暑い……
湿気を含んだ熱気が、体に絡みついて来るかのようだ。
折悪しく、そよ、とも風は吹いてこない。
−− なぁ……
肉声とは異なる、どこか掠れた声に、日番谷はふと意識を隣に向けた。
−− 十番隊長さん、暑ない? こんなトコに閉じ込めんといてほしいわ〜、この爺さん頭沸いとるんちゃう?
−− 市丸……
日番谷は心中ため息をついたが、実は同感なのだった。
同じように「天廷空羅」で返すと、日番谷はその場の構図をそれとなく眺めた。
男4人には狭すぎる茶室で、床の間側に山爺……ではなく、山本総隊長が悠然と腰を下ろしていた。
対峙するのは窓側から白哉、市丸、日番谷。
総隊長が骨ばった手で、自ら立てた茶を差し出し、白哉がそれを受け取ったところだった。
その白い横顔は、暑さを全く感じてはいないように涼しげだ。
−− 天廷空羅で悪口なんて姑息なマネやってねぇで、直接総隊長に言えばどうだ?
チラリ、と市丸を横目で睨み上げると、市丸はかすかに頬をひきつらせた。
頭沸いとんちゃいますか、などと言われて、山爺が平和的解決を試みるとはとても、思えない。
隊長といえども、一番隊の隊舎から吊り下げられるくらいのオシオキは待っているかもしれない。
そんな余興でも見なければ、このクソ暑い梅雨空の下、茶会につき合わされているのだから割に合わない。
市丸が姑息なら、日番谷は自分勝手。
分かってるが止められないのは、やはり暑さのせいだろうか。
−− ヒトを陥れるんのどこが面白いんや、十番隊長さん?
−− お前にだけは言われたくねぇ。
−− ええよ、十番隊長さんが言えって言いましたーって告げ口して、一緒に仲良ぅ吊るしてもらうわ。
−− てめぇ……
−− おっ、なんか冷気がこっちに来たで? 涼しいわぁ。
−− お前、後で表出ろ!
そんな心中の罵詈雑言が嘘のように、その場は静まりかえっている。
市丸と日番谷は同時に茶器を口に運び、
「……結構なお手前で」
と図ったようなタイミングで口にしたのだった。
「……それでは、今日の茶会は散会とする」
1時間弱の茶会、そして何度も気が遠くなるほどの長い講話とやらを口にして、ようやく総隊長は口を閉ざした。
−− ……るっ、市丸! 起きろ!
魚の死んだような目で、遠くを見ていた市丸を、日番谷がこっそりと肘で小突いた。
「……失礼致す」
何時間もの「茶会」……もとい、総隊長の独演会を聞かされていたとは思えない、
ダメージの全く感じられない表情で、白哉が立ち上がった。
確かに、こんなところはすぐ出てしまうに限る。
日番谷と市丸は同時に身を起こそうとしたが……
総隊長と白哉の、なんとも冷たい視線が痛かった。
「……日番谷隊長、市丸隊長……」
どこか哀れむような声で、総隊長が二人を見下ろす。
「お主ら、正座もできんのか。部下には見せられん姿じゃの」
立ち上がろうとした瞬間、同時に畳の上にくず折れた二人の隊長は、足を手で押さえてもだえている。
今この瞬間虚が出てきたら、負けるかもしれない。しびれたふくらはぎを押さえながら、日番谷はそう思った。
そもそも、死神になるまでは、正座とは無縁の毎日だったのだ。
隊長になったから正座しても足が痺れなくなる、というわけでもない。
「……総隊長。彼らを責めるわけにもいかないでしょう」
思いがけず、助け舟を出したのは白哉だった。
スイッ、と二人の前を横切りながら、二人には目もくれずに続ける。
「所詮は下賤の出身ですから」
……ブチッ。
出て行く白哉の頭に「うっかり」茶器でも投げつけてやればよかった、と思ったが、
総隊長の前ではさすがにはばかられる。
憤然としながら、二人は一番隊舎を後にしたのだった。