どうして、死神と滅却師の戦いに足を突っ込もうなんて思ったのか。
自分の足が勝手に駆け出しても、リリネットは信じられなかった。

少し前までは、近くのビルの屋上で風に吹かれ、霊圧を読んでいた。
すぐ近くで殺し合いが行われているとは信じられないくらい、辺りは平和だった。
眼下では、色とりどりの傘が流れてゆくというのに。
……いや、これはもう、「殺し合い」ではない。

少しずつ……少しずつ確実に、魂を削り取られてゆく死神を感じていた。
あたしに殺されるなって言った矢先に、自分が殺されるなんて。
「……死んじゃうのかな、あいつ」
言葉にしてみると、ドキリとした。
死神と破面は敵同士なんだ、何考えてんだ、と自分の中に沸き起こる感情を、かき消す。


―― 「死神だって、一人ひとり心があるし、生きているつもりだ」
お前と同じように。そう続けた日番谷の顔を思い出す。
そこにいたのは、ずっと恐れていた死神ではなかった。
結局戦うしかない毎日の中で、悩んで苦しんでいる……自分と、同じだ。

答えが見たいからだ、と思った。
あの少年が、自分が殺されようとしたとき、どんな結論を出すのか。
受け入れるのか、抗うのか、それとも逃げ出すのか。
「そうだ。だから……あたしは行くんだ」
決して、あの日番谷冬獅郎とかいう、ややこしい名前の死神を気にしているわけじゃない。
気づいた時には屋上の屋根を蹴り、戦いの場に駆け出していた。


***


「あぁ? 手を組む? できるかよそんなこと」
少しずつ歩み寄ってくる竜弦を見据えながら、日番谷がリリネットに声をかける。
肩にも額にも血がにじんでいるが、意外とまだ元気そうだ。
「できるかできないかは、あんた次第だ」
ここに来る最中に、考えていたのだ。
リリネットにも、本性を露にしたこの滅却師が恐ろしく強いことくらいは分かる。
その状態でも、互角に戦える方法は一つだけだ。

「どういう意味だ?」
「黙って見てて」
そう言うと、リリネットは目を閉じる。
頭の中に、自分のもうひとつの姿の輪郭を、思い描く。
「―― 変われ!」
腕が、指が、顔が、足が、その形をなくしてゆく。
「なんだ?」
日番谷が驚いた声をあげるのが聞こえた。ふっ、と全身が小さくなる。
カシン、と音を立てて地面に落ちた。
「なにって……銃、だよ」
銃の姿に変化したリリネットは、ぽかんと目を見開いた日番谷を見上げる。

「は? 何? 銃が……お前なのか? お前が銃なのか?」
「ええい、ワケ分からん。拾ってよ、さっさと! いつまであたしをほっとくつもり?」
混乱している日番谷をリリネットは叱咤する。
「あっ、スケベ! どこ触ってんだよ!」
「分かるか!」
おそるおそる銃を拾い上げた日番谷だが、リリネットが大声を出すのにびく、と肩を揺らす。
こんな事態なのに、この生意気な少年の度肝を抜いてやったようでちょっと嬉しかった。


「で、これでどうしろと?」
「説明するのは一度だけだ、いい? あたしは銃に姿を変えられる。
弾は、あんたの霊圧だ。あんたが銃に霊圧を集中させる。そしたらあたしが束ねて撃つ。仕組みはシンプルだ。いい?」
「わ……分かった」
そう返事はしたが、日番谷は明らかに戸惑っている。さすがに無理か、とリリネットも正直考えた。

スタークしか、銃となった自分の身を使わせたことはない。
他の破面でさえ使えるか分からないのに、死神が自分を使えるのかどうか。
それは、いちかばちかの賭けだった。
ただ……リリネットはスタークの顔を思い浮かべて考える。
あんなだらけ切ったオッサンでさえ自分を使えるんから、死神の見習いにだって何とかなるかもしれない。

「これで、あいつを倒せるってのか?」
「あたしはそのつもりだけど? 後は、あんた次第。やるのか、やらないのか」
「……やる」
あとで冷静に考えると、よく日番谷はこんな誘いに乗ったと思う。
破面の力を借りて死神が戦うなんて聞いたことがないし、うまくいく保証など全くなかったというのに。
しかし日番谷は、銃と化したリリネットを、ためらいながらも握り締めた。

その理由は、きっと自分と同じだ。リリネットはそう思う。
破面としての自分に、運命に疑問を持っていて、でも退屈で。
この死神にも、似たような悩みがあったのかもしれない。
そんなものをまとめて吹っ飛ばしてしまうような、胸がすくような力が欲しかった。


