「金盞花、ですか」
花瓶ごと執務室に持ち込んだ花を見た吉良は、開口一番そう言った。
「キンセンカ? どっかで聞いたような名前やな」
花瓶を執務室の窓際に置くと、ギンはうーん、と背伸びをする。
ただでさえ高い身長が、ぐんと大きく見えた。

その長身を、副隊長の吉良は、どこか恨みがましい目で見上げた。
「この隊の隊花じゃないですか、金盞花は。隊に余程関心がないんですね、あなたは」
「そんな訳ないやん。ボクは毎日三番隊のことばっかり考えとるで……にしても、なーんか、能天気な花やなあ」
市丸は、陽光をそのまま持ってきたかのような、明るい黄色の花弁を見下ろした。

「隊花」は、代々隊長によって代わり、隊長と副隊長のイメージから名づけられる。
例えば朽木率いる六番隊は「椿=高潔な理性」、日番谷の十番隊は、雪中花の異名を持つ、水仙。
更木が隊長の十一番隊に至っては、「鋸草(のこぎりそう)=戦い」で、そのまま気質を表している。
しかし自分といい、いつも湿度の高い吉良といい、こんな明るい色彩の花は似合わないと思うが。

吉良は分厚い書類の山にひとつひとつサインしながら、ちらりと花を見やった。
「寂しさに耐える。失望、絶望。別離の悲しみ。そんな花言葉があるそうですよ。
日が沈むと同時に花が閉じるから、太陽との別れを惜しんでいるように見えるからだとか」
「ふーん」
「まぁ僕は今、市丸隊長がいつまでたっても席についてくれないのを寂しく思ってますけどね。失望してるって言ってもいいくらいです。
貴方が執務室をこのまま去った日には悲しみというか、絶望を覚えますよ、僕は」
小さな早口でそう捲くし立てると、吉良は何事もなかったかのように書類に目を落す。

「イヅル?」
「……」
吉良は名を呼ばれても市丸の方を見ず、まっすぐに視線を向けるのは隊首机。
「あー、もう分かったわ。働けばいいんやろ」
投げやりに言ったギンは、ちらり、と窓の外を見やった。
「あらら。十番隊長さんに乱菊やんか。隊務やろか」

ギンの視線の先には、なにやら話しながら道を行く、日番谷と乱菊の姿があった。
無茶な任務でも依頼されたのかもしれない。
日番谷が不機嫌そうに腕を組み、はぁ、とため息をついている。
それを、傍らの乱菊が、まぁまぁ、となだめるのが見えた。
ポン、と日番谷の背中を叩いた乱菊の横顔は、まるで姉のようだ。
―― 穏やかな顔、するようになったな。

「市丸隊長! はやく席についてください」
「わかったって」
市丸はため息をつき、室内を振り返った。
振り向きざまに着物の袖が触れ、ゆれる金盞花の向こうで、乱菊の笑い声が聞こえた。



「今回の指令について何か質問は?」
「いえ……特には」
一番隊隊舎で向き合っているのは、山本総隊長と十三番隊隊長の浮竹だった。
無表情の山本総隊長に、温厚な表情をたたえた浮竹は、やや苦笑い気味に続けた。
「あえて言えば、あの日番谷隊長が、よくそのような任務を引き受けましたね」
「お主がやらぬなら草鹿しか出来ぬ、といったら引き受けおった」
「それは……まぁ、その通りですが」
日番谷の性格をよく見ている、と浮竹は心中思う。

先輩の隊長や総隊長、権力を握る貴族や中央四十六室に対して、日番谷は遠慮というものをしない。
歯に衣着せない物言いは、幼さから来る率直さを越えて、不遜なイメージをもたれがちだ。
しかし少し付き合ってみれば、それだけではないことにすぐ気がつく。
例えば、目下の人間には概して彼は優しい。譲り、庇ってやっているところを何度も見た。
副隊長の松本乱菊しかり、草鹿やちるもしかりである。

「それに、日番谷隊長もよく分かっておる。このような事態を野放しにする訳にはいかんと」
山本総隊長の声に、浮竹はため息をつきながら、渡された資料をめくった。
「人身売買組織、ですか。しかも霊圧がある子供の」

「流魂街に住む地位ある者にとっては、霊圧ある人間は喉から手が出るほど欲しいものじゃ。
護衛の意味はもちろん、霊圧ある者を抱え込むのは権力の証ともなる」
「しかし……霊圧のある人間は、精霊廷ならとにかく、流魂街には滅多にいないはず」
「いないからこそ浚(さら)ってくるのじゃよ。一般の流魂街の住人にとっては、霊圧ある者は畏怖の対象になることが多く、そのため仲間も得にくい。
浚われたところで、胸をなでおろす者も多いことじゃろう」
浮竹は、それには答えず、唇を噛んだ。

「そして……集めてきた子供同士を客の前で戦わせ、値決めをすると? そのような非人道的なことが……」
「確かに、今回の任務には人道的な意味もある。それに、そのような子供が力をつけては、瀞霊廷自体を脅かすことにもなりかねん。
十番隊に潜入調査を任せた。お主の隊は摘発を頼む」
「分かりました」
浮竹は目を閉じて頷いた。

貴族として精霊廷に生まれた浮竹には、流魂街の暮らしは想像の範囲を出ない。
もちろん隊務として流魂街に出ることは日常的にある。
しかし、そこに住む者たちが何を思って生きているのかは、結局のところ分からぬ。
―― でも、あの2人は違う。
日番谷と、それを支える乱菊は、子供時代を流魂街ですごした死神の一人だ。
強い霊圧を流魂街で持つということの意味を、恐らく誰よりも知っているはずだ。
その二人が、自ら体を張って潜入業務に挑むという。
それだけで、自分が全力を尽くす理由には十分だと思えた。

「そして、十三番隊だけではない。もう一隊に、影の任務を命じた」
続く総隊長の声に、浮竹は顔を上げた。
「三隊も出陣とは」
正直、驚いていた。
たかが流魂街での反乱に、護廷十三隊のうち三隊までが出撃するとは。
そして、それを見返す総隊長の目が、かすかに笑みを含むのを見た。

「……は?」
その名前を聞いた浮竹は、あからさまに驚いた顔をした。
「いや、お言葉ですが……あのふたりの相性は、決して良くはないかと」
「そうかの」
皺に埋もれた総隊長の顔には、確かに悪戯っぽい笑みが一瞬はしった気がした。
「儂は、それほどでもないと思っているのじゃが」

山本総隊長は、二千年もの間、精霊廷の死神を取り仕切ってきた老獪。
人を見る目がどれほど確かか、彼の薫陶を受けてきた浮竹も分かっている。
「先生の決断なら。それで、その地の名前は?」
「南流魂街、九十番地区『流架(ルカ)』。神も知らぬ地の果てじゃ」
浮竹の問いに、山本総隊長は重々しく返した。