「うわー、雲ひとつねぇな! もうすぐ梅雨なのに」
「雲出てるよ、あっち側」
「え〜、出てねぇよ」
「出てるよ。傘持っていきなよ〜、夏梨ちゃんてば」
いいよ、めんどくさいし。
夏梨らしいサバサバした声が階下から聞こえてすぐ、玄関のドアが閉まる音がした。

雲は出てるか、出てないか。
とことろとしたまどろみの中で、考える。
外の空気は、暑くもなく寒くもない。
鳥のさえずりの向うで、蛙がコロコロと鳴いている。
よいしょっ、とオッサンくさい声と同時に上半身を起こし、カーテンを開け放つ。
窓の向うは、冴え渡るような晴天だった。


***


カプチーノには、砂糖は入れない。
しかし、ミルクはたっぷり入れる。
なぜなら、砂糖の取りすぎは体に良くないが、ミルクはカルシウムがあるから……
というのは、遊子の弁である。

「はーい。カプチーノのミルク多めね」
カフェのカウンターでマグカップを受け取りながら、外でも遊子法典に縛られている自分がおかしくもある。
「あたし、メタボなお兄ちゃんなんて見たくないからねっ!」
遊子の言葉を思い出しながらマグカップをふと見ると、泡でニコチャンマークが描いてある。
「よい休日を」
顔を上げると、カウンターの向うのアルバイトの女の子が、ニコチャンマークそっくりの顔で笑った。


オープンカフェの一席に陣取ると、一護は足を組み、深く椅子にもたれかかった。
隣の席では金色と黒のレトリーバーがゆったりと寝転び、赤い舌を震わせている。
休日夫婦と愛犬で散歩に来ました、というような、ラフな恰好の男女がのんびりと談笑している。
それを横目で見ながら、一護は鞄から文庫本を取り出した。

まだ20ページも進んでいない時、テーブルに放り出してあった携帯が震えだした。
「何だよ?」
画面を見るなり、ぶっきらぼうな声を出したが、
「いーーーーちごーーーーー!!」
日曜の朝からやたらとハイテンションな友人の声に、一護は思わず携帯を離した。

「なぁ一護、今なにやってんだ? なにもやってねーだろ? 家か、家だろ。なぁゲーセンに……」
「勝手に俺の日曜を決めんな、ケイゴ」
通じるはずはないが、携帯を睨みつける。
「カフェで本読んでるんだよ。家にはいねーよ」
「なっにィィィィ!」
頓狂な声が携帯から響き渡り、一護は慌てて携帯を手で握った。

「お前が、読書? 読書だァ? 一護よォ、お前は俺の友人だよな? 俺の側の人間だよな?」
「……声でけーって。大体俺の側って何だようっとうしぃ。『カラマーゾフの兄弟』はゲーセンよりおもしれぇよ」
「から……の兄弟ってなんだ」
「とにかく、俺は忙しいんだ! この後、待ち合わせもしてるし」
ケイゴとカラマーゾフの兄弟を出会わせてやるには、おそろしく忍耐がいりそうだ、と一護は早々に諦める。

「えぇ? ヒドイ一護、いつの間に俺の他にそんな……。女? 女じゃねーだろうな!」
「……そうだけど」
そう言ったのが、まずかった。
ぎぇぇぇぇ、と叫びまくるケイゴの声に、一護はブチッと通話を切ってやりたくなる。
大体、声が叫ぶたびに店に響いてしょうがないのだ。

「あのなぁ、ケイゴ……」
そうとう辟易した一護がそういいかけた時だった。
聞きなれた声が耳に入った気がして、一護は顔を上げた。