日番谷が不慣れな手つきで、撃鉄を起こす。ゆっくりと銃口を、立ち止まった竜弦に向けた。
「……悪あがきを」
「なんとでも言え」
覚悟を決めた声で、日番谷が言い放つ。

死神の霊圧が、自分の中に流れ込んでくるのを感じる。
これなら何とかなりそうだ、とリリネットはホッとする。破面の霊圧と、そう違いはなさそうだ。
霊圧を束ね、打ち出す……集中しようとしたリリネットは、不意に悲鳴を上げた。
「きゃぁっ!」
「ぅおっ!」
日番谷の声が、リリネットに重なる。
やばい、と思った時には、霊圧はその場で暴発していた。


「っと!」
日番谷が銃を持ったまま、爆発から飛び離れる。竜弦も軽やかな身のこなしで、その場から離れた。
「……ちっ、やっぱりいきなりは無理か」
日番谷が舌を打つ。爆発が起こった地点には、三メートルほどのクレーターが出来ていた。
土煙の向こうに、眉を潜める竜弦の姿が見える。これが当たれば、さすがに無事ではすまなかっただろう。

「ちょっと! 一気に霊圧込めすぎ!」
非難の声をあげたものの、リリネットは心中、動揺していた。
「……それに、あんた。死神見習いなんて、嘘でしょ」
正直、油断していた。一気に流れ込んできた霊圧の量は、予想していたよりも遥かに大きかった。
そのせいで、裁き切れなかったのだ。
日番谷が、わずかに口角を上げる。
「死神見習いだなんて、誰が認めた?」
「ヤな奴。もう一回行くよ」
「あぁ」


リリネットは、霊圧が注ぎ込まれる気配に集中する。集中しないと、また暴発させてしまいそうだ。
自分だって、NO.1十刃の分身なのだ。こんな死神なんかの霊圧をコントロールできなくてたまるか、と思う。
「悪あがき、ではないかもな」
日番谷が、矢を向けた竜弦と向き合った。
「ほざけ」
竜弦が無造作に矢を放つ。日番谷も間髪いれず、引き金を引いた。

銃から打ち出されたのは、赤い光だった。死神の霊絡は赤い、と言う話をリリネットは瞬間的に思い出す。
竜弦の矢は、青。二つの光が斜めからぶつかり合い……それぞれが、斜めに方向を逸らし飛びぬけた。
日番谷と竜弦は、互いに攻撃を避けて背後に下がる。
「……互角、か」
竜弦がその瞳を険しくする。

「すごい」
思わず、リリネットは呟いていた。スタークが放つ弾丸と比べても、甲乙つけがたい。
「何言ってんだ」
日番谷は、軽く返した。
「まだ、軽くしか霊圧こめてねぇぞ。それなのに、ただ霊圧を放つより何十倍も力が増してる。破面はいい武器を持ってんな」
何十倍? リリネットはそこで、心中頭をひねった。違う……それは、違う。
「待ってよ。確かに力は増すけど、せいぜい数倍だよ」
「だとすると、破面と死神の力が混ざり合うと、力が増すのかもな」
「そんなこと、聞いたことないよ」
言いながら、気がつく。破面と死神が力を合わせて戦うなんて、これまで前例がないことに違いない。


「本気で行くぜ、リリネット」
こいつは、気づいてないんだ。そうリリネットは思う。夢中になっている時、恐らく無意識に自分の名を呼ぶ。
「破面」と呼ばれるよりは、よっぽど気持ちが良かった。
リリネットは日番谷を見上げる。翡翠色の瞳に、ギラリと野生の輝きが渡った。
「来る」、そうリリネットは予感する。銃の全身を緊張させる。
「うん、やってやろう」
目の前の滅却師を。目が届かないところにある何かを、ぶち壊したかった。
今ならそれが出来る、そう思った瞬間、日番谷が三発目を放った。


三発目は、的確に竜弦を襲う。迎え撃つ滅却師は、素早く弓に矢を番え、放った。
並みの鬼道は跳ね飛ばしてしまうほどの威力であるはずの矢は、赤い弾丸の前に敢えなく弾け飛んだ。
「く……」
竜弦の目に、初めて動揺が走る。間一髪、弾丸を背後に飛び下がって避けた。
「避けたって無駄だ」
日番谷が、ゆっくりと竜弦に歩み寄る。形勢が完全に逆転していた。