「ぁぁぁあああ〜退屈だ!」
「お前、欠伸するか怒鳴るか、どっちかにしろよ」
ふわぁ、と欠伸をしながら、スタークがリリネットを見やった。
くるりとあぐらを掻いて起き上がったリリネットは、欠伸したせいで涙目になっている両目をこすってスタークを睨んだ。
「大体だな。目が覚めていきなり退屈ってのは変じゃねぇか?」
「変じゃないよ、ヒマなんだよ実際。なんで虚圏には砂しかねーんだよ! あ――ヒマだ。あ――――イライラする」
「はいはい」
いつものことだ、とスタークは聞き流す。
見上げた虚夜城の丸い窓からは、白い砂がどこまでも続く砂漠が見える。

大体さァ、とリリネットはイライラを募らせる。
藍染サマも、せっかくこんなでかい城を作るなら、もうちょっと何かこう、楽しいようにできなかったのだろうか。
虚園♪ のようなテーマパークにしろとは言わないが、こんなヌリカベみたいな壁を張り巡らせる以外に、
いくらでもやりようがあっただろうにと恨めしく思う。

「なぁスターク、今日の予定は?」
「藍染様とアフタヌーンティーだ」
「あたし行けないじゃん! あたしの予定は」
「知るかよ、そんなん」
「あ――もう、ケチ!」
「ケチって何だよ」
「心がケチって言ってんの、このケチ!」
スタークのため息をスルーし、リリネットは細い足をバタバタさせてむくれた。


ひとしきり退屈を嘆き、憤ると、彼女はがば、といきなり床に伏せた。
スタークがまた、とろとろと眠りにつこうとした時、今度はいきなり上半身を起こした。
「現世行ってくる」
「はぁ? またかよ。好きだねーお前は」
スタークは片眉を跳ね上げて、リリネットを見返した。
反対はしないが、かといって賛成もしていない、そんな微妙な表情である。

「面白いじゃん、現世って。何でもあるしさ」
さっきまでとは打って変わって、紅色の瞳を輝かせたリリネットは中々に愛らしい。
しかし、そんな愛嬌が効くスタークではない。仏頂面のまま、がしがし、と頭を掻いた。

「まぁ、止めやしねぇけどよ」
ふふん、とリリネットは口の端を上げて笑う。そして、小動物のような動きでスタークの前に駆け寄って一言、
「金」
と言った。
「金をどんどん持ってくんじゃねぇよ。スタークさんかわいそうだろ」
「何がスタークさんだよ。自分で言うなよ、きも――い」
「お前はそのキモいオッサンと一心同体だろ」
「そうだ! あんたのものはあたしのもの。あたしのものはあたしのものだ!」
「そういう意味で言ったんじゃねぇよ。なんだ、何が欲しいんだ」
「おいしいもんも食べたいし! 服も買いたいしさ。ゲーセンも行きたいんだ、新しいの出てるかもしんないし!」
「わっかんねー。めんどくさいだけだろ、どれも」
「あんたみたいに枯れたオッサンには分かんないね」


現世が好きだ、とリリネットが言うたび、他の破面は皆、スタークのような反応をする。
しかしリリネットからすれば、どうやってこんな虚圏で退屈を紛らわせるのか不思議でたまらない。
砂遊びができるって言っても限度があるだろ?
風変わりな奴だと仲間内で言われようと、リリネットは現世が好きだった。

スタークは、何度目だと思うようなため息を漏らすと、身をかがめてリリネットと視線を合わせた。
その改まった表情を、リリネットは首を傾げて見返す。
「気配は、教えた通りにきっちり消せよ。死神には気をつけろ。何かあったら俺を呼べ。いいな」
「命令すんなっ、ガキ扱いすんなっ!」
途端にリリネットは頬を膨らませたが、スタークの表情は変わらない。
「ガキだからじゃねぇ、お前が弱いから言ってんだ。NO.1十刃の従属官だと死神に知られてみろ、どんな目に遭わされるか分からねぇぞ」
リリネットは何か言い返そうと口を開いたが、結局何も言わずに黙り込んだ。
スタークの言うことが、事実だったからだ。
現世だけではない、虚圏でさえリリネットが一人で行動することはほとんどない。
なんでこんな弱い奴が、NO.1十刃の従属官なんだ。あからさまな妬みや八つ当たりの対象にされることも考えられたからだ。

