この瀞霊廷で最も神聖かつ高度な組織は、中央四十六室などではないのだヨ。ましてや貴族だなんてあるはずがないネ。ここ、技術開発局。全ての謎を解き明かし、筋肉馬鹿たちの集まりである護廷十三隊や盲目たる流魂街の住人を啓蒙するため存在する……とでも言っておけば耳触りがよいかネ? 正直言って、私には研究以外の何物も、興味はないのだがネ。
技術開発局の扉を開けると、視界に飛び込んできたのは二つの小さな角がチャームポイントだとほざいている男が一人。フラスコを手に揺らしながらだらしなく椅子に腰かけて、書類に視線を落としている。
「あ、涅隊長。おもしろい結果が出てますよ」
この男、阿近は比較的私に近い……と言っても差し支えないほど、高度な頭脳をしているのだヨ。その彼がそこまで言うからには、何かしら興味深いことが起こっているに違いないネ。
挿しだされた紙に目を落としてみたが、結果は予想通りだった。
「ふぅむ、いいネ……。うまく完成したなら大した発明だヨ。続けてくれたまえ」
まあ、今の時代、実験するのが多少面倒なのが玉に傷、だけどネ。
「はい、分かりました」
阿近は頷くと、椅子を揺らせて立ち上がった。
その背後で、誰かの悲鳴が聞こえる。言っておくがネ、技術開発局での悲鳴など珍しくもなんとも無い。心を痛めるなんて精神力が弱い奴もいない。子守唄代わりによく眠れる、なんていう局員が何人もいるくらいだからネ。一回、二回、と響き渡る悲鳴に、私は首をかしげる。
「……もう三回くらい殺してみてくれたまえヨ」
「はい」
私はその後、十二番隊の隊首室に場所を移した。こっちの仕事は仮の姿、ろくに力をいれてやしないけどネ。頭をハリネズミのように立てて御丁寧にも鈴をつけたような馬鹿男や、犬と仕事をするほど物好きではないからネ、この私は。
そこで、隊首室の隣に突っ立っているネムを見つける。
「何をやってるんだネ、ネム」
「はい。マユリ様のご指示を受けて待機していました」
そういえば、そこに立っていろと命じたのだったネ。立っていろと言えば、一時間でも一年でも立っているのだが、うっかり三日前に命じたきり忘れてしまっていた。まあ、何をやっているもなにも、ハイくらいしか言うことはないだろ。実際、ボサッと突っ立っているだけなのだから。
「もういいよ、グズだネ。私の留守中に、何か変わったことはあったかネ」
「はい、二点ございます。一点目は、十番隊の松本副隊長が来られました」
「何? 日番谷のことを何か言っていたかネ?」
「いいえ」
おかしい。私は片方の眉を跳ね上げた。
「ほぅ? ついに、日番谷を実験隊に売るつもりになったかと思ったのだがネ」
日番谷冬獅郎。小生意気で煮ても焼いても食えないようなガキだが、中身に興味はある。そのうち隊長権限で実験隊にしてやろうと思っていたら、あれよあれよという間に同格の隊長になってしまった、面倒な存在だヨ。隊長なんかになって隊首席を温めているくらいなら、私の実験隊になったほうがさぞ有益だと思うがネ。ま、これくらいで私の研究意欲が削がれるんじゃないか、なんて心配はいらないヨ。
「いえ、そのようなお話は、特にありませんでしたが」
「百万環やると言ったのに?」
「はい」
やっぱりおかしいネ。私は首を捻る。松本乱菊の日番谷冬獅郎に対する価値は、日頃の態度から推し測るに1000環ほど。死神が身につける褌と同じくらいの値段だヨ。つまりは褌くらいにしか見ていない己の隊長を100万環で売れと言ったら、ノシでもつけて寄こすのが正しいだろ? 何しろ1000倍の破格だってことになるのに、どうして頷かないのか謎だヨ。
「じゃあ、一体何の用だったんだネ?」
「ご本人の義骸を二体貸して欲しいと仰って、今朝お持ちになりました」
「二体? 何のために」
「いいえ、お伺いしておりません」
「全く! 理由も聞かずに貸しだしてやるとは、グズにも程があるよ」
技術開発局所蔵のものを勝手に持ち出すとは、高くつくヨ。返しにやってきたら、高く吹っ掛けてやるとするかネ。
「それから、二点目ですが。マユリ様が気にされていた空座町の正体不明の霊圧が、再度確認されました」
「フム。報告は?」
「もうすぐ上がって来ると思います」
「遅いネ、どいつもこいつも」
全く使い物にならない。大体貴族の娘なんぞ、私はハナから信用していないのだヨ。
* last update:2009/5/7