「もらったぁっ!」
上司にかけるとは、およそ思えない言葉を吐き、乱菊が日番谷に手を伸ばした。
「甘ぇっ!」
これまた部下にかけるとは思えない言葉を放ち、日番谷が乱菊に手を伸ばす。
「きゃっ!」
飛び下がったのは、乱菊。日番谷の着物の裾を掴みかけた手が、一瞬で氷に覆われた。
「お湯! お湯!」
慌てて朽木邸の台所に走っていく背中を見て、
「まず1人・・・」
日番谷は心中でカウントした。

身軽な動きで庭に出ると、黒光りする瓦屋根の上にひょい、と飛び降りた。
そこには、すでに先客がいた。
金色の鯱の上に立った、十二番隊副隊長・涅ネムである。
―― 似合わねえ。
燦然と輝く鯱の上の死神は、安っぽい特撮ものに見えた。
上司・・・というか父親に似て悪趣味な奴だ、と日番谷は思う。

「ネムさん! 加勢します!」
続いて屋根に飛び乗ってきたのは、四番隊副隊長・虎徹勇音だった。
―― 副隊長が揃って、こんなトコで何やってんだか・・・
副隊長2人対隊長。
緊迫してもいい場面だろうが、状況が状況だけに、いまいち身が入らない。

ネムは、無表情のまま、日番谷を見つめている。
日番谷とて、ネムが戦うところを、その目で見るのは初めてだった。
不意に、全く持って不意に。
ネムが、日番谷のほうに差し出した右手の手首を、折った。

ぼきっ。
その場に音が響き、
「痛っ!?」
虎徹勇音が顔を手で抑える。

ネムは、痛みなどカケラも感じていない表情で、折れた右手の切り口を、日番谷に向けた。
キュイーンキュイーン、と、人体から発しているとはとても思えない音が響いた。
「発射します」
「発射!?」
日番谷が聞き返した瞬間、ネムの手首から、恐ろしい勢いで砲弾が発射された。

「うぉ?」
日番谷は、とっさに氷輪丸を引き抜くと、刀の峰で砲弾を打ち返した。
カキーン!
小気味よい音とともに砲弾は吹っ飛び・・・虎徹の顎を直撃した。
―― やりすぎたか?
そう思った日番谷が見下ろすと、その砲弾から、シュー、となにやら煙が噴出した。
毒煙か? と思ったとき。

「停止・・・します」
煙を浴びた、ほかならぬネムが、屋根から転げ落ちてゆく。
―― えー?
あんまりな展開に言葉を失っていると、
「おい、涅! 虎徹!」
屋根の下から、砕蜂の声が聞こえた。
とりあえず2人さらにクリアしたことに気づく。

―― 無駄だ・・・
この戦いそのものが、無駄だ。
あの砕蜂が、さすがにここまで無意味な戦いには参戦しないだろう・・・か?
日番谷は、そこまで考えて自信をなくした。
最近ネコグッズばかり集めている砕蜂の心中など、日番谷には分からぬ。
とにかく、ここを離れないと。

朽木邸が女性死神協会の巣窟になっているとは知らなかったが(諦めきった白哉の表情が印象的だった)、
逆に言えば、女性死神の主力どころはここに集中していると言うことか。
氷輪丸を鞘に戻し、タン、と屋根を蹴ろうとした時。

「うっ!」
日番谷はうめくと同時に、身をのけぞらせた。
その首元を、苦無が一本、飛びぬけた。
「ちっ!」
舌打ちをすると、次々にキラリと輝きながら飛んでくる苦無をかわす。
カカカッ、と音を立てて、苦無が屋根に突き立った。

「お前、砕蜂・・・!」
やっぱり出てくるのか?
日番谷と屋根の上で対峙した砕蜂は、実に微妙な表情をしていた。
「勘違いするな!」
手にした苦無の切っ先を、日番谷に突きつけた。
「はぁ?」
勘違いするなも何も、まだ何も言っていない。
「言っておくが、貴様の写真など、私はこれっぽっちも興味はない! これっぽっちもだ!」
「当たり前だ!!」
ていうか、そんなことを言うために、刃物を投げつけるな。

「全く、しょうもない写真を撮られおって! せっ・・・ぷん写真など、は・・・は・・・破廉恥な!」
眉を吊り上げているが、ぽっ、と頬を赤らめているせいで、全然いつもの迫力が無い。
しかし。破廉恥。破廉恥か。
「お前の格好のほうが、よっぽど破廉恥だろうが!」
前から一度言ってやろうと思っていた。
隊首羽織を脱いだその着物は、あきらかに胸や腰のあたりの布地が足りない。

それを聞いた砕蜂は、自分のもっかの格好を見下ろし・・・カーッと見る間に赤くなった。
「やかましい、このマセガキが!」
動揺したせいか、口調までが若干変わっている。
「夜一様から引き継いだ衣装を侮辱するものは・・・斬る!」
キラーン、と砕蜂の指で、長い爪のような装飾物が光った。
飾りに見えるが、それは斬魂刀。同じ場所を2度斬られれば、命がないという。

