浦原


「一目惚れってやつですか。最近の小学生は進んでますねぇ」
このアタシ、浦原喜助がそう言うと、ジン太がギロリ、とこっちを睨んできたのはお約束で。

「あんな白髪ヤローのどこがいいんだ!」
「嫉妬かい? ジン太」
「だー!! うっせぇって……! 大体よォ、たった一瞬の話だろ? 
顔なんかロクに見えねえだろうに、一目ぼれなんてするわけねえよ」
あくまで、一目惚れ説を否定するとは。往生際が悪いですねェ。


「吊り橋効果ですね」
「ハァ?」
「吊り橋で出会った男女は恋に落ちやすい。なぜなら、怖くてドキドキしてるのと、恋愛でドキドキしてるのを混同しちゃうんですね」
しかし、自殺しようって人間は、他の何を考える余裕もないでしょうに。
そんな瞬間に一目惚れさせるなんて、日番谷冬獅郎サンも罪な男ですね。

「何ニヤニヤしてんだよ、てめーはエロオヤジかよ!」
はいはい。エロオヤジですとも。



「うっさいジン太!! こっちはマジメな話してんだよ!」
バシッ、と響いた少女の声に、静まり返る浦原商店の居間。
といっても、部屋にはアタシとジン太しかいませんが。
さすが、黒崎一護サンの妹ですねェ。声にドスが効いてます。

「自殺するって言ってんだぞ。あたしと同じ学年の子が」
「聞いたんですか? 事情」
「……ううん」
しばらく沈黙してから、首を振る夏梨サン。
あぁ、聞いちゃいましたね、事情。

「自殺」なんて本人にとって一大事を選んだ理由を、軽々しくアタシ達に話すべきじゃないって思ったんでしょう。
一見大雑把に見えて、妙に達観したところのある子ですからね。
その場その場で熱くなりながらも、常に遠くまで見通して、何が最善か考える冷静さも持っている。
なかなかどうして、アタマのいい子ですよ。


「で? 夏梨サン。辻村サンって子に言っちゃったんですか? 日番谷サンに会わせるって」
「う……うん」
途端に俯く夏梨サン。そりゃ、その状況じゃ気持ちはわかりますけどねェ……
深い深いため息。そんなのは夏梨サン、アナタらしくないですよ。

「辻村さんは自殺しようとするほど追い詰められてるんだ。
だから冬獅郎に、人間のフリして会ってもらいたいんだけど、連絡のつけ方しらねえし……方法しらない?」
いつもの元気はどこへやら。
確かに、隣のクラスの子が自殺未遂なんて、これくらいの子にとってはショックでしょう。

「乗らないと思いますけどねぇ、日番谷サンは」
アタシの言葉に夏梨サンは、ちゃぶ台に置いた手をぐっと握り締めたまま、無言。
「……アイツはいっつもクールぶってるけど、本当は優しい奴なんだ。自分が何とかできることなら、放っておくはずがねえ」
チッ、とジン太が舌打ちをしてソッポを向いてます。
でも、否定はしないんですねェ。

でもね。
アタシが言いたいのは、そーいうことじゃないんですよ。
そう思いながら手に取ったのは、ちゃぶ台の上に放り出してあった煙草とジッポライター。
「例えば、この煙草に、火をつけるとしましょう。どーやります?」
一本引き抜いて、ん? という顔を並べた二人の子供達に示して。

「どうって、そのライターで火ィつけりゃいいじゃん」
「つけてみてください」
ジン太は怪訝そうな顔で、ライターと煙草を受け取るとひねくり回してます。
「こんなんカンタンだろ」
ジッポライターに何とか火を点すと、ぎこちない手つきで煙草に火を近づけてます、が。


あーあー。それじゃ……
「なんでつかねーんだよ!!」
右手に煙草の端をつまんだまま、燃え口に炎を近づけてますが、これじゃ火がつくはずない。
「それだけじゃ、火はつかないんだよ、ジン太」
スッ、とジン太の手から煙草とライターを奪い取ると、
アタシはその煙草を口にくわえ、ライターの炎を近づけました。

ジジ……
音を立てて火がついた煙草を見て、二人が目を丸くしてます。やっぱり、子供ですねェ。
「火だけじゃダメなんだ。誰かが炎を近づけると同時に、煙草を銜えた人が息を吸い込む。そうしなきゃ、火はつかないんですよ」
はぁ? という顔をしたジン太と、ハッ、とした夏梨サンの表情が実に対照的です。

「火が消えてしまった人に、もう一度火を点すにはどうするか。火だけではダメなんです。
本人が、何か行動をしないことにはね。誰でも火を近づけられる訳じゃない上、タイミングも重要だ。
日番谷サンならすぐ気づくでしょうね。自分が『火』にはなりえないことを」

「友達とか、家族とか。そういう、ずっと隣にいてやれる人のことだろ」
しばらく沈黙していた夏梨サンは、しばらく俯いた後、そうつぶやきました。
「……いい回答ですね」
「じゃあ、そんな人が誰もいない奴は、どうしたらいいんだよ」
それも、悲しいかな事実です。
そんな人が回りにいたら、誰も死ななくていいでしょう。
だからこそ、自殺はなくならない。

「……やっぱり、冬獅郎に会わしてやりたい」
こういう時には最も似つかわしくない死神に、賭けますか。
アタシは、煙草を指に挟むと、ふーっ、と息を吐きました。

「死神がいるのは、ソウル・ソサエティ。ひとことで言えば、『あの世』です。
現世とソウル・ソサエティの二つの世界を行き来できるのは、正規の死神だけなんです。
アタシもあなたのお兄さんも、正式な死神ではない。だから、こちらから連絡を取れないんですよ」
アタシが、夏梨サンに教えてあげられるのは、この辺が限界です。

「次に霊圧感じたら、すぐ伝えますよ」
アタシがそう続けると、夏梨サンはちょっと元気を取り戻したように、ウン、とうなずきました。
本当に、辻村サンの為だけですか?
それを聞くほど、アタシも野暮じゃないですけどね。

 
***


ジン太と夏梨サンが連れ立って出て行った後。
アタシは、チラリ、と縁側に目をやりました。
「聞いてたんでしょ? 夜一サン」

返事の代わりに聞こえてきたのは、くぁ、という小さな欠伸。
「確かに、アタシも黒崎サンもソウル・ソサエティには行けない。でも、アナタなら可能ですよね?」
「まぁ、の」
気持ちよさそうに大きく背伸びして現れたのは、小さな黒猫。
アタシが撫でようと手を伸ばすと、ちゃいちゃい、と小さな手で払いのけます。
ツメをしっかり出してくるなんて、夜一サンらしいっスね。

「ムダじゃの」
乾いた声で言うと、夜一サンはその琥珀の目で、アタシを見上げました。
「二重の意味でムダじゃ。日番谷は動かん。それに、動いたとしても自殺なんぞ止められん。
死神のお品書きには、生きた人間のカウンセリングや自殺阻止なんぞ書いてない」
そりゃま、その通りですがね。

「夏梨サンもそれは分かってる。でもそれでも、ヒトは放っておけないんですよ、そういうことを」

ヒトは、面白いものです。
それが、百年も昔にソウル・ソサエティを追い出されたアタシが、人間界を離れない理由。
「かわいい子たちのために、ちょっと一肌脱いで見たらどうです?」
アタシの言葉に、夜一サンはまた、欠伸しながらうなずきました。
「たまには、あの仏頂面を拝むのも、悪くはないかのぅ」