―― 「白哉様。どうか、探して。見つけてください」
私の中で決して消えることのない、亡妻の声がまた聞こえる。
―― 「妹を。ルキアを、白哉様のもとに、おいてやってください」
なぜだ。そう訊いた私に、緋真は云った。
私が知る限り、そこがもっとも、幸せな場所だからと。

人間は死ねば輪廻し、また別の人間に生まれ変わる。気づかずにして永遠の生を生きる。
しかし瀞霊廷の住人は転生はしない。瀞霊廷を取り巻く霊子に戻り、体は消滅する。
そこにあるのは永遠の死であり、生まれ変わりなどは、ありえない。
それでいい、と思う。緋真に代わるものなど、求める必要は無い。


「……白哉様」
廊下から静かに呼びかける声に、振り返る。
「上代(じょうだい)か。何事だ」
「は」
廊下に膝をつき、薄くなった白髪を丁寧になでつけた老人は、私を見上げずに云った。
「屋敷の外で、ご婦人が一人体調を崩されています。この炎天下で歩き続けたらしいですから、無理もありません。
どうやら、流魂街の住人のようなのですが……屋敷内にお招きしても、よろしいでしょうか」
「……なに?」
私は眉を顰めた。どのような経緯で流魂街の住人だと知ったかは知らぬが、彼ら彼女らは瀞霊廷には入れぬはずだ。
そこまで考えて、ふと思い出す。恋次が、なにやら騒いでいたことがあった。流魂街から、とある老女を招き入れたいと――
私の疑念を察し、上代が言葉を継いだ。
「話をお伺いしたところ、日番谷元隊長の育ての親と。元隊長を探しておられるようです」
―― どうか、探して。
ふ、と別の声がかぶさった。

「……松本副隊長を呼び、引き取らせればよい」
「それが……松本副隊長にも、雛森副隊長にも知らせたくはないと」
「……そうか」
私は、ため息をついた。その理由は、私にも親しい。
かつて亡妻が、流魂街を何度も訪れて体調を崩しながらも、出来る限り私には隠していたことを、思い出した。
「通せ。体調がある程度まで戻ったら、四番隊へ送れ」
「承知いたしました」
流魂街の娘をわが妻として迎えた私の屋敷の前で、力尽きるとは。縁のある老人だ。


日番谷隊長の所在は、隊長であれば誰もが知っている。
もっとも隠さねばならぬ、という意識が働いているからではなく、単純に隊長格には多弁な者が少ない、というだけの話。
彼は、もうしばらく、表舞台に出ぬほうがよい。他人には関心を持たぬ私でも、そう思う。
藍染は死んではいない、生きている。そのことを日番谷隊長が知るには、まだ時期尚早だ。
自分の足で再び姿を現す。少なくともその覚悟ができるまでは、まだ早い。

「……日番谷隊長の育ての親とは、貴女か」
彼の所在を口にすることはない。そう分っていて、老女の前に姿を現した気持ちは、自分でも分らぬ。
背中を向けていた老女は、子供のように小さく見えた。首の後ろが、小麦色に焼けていた。
前かがみで、この真夏そのものの気候のなか歩き続けたのが察せられる。
手に持った粗末な杖の先は磨り減り、かかとの部分は土ぼこりで真っ黒になっていた。
「瀞霊廷、ていうのは、案外、広いものなんですねえ」
ゆっくりと振り向いたのは、どこにでもいるような平凡な老女だった。皺の中に、眼が埋もれて見える。
隠し切れない疲労が、その全身いたるところに窺えた。
私を前にしても、通常の流魂街の住人のように怯える気配は無い。日番谷隊長の育ての親なら、それも頷ける。
「……探しても、無駄だ」
「そうでしょうねえ」
否定してくると思ったが、老女はあっさりと頷いた。
「あの子は、自分の意志で姿を隠している。それなら、こんな婆が探しても、見つからないでしょうねえ」
「……それなら、なぜ探し続ける? その様子では、遠からず倒れる」
「見つかる、見つからない、という話ではないんですよ。
自分でそう決めて姿を消しても、あの子はこの婆には、さがしてほしいと思っています。
……冬獅郎は、さびしがりですから。さがしてやりたいんですよ」


老女の言葉に何を思ったのか、語る気にはならぬ。
ただ、誰かを捜し求める者はみな、同じような眼をすると思っただけだ。
「……出会ったとすれば、どうする」
「いつもと、変わりません」
老女は懐に手をいれ、小さな巾着袋を取り出した。
「それは?」
「甘納豆です。あの子は、これが好きで。差し入れようと思っています」
日番谷隊長が甘納豆が好物だとは、知らなかった。
いつも菓子を持った浮竹に追い回されていたから、甘いものは嫌いだとばかり思っていた。
ふむ、と私はうなり、廊下に置かれた巾着袋を見下ろす。
「……日番谷隊長には、渡るようにしよう。四番隊へ送らせる」
老女は、きっと、私が日番谷隊長の居場所を知っていることを、察していたのだろう。
私の言葉にも、驚いたそぶりは見せなかった。
ただ、ゆっくりと私に頭を下げた時の、そろえられた指先の細さが印象に残っている。