雨がアスファルトを叩いた夏の終わり。
やんだころを見はからって外へ出てみたら、冷やりとした風が首筋を通りすぎた。
最近買いかえたケータイで、お天気情報を検索する。
『もう、夏は終わりです』
なんだかさびしいような新しい気持ちで、高くなった空を見上げた。

肌ざわりのいいコットンの白いワンピースに、ジーンズを穿いたいつもの恰好。
普段ばきのサンダルをつっかけて、細い道を歩く。
からん、ころん、と鳴るはずの音は、行きかう車にかき消されている。
少し暗くなりかけた道。
コインランドリーの中の蛍光灯が、道路にまで差しこんでいる。
少年ジャンプを読みふける、大学生くらいの男の子が、回る洗濯機の向こうで腰を下ろしているのが見える。

「お嬢ちゃん。かわいいから、安くしておくよ」
遠くの声に顔をあげると、焼き鳥屋の屋台から、小学生くらいに見える女の子が駆けだしてくるところだった。
「ほんと? おじさん、ありがとう!」
煙の向こうで、女の子が、屈託なく笑う。
「あらぁ、よかったわねぇ」
その子のお母さんらしき人が、屋台に向って頭を下げる。
すみません、いいんですか。いいのいいの、残りそうだったし。
そんな会話が聞こえ、やがてお母さんは、焼き鳥の袋を提げ女の子と手をつないで家路をゆく。
あぁ。いつごろかな。
微笑ましいはずの景色を、染みとおるほどに悲しいと思うようになったのは。


平日は、こんな気持ちわすれている。
通勤電車に押しこめられ、会社に押しだされて、忙しく立ち働いている間は。
でもこんな日曜の夕暮れは思いだすの。つまらないツマラナイこの気持ちを。

こんなにも長く生きてきて、こんなにも何気ないこの瞬間に、
手をつなぐ人も、電話をかける人も、誰ひとりいないなんて。
誰もがわたしと出会いながらも交わらず、ただ通りすぎてゆく。
このまま一年も十年も百年も五百年も、同じ毎日が繰り返されるなら。
今日終わったって、別にいい。そんな風に自分をつきはなすのは、悪い癖。

わたしはこんなところで、何をやってるんだろうって本当に不思議に思うんだ。
こんな毎日は、嘘なんだって。
誰かがそっと叩けば、びっくり箱のように蓋が開いて、本当のわたしが顔を出すんだ。
まるでゲームをこなしてるみたいに現実感のない日々に、色がつくはず。
蓋は開かない。ゲームは終わらない。あきらめのような気持ちで、そうも思うけれど。

がたんごとん、がたんごとん。
聞こえた音に、わたしは我に返る。
私鉄が、河川橋を横切っていくところだった。
昨日大雨だったせいで、河川敷が全て茶色い濁流になり、全てを押し流さんかのように流れている。
わたしはぶるっと震えた。

そして気を落ち着かせると、いつもの習慣どおり、歩きだす。
スーパーに行って、一週間分のささやかな買い物をして、家に帰って、テレビを見てお風呂に入る。
繰り返される映画のフィルムのような一日を、疑いもせずに。

「恋(レン)」

不意に。雑踏の中で名前を呼ばれた気がした。
もちろん、そんな訳がない。会社から離れたこの街で、わたしを知る人はいないし。
すかさず自分に言い聞かせながらも、反射的に振り返っていた。

振り返った肩を、大きな掌がつかむ。
あれ? 心の中で首を傾げる。
何度も見返している映画の中に、知らないシーンを見つけたみたいな、違和感がはしる。

そこにいたのは、切れ長の目を見開いた、30代くらいの男の人だった。
音楽やってる人かしら、と思ったのは、いい年なのにウェーブした髪を伸ばしているから。
色が白くて彫りが深い、日本人ばなれした外見だ。
棒みたいに長い足を、古着風のジーンズで包み、白いシャツを無造作に羽織ってる。

その瞳がわたしを見つめている。その瞬間、既視感にぐらりとした。



スターク(ていうかおじさん)萌え! と盛り上がる間に、突如勃発したスターク祭(笑
心さんから頂いたお題は「二日酔いで、前日に会った彼女のことを忘れてるスターク!」
"colors of emotion" 50万HITSのお祝いの意味も込めて、心さんへ捧げます。

[2009年 9月 1日]