「西門、西門っと……おーい、児丹坊!!」
事後処理に追われる死神達でごったがえしている瀞霊廷内と違い、門の外は閑散としていた。
流魂街の住人達にも、何かがあったことはわかるのだろう。
多くの人間が住んでいるはずの粗末な家々に人影は無く、あたりは静まり返っていた。

その中で、ひときわ大きな声が響き渡り、一護は足を止めた。
「おぅ、そうなんだ。おめのくれた大斧、壊しちまったんだ」
「また買ってくれんのか?おめ、やっぱイイヤツだな!!」
「次はちゃんと、壊れねぇように使うからよ」
耳をそばだてるまでも無い。その大声は、児丹坊に間違いない。
大体、斧を叩き壊したのは自分なのだ。聞いていれば耳も痛い。
そして、児丹坊の一言一言の合間に、妙に間隔があいている。
耳を澄ますと、誰かが児丹坊に言葉を返しているのが聞こえてきた。
少年のような、女のような……中性的な、アルトの声。

「どっかで聞いたっけ」
一護は首を傾げる。
「ま、いーや。とりあえず行ってみるか」
一護はひとりごちると、声が聞こえるほうへ小走りに駆け出した。


「おぉ!?一護でねぇか!!おめ、怪我したって聞いたけど大丈夫か!?」
一護の足音を聞きつけた児丹坊が振り返り、同時に満面の笑みを浮かべた。
やっぱり、どこからどうみても偉容である。
十メートル近い長身。膨れ上がった筋肉。ぎょろりと大きな目。
市丸に斬りおとされた腕の傷は完全に治ったのだろう、包帯は取れていた。

「あぁ。井上に見てもらったからな」
チラリ、と児丹坊の周囲を見渡して、誰もいないのを確認する。
―― どっか行っちまったのか?それとも気のせいか……
一護がそう思った時、
「確かにあの力はすげーわ。おめーも診てもらえばどうだ?」
児丹坊は、下を向いて話しかけた。
正確には、胸の辺りに上げた、自分の掌の中に向かって。

「いーんだよ。俺はもう治ってるからな」
ぴょこ、と銀色の髪が、掌の中からのぞいた。
―― え……ええええ?
一護は目を剥いて、掌の中にすっぽりと納まった人間に目を遣った。
―― なんだコイツ。小人か?
小さい。児丹坊と比べるからそう見えるのだろうが、恐ろしく小さい。
そんな一護の動揺など露知らず、児丹坊は掌に向かって話し続けた。
「本当かぁ?おめーはいっつも意地ばっかり張るからよ」
「うるせぇな」
答えると同時に、身を起こす。その横顔が露になる。

「……なんだ、子供か……」
そりゃ、小人はねぇだろ。
一護は自分で自分に突っ込み、思わず独り言を言った。

その声に、チラリ、と少年が振り返った。
大きな瞳が、見事なほどに真っ青なのを見て、一護は軽く息を飲んだ。
銀色の髪、翡翠の瞳、白い肌。
まるで、よく出来た写真集や絵本の中から抜け出したような、イキモノの香りがしない奴だと思った。
ただ、まだ子供だ。年のころは十歳にも満たなく見えた。

―― 死神、か?
児丹坊の指の間から見える少年の着物の色は、黒。
こんな死神全体がバタバタしている時に外出しているなら、どこかの隊の死神見習いなのかもしれない、と一護は考える。
―― 「誰だ、お前は?」
一護がそう聞こうとした時だった。

「何だ?お前」
少年の眉間に、盛大にシワが寄せられた。
「死神の格好してるが、モグリか?見ねー顔だな」
―― うっわ、生意気なヤツ……
少年に対する印象が、一変する。
全員の死神の顔を知ってる訳じゃあるまいに、見ない顔とは何だ。
どんな外見だろうが、ガキはガキだ、と一旦躊躇した気持ちを立て直す。

「おめーこそ、どこのガキだ!!そんなトコに上ってたら、危ねーだろ。降りて来い!」
ガシガシと頭を掻きながら、児丹坊に歩み寄りながら手を指し伸ばした。
相手は妹と似たような体格の子供。ハラを立ててもしょうがない。

それは、一護からしたら当然の行動だった。
妹たちが同じことをしたら、同じことを言うだろう。
しかし。

ぅわ、と児丹坊が一歩下がった。
少年が、無言で身を起こした。
その胸から上が一護の視界からも露になり……一護は目を疑った。
「い……その羽織!」
死覇装の上に羽織られた、白い袖の無い羽織。それに一護は見覚えがあった。
それは、全死神の中でも十三人にしか許されない、隊長の証。
「遅ぇ」
一護を見下ろした少年の翡翠の瞳が、一気に光度を増した。

「なっ!!」
途端に、一護の足元の地面に、ビシッ、と巨大な亀裂が入った。
それと同時に全身を貫いたのは、電流が走ったかのような衝撃。
とっさに飛びのいたが、着地した瞬間、片膝が地面に着く。
「なっ、なんだ?」
まるで腰が抜けてしまったかのように、力が入らない。

―― やべぇ!!
とっさに、背中に担いだ斬魂刀の柄に手をかける。
児丹坊が近くにいることや、死神と和解したことなど、頭から吹き飛んでいた。
ダン!と力が抜けかけた膝を叩き、少年を見上げた。

ふぅん。
児丹坊の指に足を掛け、立ち上がった少年は、小さく鼻を鳴らした。
その瞳の色は、落ち着いた翡翠を取り戻している。
さっきまでの殺気が嘘のように平然とした姿を、一護は思わず凝視した。
「思いっきり霊圧を叩きつけてやったのに。気ぃ失わねぇとは、ボンクラじゃなさそうだな」

「オイオイ冬獅郎、やめろって!!」
慌てた素振りで、児丹坊が少年に向かって怒鳴った。
「ソイツは敵じゃねぇ。黒崎一護!死神代行だよ。お前も名前は知ってんだろうに」
「黒崎一護……?旅禍か」
ピク、と少年がその名前に反応する。
そして、改めて立ち上がった一護を見下ろした。

「わ……悪かったよ!おめーが隊長だなんて知らなかったんだ。乱菊さんから、児丹坊のトコに行ってみろって言われたんだ」
一護は刀の柄から手を離し、児丹坊に向かって歩み寄った。
「松本が?アイツ、ちゃんと説明しとけよ」
チッ、と少年が舌打ちする。
その反応を見て、一護は確信する。
こいつが乱菊の言っていた「隊長」に違いない。
本当なら、児丹坊の傍に死神がいた時点で気がつくべきだったのだろうが、いくらなんでも隊長がこんな子供だとは、夢にも思っていなかったのだ。

「……おめーが、十番隊の隊長か」
一護が問うと、少年は憮然とした表情ながら頷いた。
「日番谷冬獅郎だ」
そして、心配そうな表情でやりとりを見守る、児丹坊の掌から飛び降りた。