宗弦の墓が見えるところまで来た時、雨竜はハッ、と息を飲んだ。
―― 死神!?
「石田家之墓」と刻まれた墓石の前に、死覇装姿の死神がしゃがみこんでいた。
しゃがんでいるせいもあるだろうが、かなり小柄だ。というよりも、まだ子供だった。
雨竜には背中を見せていたが、銀色の髪に見覚えがあった。

「……隊長ともあろう者が、共も連れず斬魂刀も持たずに、どうしたんだい。……日番谷冬獅郎君」
スイッ、と傘を少年の上に差しかけながら、静かに声をかける。
頭上に差し込んだ影に、少年は驚くでもなく、スッと顔を上げて雨竜を見返してきた。
その翡翠色の瞳に、傘の黒が映り込んでいる。
「……死神に、傘はいらねぇよ」
確かに。
半透明に透けて見える日番谷の体にも雨は降り注ぐが、水滴は死覇装を濡らすことなく、そのまま地面に落ちてゆく。
この世にないはずの者と対峙しているのだと、思い知らされる。

「なんとなくね。傘が要りそうに見えたから」
死神は許せない。今そう思っていたところだというのに。
目の前に現れるリアルな死神はいつも、雨竜の中から憎しみを拭い去っていく。
そっと静かに、祖父の墓前に手を合わせていたその背中に、雨竜は微笑みを落とした。


「君は十番隊。祖父には関わりはなかったと思うんだけどね」
「あるんだ」
日番谷の返事に、雨竜は眉を顰める。
そんなはずはない、と思っていた。
祖父の魂魄を実験体に使ったのは、技術開発局……十二番隊のはずだ。
とすると、まさか。
「祖父を救援に向かった死神が……十番隊だった、ということかい?」
「察しがいいな。そういうことだ」
頷き、懐に手を入れた日番谷を、雨竜は無言で見守った。
そして、その小さな手に握られた銀色の輝きに、思わず小さな叫びを漏らした。


「それは……滅却十字(クインシー・クロス)! まさか」
「お前の祖父のものらしいな。……あの日、十番隊の死神3名は、お前の祖父を助けに現世に行くはずだった。
しかし、それを涅に止められた。『救援を遅らせろ。そうしなければお前の家族を実験体に使う』と脅されてな。
その結果、救援は間に合わず、お前の祖父は虚に殺された」
手渡された十字架に、雨竜は視線を落とした。
幼い頃、憧れを持って毎日見上げていたそれ、祖父の首からいつも架かっていたその十字架が、そこにはあった。
中央に刻まれた傷の場所も、その輝きも、あの頃と全く変わっていない。
覚えず、十字架を握りしめた雨竜の手が震えた。

「その3人は、どこに」
ぎり、と手に力が篭る。しかし、日番谷は静かに首を振った。
「それからすぐに、虚の戦いに敗れ殺されたらしい。つい先日、遺品を整理していた家族が、日記とこの十字架を見つけたんだ。
そして、俺のところへ持ってきた。墓前に供えて欲しいと言っていた。今の話も、日記に書いてあった内容だ。
死神としてあるまじきことをしたと、三人とも後悔していたようだ。だからと言って許されることではないがな」
「……そして、君自ら来たのか」
「お前は、ここに来ると思っていた。今日はお前の祖父の『本当の命日』だからな」
日番谷はゆっくりと身を起こし立ち上がると、雨竜の前に立った。
「お前は、十番隊に復讐していい」
その翡翠の瞳が閉ざされるのを、雨竜は言葉をなくして見守った。


そうか、と思う。
だから、わざわざ斬魂刀を持たず、霊圧も消してたった一人でここへ来たのか。
十番隊の代表として、ここで何をされてもかまわないと、覚悟しているのだろう。
相手は死神の敵、滅却師。殺されてもおかしくないというのに。

復讐、するのか。
また競りあがってきた熱い思いに、雨竜は一度だけ、喘ぐ。
この墓の前を血で染める自分の姿が、ふと脳裏をよぎった。それと、目の前の少年が重なる。
ふぅっ、と、全身から力が抜けた。
そっと、十字架を墓前に供えるのを、日番谷が見守る視線を感じた。

「君に何かあれば、乱菊さんが泣いてしまうよ。可愛そうだと思わないのかい?」
はっ、と目を開けて見上げてきたその表情が幼く、雨竜は微笑んだ。
「それに、騙されはしないよ。君はさっき、例の隊士が『殺されたらしい』って言ったね。
君なら部下の死を、そんな他人事みたいに言えないはずだ。君は、祖父が殺された時、十番隊の隊長ではなかった。違うかい」
「……それは、」
そこまで言って口を止めた日番谷に、事実だと確信する。
自分が隊長の時代ではなくても、誰かが責を負わなければならないなら自分が、と思ったに違いないのだ。


「おかしいな、死神を、僕は憎んでいるはずなのに」
雨竜の声が、初めてそこで少しかすれた。
「君達死神を目の当たりにするたびに、決意が揺らぎそうになるよ」
墓の上にそっと置かれた十字架に、視線を落とす。
「……礼は、言わないよ」
「もちろんだ。……邪魔したな」
日番谷は立ち去り際、墓にもう一度その翡翠色の視線を落とした。
翡翠は、悲しい色だと思う。でもどこまでも澄んで、あの祖父の苦しみさえも、浄化してくれそうな気がした。

肩くらいしかない高さの銀髪が、石田とすれ違う。
「……気が向いたら、また来てくれ」
その背中に、石田は声をかけた。
「この墓を訪れるのは昔も今も、僕だけだからね」



宗弦の救援に向ったのが十番隊、という設定は捏造です!

[2009年 6月 26日]