「そんな理由で殺されてたまるか!」
「貴様が死んだら、例の写真を生前写真に使ってやるから心配するな」
嫌だ。
あの写真がある限り、死んでも死に切れないと日番谷ははっきりと思った。
「大体、なぜ私がこのような茶番に付き合わねばならぬ? 全て貴様のせいだ!」
「そんなことは松本に言え!」
一番迷惑かけられてるのはこっちだ、と日番谷は声を大にする。
だが、見る限り砕蜂は、日番谷よりもよっぽど腹を立てているように見える。

「あ! 日番谷隊長!!」
「きゃー、見つけたわ!」
恐れていた黄色い声に、日番谷はハッと顔を通りに向けた。
確かに屋根の上で立ち回りを演じたのはまずかった。
女性死神たちが、目を輝かせてこちらに集まりつつあるのが見えた。

―― まずい・・・
囲まれたら面倒・・・いや、むしろ恥ずかしい。
こんな場面を山本総隊長に見られたら、と想像するだけで耐えられない。
だが、このまま砕蜂と戦いにもつれこめば、隊長同士簡単にケリがつくはずがない。

「分かった。砕蜂」
しばし考えた日番谷は、砕蜂の前に手のひらを突き出した。
「・・・何だ?」
「現世の浦原商店には知り合いがいる。四楓院夜一の写真を貰ってやるから、ここは手を引け」
「馬鹿にするな!」
間髪いれず、砕蜂は拳をギリリと握り締めて、大声を出した。

「私がそのような交渉に屈・・・くっ・・・くっするなど・・・」
見る間に、苦しげに眉間に皴が寄る。その割りには頬が上気して嬉しそうでもある。
前の上司にあたる四楓院夜一を、いかに砕蜂が敬愛しているか、それは瀞霊廷廷でも今や知らぬものはない。
若干・・・というよりも大分、敬愛のレベルを逸脱してしまってはいるが。
葛藤している砕蜂を尻目に、日番谷はさっさと身を翻した。

―― しょうがねえ。
それと同時に、懐からSDカードを取り出した。
乱菊のものなら一瞬で破壊するが、「あいつ」のものだと思うと、ためらわずにはいられなかった。
でも、無駄な戦いを止めるには、このカードは今壊すしかない。
―― 許せ・・・
今回壊した分は、後で俺が買ってやるか。
そう思った日番谷が、そのカードを握る手に力をこめたとき。

―― え?
急に、カードを握る自分の手が、ぶれたように見えた。
そう思ったとき。
「きゃははは!!」
この場面では、決して聞きたくなかった笑い声が聞こえた。・・・日番谷のすぐ耳元で。


「な・・・」
「もーらいっ!!」
タン、と小さな足が、日番谷の手を軽く蹴った。
それと同時に空中に放り出されたカードをつかんだのは・・・

「草鹿!」
「これでこんぺいとう百袋ゲット!!」
満面の笑みで日番谷から飛び下がったやちるを、日番谷は唖然として眺めた。
高々こんぺいとう百袋で、自分の恥が売られてたまるか。

「返せ!」
日番谷がやちるを追おうとしたとき、やちるは思いもしない行動に出た。
「ひっつんの恥ずかしい写真、ほしい人ー!!」
あろうことか、やちるは瀞霊廷全体に響くような大声で、そう言い放ったのである。
「はーい!!!」
それに返したのは、ゾッとするような女死神の声、声、声。

―― 悪夢だ・・・
日番谷は、朽木邸を取り囲んだ女性死神たちを見て、文字通りクラクラした。
「あげるっ!」
しゅん、とやちるが、カードをそばにいた娘に投げる。
それをキャッチした娘は、頬を上気させると同時に駆け出した。
「おい、待て!!」
日番谷が娘を追おうとした時だった。

「姉さんの仇っ!」
すかさず、日番谷の背中に取り付いた小柄な女は、虎徹勇音の妹、清音だった。
「砲弾ぶっつけたりして! 姉さんの顎が割れちゃったらどうするんですか!」
「砲弾を放ってきた涅に言え、そんなこと!」
振り払ったのは、一瞬。

「おい! カード返せ!」
カードを取った娘のところに飛び降り、その肩をぐい、と揺さぶった。
「あぁ、日番谷隊長積極的♪」
「カードはど・こ・だ」
「渡しちゃいました」
「誰に!!」
「知らない人に」
振り返った日番谷は、自分を取り囲む女死神たちの群れに、絶句した。

木を隠すなら森へ。
そんな言葉をやちるが知っていたとは思えないが。
これじゃ、あんなカードの行方追える訳ない。
「日番谷隊長、サインください!」
「日番谷隊長、こっち向いて!」
日番谷隊長コールに囲まれ。日番谷は、がっくりと肩を落とした。