分かっていても、素直に頷く気にはなれなかった。
スタークとリリネットは、元々は二つで一つ。
リリネットの存在なしには、スタークもNO.1十刃ではいられないはずだ。
それなのにどうして、ここまで実力差があるのだろう。


「何、睨んでんだよ?」
「うっさい!! このオッサン! ワカメ頭! うすらとんかちー!!」
乱暴に言い捨てると、そのままくるりと背を向け、駆け出した。
「あぁ? リリネット、お前金は……」
スタークはそう言いかけたが、その時にはリリネットの小さな背中は見えなくなっていた。


***


そういうわけで、リリネットは現世に着いてもまだ機嫌が悪かった。
なんで破面が死神に遠慮して、こそこそ気配を消さなければならないのだろう。
死神の言い分からすれば、破面は元は人間の死んだ魂だから魂葬しなければいけない、となるのだろうけど。
破面の自分に言わせれば、そんなの記憶にないし、ちゃんとひとつの人格を持って「生きて」いるつもりだ。
魂葬なんて余計なお世話以外のなにものでもなかった。


雨上がりの横断歩道を、水溜りを蹴散らしながら歩く。
たくさんのサラリーマンや学生達とすれ違ったが、繁華街から一つ脇に逸れると、途端に人通りが少なくなった。
―― こんなトコでもし死神に出会ったら、ボコってやる……
完全な八つ当たりだがそんなことを思っていたとき、ふと腹が鳴った。

―― 腹減ったぁ……
キレるなら、スタークに朝食代をもらってからにすれば良かった、と少し冷静になって考えても、後の祭である。
ちょうど見えてきたマクドナルドの看板を見ながら、リリネットはため息をついた。

よく見てみれば、新発売のハンバーガーもあるではないか。
絶対に食べたい、と思うが金がない。
―― カツアゲだ。カツアゲするしかない……!
不穏な結論にたどり着くまでに、そう時間はかからなかった。
「よしっ」
ぐっ、と拳を握りしめた時だった。すぐ隣に気配を感じ、リリネットはそちらを見やる。
見た途端に、思わす声をあげそうになった。


―― なんだ……こいつ、死神じゃん! なんでこんなトコに……
あまりにシレッと立っているので最初、気がつかなかった。
ほんの1メートルほど隣で、同じようにメニューを見上げている銀髪の少年に、全神経を凝らす。
スタークから、死神を判別する方法だけは、厳しく叩き込まれていた。
こちらを一瞥した後に背を向けてしまったのをいいことに、リリネットはその後姿をじっと眺めた。

どれほど隠していても、漏れ出る怜悧な気配。
しかし、大した霊圧ではない、とすぐに結論づける。
大体それなりに強い死神なら、すぐ近くに破面がいるのにのんびり背中を向けているはずがない。
見たところ、斬魂刀も持っていないようだし、まだ自前の刀も持たない見習いだろう。
胸をなでおろすと同時に、不埒な企みにリリネットはニヤリと笑った。

いいタイミングだ。
ちょうど死神にむかついていて、おまけに金が欲しいときに現れた死神。
カツアゲするしかないじゃないか。
何かあったら俺を呼べ、と言ったスタークの警告は、とっくに忘れ去られていた。
それを思いついた途端、死神がそのまま歩き出そうとする。リリネットは大股でその後を追った。
がしっ、とその肩を捕まえる。


「何見てんだよ、ば――――か」
あたしに出会ったのが運の尽き。振り返って目を見開いた死神に、言い募ってやる。
「ハンバーガー代出しな、この死神!」



ネタバレは、リリネットとスタークについてです。それ以上はない……はず。

[2009年 7月 5日]