夏梨
キーンコーンカーンコーン……
このチャイムが流れれば、授業はこれで終わり。
「よーし!」
あたし黒崎夏梨は、この瞬間のために生きている、といってもおかしくない。
なぜなら授業が終われば、今日もサッカーができるから!
「おーい、あたし先行ってるぜ!」
「おう、俺達もすぐ追いつくから!」
何人かの仲間とアイサツを交わし、ボールを蹴りながら廊下に出た時だった。
「ねぇ。どこかの小学校に、ハーフの子っていない? 3年生くらいで、銀色の髪で青い目の……」
はっ?
あたしは、「銀色の髪で青い目」に反応して、声のほうを見やった。
「さがしてるの」
必死な声で、廊下に出てる隣のクラスの女の子たちに話しかけてる。
―― だれだ? あの子……
前髪を目にかかるくらいまで伸ばしているせいで、顔に影が差してる。
ベージュのTシャツと茶色いスカートを履いた、地味な雰囲気の子だった。
「は? 何いってんの辻村? なんでそれをあたし達に聞くわけ?」
返したのは、アカラサマに面倒くさそうな声。
「だ、誰に聞いていいか分からなかったから……」
途端に、しどろもどろになる「辻村」って呼ばれた子。
―― ん? 辻……?
ちょっと前に、辻なんとかって名前のモテる子がいたって聞いたけど、別人か。
「変な子。行こ? 苑美」
「う、うん……」
苑美って呼ばれた子が、ちょっと躊躇(ためら)いがちに辻村さんと他の女の子たちを見比べる。
辻村さんが俯いたまま無言なのを見ると、そのまま他の女の子達についていった。
「……ねぇ」
あたしは、去っていった女の子達の方を見つめていた、その子に近寄って声をかける。
びく、とその肩が揺れた。
「あな、た……黒崎、さん」
お? あたしのこと知ってんのか。
あたしに向けられた目は、警戒と不安でおどおど揺れてる。
「うん、あたしは黒崎夏梨。隣のクラスだよ」
あたしは笑顔をつくって、敵意がないことをアピールする。
「わ、私に何?」
「あぁ。銀髪で青い目の子に覚えがあるんだ。もしかしたら知ってる奴かなーと思って」
銀髪。碧眼。そして3年生(くらいの身長)。
大体そんな奴、この辺探しても、二人といない気がするしな。
日番谷冬獅郎。職業、死神。
あたしより背は低いくせに、死神の世界ではエリートらしい。
あたしは、その落ち着き払いまくった瞳を思い出した。
「あ、あの。話、聞いてくれる?」
「もちろん!」
サッカーは残念だけど。放っておけないしな。
あたしがそう答えると、辻村さんはなぜか、泣きそうな顔をした。
***
「じ!! 自殺ゥ??」
夕日が差し込む土手で、あたしは素っ頓狂な声をあげていた。
「こ、声が大きいよ、黒崎さん……」
泣きそうな声で、辻村さんがあたしを見上げる。
犬の散歩をしてたおじいさんとか、土手でしゃべってる人たちが振り向くのを見て、あたしは続く言葉を飲み込んだ。
「それで、辻村……さんを止めようとしたのが、銀髪の奴だってっていうのかよ」
辻村さんがうなずくのを聞いて、あたしは必死に頭を整理した。
この辻村って子は、あろうことか、昨日の夜屋上から飛び降りて死のうとしたらしい。
そして、それを引きとめようとしたのが、銀髪の少年だった。
でも、混乱してたこの子は、手すりを乗り越えてきたその少年を、突き飛ばしてしまった。
その拍子で少年は落下したが、悲鳴や落ちる音などは、一切聞こえてこなかったらしい。
それでも落ちたのは間違いないわけで、辻村さんは震えながら、階下へ降りた。
そして少年が落ちた辺りを探してみたが、体はおろか、血の跡ひとつなかったそうなんだ。
まるで、掻き消えてしまったかのように。
「……聞くけど、その高さ。どれくらいあったんだ?」
こんな時に遊子だったら、大丈夫だったの? とか、辛いことあったの? とか、気の利いたことが聞けるんだろうけど。
あたしの口をついて出たのは、嫌になるくらい現実的な質問だった。
「30メートルくらい、かな」
30メートル。
それを聞いた、あたしの唇が震える。
30メートルは、間違いなく落ちたら死ぬ高さだ。
この子は一体どんな気持ちで、昨日の夜そこに立っていたんだろう。
一歩踏み出したらそれだけで、この子はもうこんな風に、あたしと話すことなんてなかったんだ。
自殺なんて、違う世界の……ニュースだけの話だと思ってた。
他人事だって思うことで、安心しようとしてたのかもしれないけど。
まさか隣のクラスの子から、そんな告白を聞くことになるなんて。
そしてもうひとつ、あたしを動揺させたのは、その銀髪の少年が、おそらく冬獅郎に違いないだろうってこと。
同じような外見の子が百歩譲って他にいたとしてもだ。
あたしの知ってる日番谷冬獅郎は、ムカつくくらいクールで、他人に無関心に見える。
でも、誰かが文字通り死ぬほど困っているところを、黙って見過ごしたりは絶対にしないと思う。
「人間らしい」って言葉をあいつに使うのは変かもしれないけど、そういうところは人間よりも人間みたいなやつだから。
「どうしたらいいか、わからなくて……」
震える辻村さんの声に、あたしは我に返った。
「……安心しろって。そいつは絶対に死んでないから」
あたしは、辻村さんを見下ろして、断言した。
辻村さんは、まるで救いを求めるようにあたしをじっと見つめてくる。
「もしそいつが死んでたら、絶対に今頃ニュースになってる。でも、何もニュースに出てないだろ?
大体、辻村さんが降りていった時に、大怪我してるにしても死んでるにしても、見つけられるだろ? 普通。
方法は分からないけどさ、途中で何かにつかまったりして下には落ちなかったんだよ」
第一、死神の冬獅郎が地面に落ちて死ぬ、なんてありえない。
こんな女の子に突き落とされたのはらしくないけど、冬獅郎だったら、落ちる前に何とかしてその場から逃れるだろうから、心配はしてなかった。
今はそれよりも、辻村さんを落ち着かせるのが先だ。
「このことは、黙っておくから。辻村さんも忘れなよ。でも……」
どうして、自殺なんてしようとしたんだよ?
その言葉が、うまく口から出てこない。
「ね、ねぇ。黒崎さん」
あたしがひねり出す言葉に苦しんでると、辻村さんがあたしを見上げてきた。
「銀髪の男の子を知ってるって言ったよね? あたしが会った子とは、違うのかな……」
う。
あたしはまた、言葉に詰まる。
「会うことって出来ないのかな? そしたら、同じ子かそうじゃないか、分かると思うの。
もし違ったら……幻だったって思うようにするから」
アイツに会う方法。そんなもん、あたしが聞きたいよ。
「なんで、そいつを探そうとするんだよ? 見つけちまったら大変だろ?」
代わりに、疑問に思ったことを口にしてみる。
屋上から突き落とすなんて、殺人未遂って言われてもおかしくないだろ。
加害者が被害者に会いたいなんて、普通は思わないはずなんだけど……
「そ……それは」
また俯いてしまった辻村さんの顔を、あたしはしゃがみこんで覗き込む。
「……え」
思わず、声が出てしまった。
その顔が、まるで……二倍の夕日に照らされてるかのように、真っ赤だったから。