「……今日が初顔合わせ、か。どんな風にして、現れるかねぇ」
ぴぃん、と一本の線をきつく張ったような静寂の中、僕はつぶやいた。
一番隊の隊首室の中、十一人の隊長たちが整列している。
空いているのは、中央である一番隊……山本総隊長の席と、長らく空席となっていた十番隊隊長の席。
今日は初めて、十番隊隊長となった人物が、他の隊長に引き合わされる日だった。

「寝坊したりしてねぇ。だとしたら親近感わくなあ」
眼光するどい砕蜂隊長の視線を感じる。そんな、睨まなくたっていいじゃない。肩をすくめた。
「お前じゃないんだぞ京楽。……遅れたとしても体調を崩したのなら分る」
「君じゃないんだから浮竹。若いらしいしね、いきなり吐血するような華々しいデビューはしないと思うな」
「逃げたんじゃねぇだろうな?」
更木隊長がくぁ、と大あくびをする。
彼が隊首会に来るなんて、久し振りだねぇ。おそらく、隊長となる人物の力量に興味があるんだね。
「逃げなかったら、俺と直々に勝負だ」
「逃げたら、不心得で私が実験体にしてやるヨ」
前には更木隊長、後ろには涅隊長にはさまれたようなモンだね。
僕は、今からやってくるだろう日番谷冬獅郎という男に、心から同情した。

その時。
ゆっくりと近づいてくる二つの霊圧に、僕らは会話を打ち切った。

片方は言うまでもない、山爺の霊圧だ。もう片方の霊圧は、見知らぬものだった。
山爺の霊圧と相反しながらも、近いようにも感じる……まるで、双璧のように。
その瞬間、なんともいえずゾッとしたのを思い出すよ。山本総隊長と、双璧、だって?

「待たせたのう。少々日番谷隊長と話し込んでおっての」
いつもの調子で、山爺が扉を開ける。その背後にしたがっていた影が、ゆっくりと中に足を踏み入れた。
「ち……」
水と油ほど違う隊長たち全員が、同時に同じ一音を発し、同時に次の言葉を飲み込んだ。
たとえどれほど気が合わなくても、小さいものを小さいと思う感性は同じようだね。

そして、彼が足を踏み入れ、全員を見渡すにいたって、なんだかその場の空気が、翡翠色に染まった気がしたよ。
それほどに、彼の瞳は印象深かったんだ。……まるで、この場の全員の力量を値踏みするような眼。
すくなくとも、この場で最も経験が浅い新入りが、見せる態度じゃなかった。その眼を見た瞬間、僕は彼のことが気に入ったのかもしれないね。

と、彼の眼がある一点で止まった。一瞬だけど、怪訝そうな……いや、もっとはっきり言えば、嫌悪感がその眼にうかんだ。
その視線の先を何気なく見やって、僕はおや、と思う。そこにいたのは、穏やかないつもの笑みを浮かべた藍染君だった。
「……どうした。日番谷隊長」
一瞬の異変に気づいたのだろう。山爺が彼を見下ろす。
「……いえ。気のせいです」
日番谷隊長はすぐにそう返し、藍染君から目を反らした。
やはり幼い。大人の男にしては高すぎるその声が、まだ少年だってことを裏打ちする。

山爺は、ああみえて幼子には弱い。戦闘の場に出すことを潔しとしない。
それなのに、敢えてこんな少年を隊長に据える……なにかあるな。
「十番隊長に就任した、日番谷冬獅郎だ。よろしく頼む」
凛とした声を聞きながら、僕はそんなことを考えていたんだった。


***


「儂は、間違っていたのかもしれんな」
縁側に、濃い影が深く差し込んでいる。もう十一月も近いというのに、真夏のような強い日差しだ。
「……山じ……総隊長が間違えたことはない。これからだってない。皆、そう思っていますよ」
その横顔には、隠し切れない影が見える。自分が生み出した炎の結果とも言える、この異常気象。
片腕を失わなければ、おさめることもできただろう。でもあの禁術は、片腕と総隊長の力そのものをごっそりと奪い取った。
どうしようもないとはいえ、この気象により次々と病人が出ているのは、山爺を苦しめているに違いなかった。

「いや。死神の中から、あのような者を生み出したのは、総隊長である儂の罪でなく何とする」
「……罪、というのなら。その重みは僕ら全員が背負うべきでしょう。いや、百年前に隊長だった者たちが……かな。
藍染の謀反を掴む、決定的なチャンスは百年前からあったんだ。僕らは、それにそれぞれ何となく気づきながらも、
手を打とうとはしなかった。その結果がこれ、未来を背負う若者に傷を負わせることになった」

僕達隊長格にとって、今回の戦いはそれぞれに傷を残した。
黒崎一護君がいなければ、惨めな敗戦に終わり、瀞霊廷は滅びていたに違いないからね。
けれどその中でも、百年前に隊長だった者と隊長じゃなかった者の苦悩は、決定的に違う。
僕らは、どんな犠牲を払おうと、百年前のあの時に膿を全て出し切らねばならなかった。
その宿題を次の世代にまで先送りし、深い犠牲を払わせたのは僕らの罪だ。

「……どうして、日番谷君を隊長に迎えたんです? 山爺らしくないと思ったんですよ。
例えば市丸君だって、あの幼さではあったけれど、いきなり副隊長デビューしてもおかしくなかったじゃないですか。
それでも、『副隊長以上には幼すぎる』として退けたのは山爺でしょ? 市丸君と日番谷君の違いは、一体なんだったのかな」
「未来、じゃよ」
山爺の答えは短すぎて、すぐには意味が分からなかった。見返すと、わずかな苦笑がその口元に広がった。
「年甲斐もないのじゃがな。儂はあの時、日番谷隊長に『未来』を見たのじゃ。
当時の瀞霊廷は、長年の平和に骨を抜かれ、退廃の空気すら漂っておった。気づかぬうちに浸水し、ゆっくりと沈没してゆく船のようにな。
そんな空気を破壊する、希望を見たのじゃよ」
「希望、ですか」
山爺の言葉尻を、引き取る。我知らず、苦笑に似た笑みが浮かんでいた。
「……じゃあ、僕とは逆だ」
「逆?」
「僕は、自分の歩みを絶つ者が来たと思いましたよ。初めて日番谷君を見た時」
そのときの感覚は、今でもはっきりと覚えているよ。
鳥肌が立つように思った。それほどまでに……嬉しかったんだ。

「京楽、おぬしは……」
「それより、総隊長」
僕は、話を切り替えた。
「なんでだか分りませんけどね。藍染は、天廷空羅で日番谷君に話しかけようとしてますよ。もうずっと前から」
「……いまさら、あの男が日番谷隊長に何の用だ」
はっきりとした不快が、山爺の顔に浮かぶ。ま、当たり前だ。
「時候の挨拶とかじゃなさそうですねぇ。雨乾堂の周囲には、浮竹と僕が結界を張っている。
いかに藍染でも、幽閉されているあの場所から結界を破ることは出来ないでしょう。でも、結界を出たら話は別です」

藍染は生きている。殺すこともできず、これからも生き続ける。
それを知るだけで、日番谷君にはどれほどの打撃になるか分からない。
今、あやうい薄氷の上に立っている彼だ。もう一押しされれば……氷は、割れる。
狂気の渦に飲み込まれたら、もう戻っては来れないだろう。

「……苦労をかけるの」
山爺の言葉に、立ち上がった僕は首を振る。
「未来を護るのは、僕ら大人の仕事ですから」