日番谷は、湯煙でまったく見えない露天風呂の内部に、ふわりと飛び降りた。
「おい、草鹿?」
こんぺいとうを追ったやちるが、湯船に飛び込んだのは間違いないはずだ。
湯に沈めば、ほぼ100%おしゃかになっているはずだが、カードの行く末だけは、確認しておきたかった。
「・・・多勢に無勢の状況で、大したもんじゃ」
湯煙の中で、日番谷の背中にかけられたのは、女の声。
ぴたり、と日番谷が動きを止める。
―― 考えてなかったけど・・・ここ、女湯か?
「この露天風呂には、女湯しかない!」
日番谷の心の声を読み取ったかのように、女が続けた。
女にしては低いが、やけに艶っぽい声をしている。
―― にしても女湯だけなんて、そんな理不尽な湯があるのか?
「おぬしも分からん奴じゃのう。この露天風呂は、砕蜂が儂のために作ったものじゃからの」
あぁ。
日番谷は、すべてを了解した。
後ろにいる人物が誰なのかも。
「・・・四楓院夜一」
「正解じゃ」
其の姿を見なくても、ニヤリと笑っているのが、分かるような声だった。
「カードはここじゃ!」
ピン、と日番谷の背中に何かがあたり、反射的に掴み取ると・・・それは、あのSDカードだった。
湯に濡れ、確実にダメになっているのが、ぱっと見てわかった。
思わず振り返ると、褐色の肌が目に入った。
「まぁここは女湯じゃが、お主の外見年齢なら、許されんでもない」
湯煙の向こうで、岩の上で足を組んだ女の姿が見えた。ただし・・・全裸で。
日番谷には、たとえ子供だと言われようが、女の裸に興奮する趣味はない。
夜一は、男に裸を見られて恥ずかしい、というような羞恥心は持ち合わせていない。
「・・・」
自然と、無言で見つめあうことになる。
「ただし」
ニヤリ、と夜一がそれは嬉しそうに笑った。
初対面にも関わらず、嫌な予感が日番谷の背筋をはしった。
「湯船で服を着たままなのは、いただけんなぁ・・・」
「あたし脱いだよ!」
やちるの無邪気な声に、日番谷の表情がはっきりと引きつる。
そこで気づいたのだが、湯船にいる女は、一人や二人じゃない。
その視線が、全部自分に集まっていることに気づいて、日番谷は冷や汗をかいた。
「わかった。今すぐ出てく」
両手を挙げて、一歩下がった日番谷は、その視線の先に、夜一がいないのに気づく。
「『残念なことに』この写真はダメになってしまったからの。代わりの写真が必要じゃ」
がしっ、と、背後から夜一の手が日番谷の肩をつかんだ。
いつもなら素早く反応するところだが・・・熱気にやられたのか、とっさに体が動かない。
「ホンモノの『袋とじ』を作り直さねばな」
「・・・は」
「引っぺがせ!!」
「○○×△☆☆・・・!」
文句も、抗議も、悲鳴すら上げることができず。
日番谷の体は、四方八方から伸びてきた手によって、後ろから湯船に沈んだ。
「な・・・何が起こってるんだ・・・」
ドッタンバッタン、と音が響いてくる露天風呂を外から見守りながら、檜佐木と吉良は呆然と呟いた。
恐ろしくて、様子を見に行く気などまるでない。
その横を、たたた、と全力で走ってゆく姿が、一人。
「ん? 見ないな、あの子・・・」
二人が、顔を見合わせ、その小さな背中を目で追った。
「カメラOK!」
裸のまま、悠々とカメラを構えた夜一が、日番谷に照準を合わせようとした、その時。
「待って!!!」
異質な声が、露天風呂中を貫いた。
「・・・ん?」
さすがの夜一も、その大声に動きを止めた。
明らかに子供と分かる、あどけない声。しかし、妙に声に貫禄がこもっている。
たたっ、と露天風呂の中に走りこんできた小さな姿に、夜一は振り返った。
髪を耳の横で二つに分けて結んだ、年のころ4歳くらいの少女だった。
白い顔は、走ってきたせいか紅潮している。
驚くほど大きな、黒目がちの眼が、まっすぐに夜一を見返していた。
その古びた草履、桃色のところどころ擦り切れた単衣。
こぎれいに着飾っている、精霊廷の貴族の子女ではないことは明らかだ。
―― 流魂街の子供か? 一体、どうやって入り込んだ・・・?
そして、なにより夜一を驚かせたのは、その少女が自然とまとった、霊圧だった。
―― この娘。
「げほっ! ごほごほっ・・・」
女たちの手を払いのけ、日番谷がその隙に湯の中から半身を起こした。
「シロにーちゃん!」
とたん、弾けるように少女が走り出した。
湯船の中にざぶざぶと分け入り、日番谷に向かう。
「お前・・・澪? なんでこんなトコに・・・」
はだけた着物を直し、立ち上がろうとした時。くらり、と視界が揺れ、日番谷はよろめいた。
澪が、その額に手をやる。顔は上気しているのに、その手はヒンヤリと感じた。
「やっぱり・・・」
澪は慌てて立ち上がる。
「ひどい熱! お医者さんを呼んで!」
熱?
その言葉は、日番谷にはひどく意外に聞こえた。
あぁ、でも確かに。
隊首会をうっかり失念したり。
食欲がなかったり、急にふらついたり。
普段とは、いろいろ違ったような気が、せんでもない。
そこまで、考えたとき。
「おにーちゃん!」
「日番谷隊長っ!?」
どうやら本格的に倒れかけたらしい。
伸びてきた手が自分を支えるのを感じたが、誰なのかはもう分からない。
意識が混濁する・・・
「苦しいですか? どこか、涼しいところに・・・」
誰かの声が、遠くに聞こえてくる。日番谷は、意識を手放す瞬間、こう言った。
「女がいねーところに頼む・・・」