護